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2005年7月

2005年7月28日 (木)

アート・リンゼイ コンサート(於パリ・ヴィレット音楽都市)

 ホールでのコンサートという形態をいつしか苦痛あるいは窮屈と感じるようになり、ゆるい感じのライブやギグを例外として久しく遠ざかっていたのだが、長年の贔屓アート・リンゼイが来ると聞き、日頃の怠慢を臨時放棄していそいそと出かけた。
 この公演は「アラン・バシュングの私有公物」(Domaine privé Alain Bashung)という一週間に渉る企画の一部で、招かれたゲストとの共演が初日と最終日、あいだにゲストの単独プログラムが挟まれるというものだった。本当はオールキャストの回にも行ければよかったのだが、切符は早々の売り切れだった。当日のプログラムは「前座」として B. Ward というアメリカのフォーク・ブルーズ歌手の弾き語りワンマンショーがあり、次いでやはりワンマンショーとしてリンゼイが演じることになっていた。

 ところで、「前座」の B・ウォードのパフォーマンスはかなりよかった。伝統的なブルーズあるいはフォークを中心とした演目自体は、ボブ・ディランがいかに革新的だったか(とりわけ歌詞・コンセプトにおいて)を改めて思い起こさせるていのもので、いや悪くはなかったのだが、要するにこれはアメリカの伝統芸能であり、それを確かに受け継いでいるという以上にコメントすべきことはない。
 そうした中でわたくしが感心したのは「レッツ・ダンス」のカバーだ。もちろん D・ボウイのあの傑作――というか唯一、まあ好きといえる作品である(1983年)。このイギリス人は、行きずりで寝た女性に「俺はエイズだ」と「戯言」をいって訴えられたほどの大馬鹿者なのだが、ナイル・ロジャーズのプロデュースしたこの曲はとてもよく出来ている。それは結局のところコード進行がブルーズだから、ということが、B・ウォードのバージョンによって改めて明らかになったのである(この辺りは広い意味での翻訳論に通ずる主題だろう)。「レッツ・ダンス……」と彼がおもむろに突っ立ったまま歌い始めたとき、「クスッ」という笑い声がところどころから聞こえてきた。わたくしもたぶん笑ったと思う。そのときまで彼はずっといわば踊るように身体全体を使って熱演していたからだ。だが続く演奏、アコースティックギターのみの伴奏で淡々と歌うという意表に出たスタイルは、「レッツ・ダンス」の骨格を剥き出しにし、いわばその出自を顕現させたのだった。「靴を履き、そして踊れうんぬん」といった歌詞はリズム&ブルーズ系歌曲で馴染みのものなのだが(例えばリトル・フィート/ロバート・パーマーの「セイリング・シューズ」)、それが初めてしっくりきたといってもよい。率直にいって感動した。これはわたくしにとってこの楽曲のベスト&オンリー・バージョンであり、レコードはおそらく存在しないがゆえに一層貴重な体験となった。

 リンゼイの方は、近年のかなりメロウな感じのアルバム(少し前に新作『Salt』が出たところだった)しか知らなかったのであろう一人の妊婦が、最前列に陣取ったせいで気の毒なことに途中退出を余儀なくされるほどノイズ全開のパフォーマンスだった。「ニューヨーク・アンダーグラウンドを聞きたいかい? 昔はカリスマだったんだよ云々」(You wanna hear the New York underground? I used to be charismatic...)。実際に伝説的なミュージシャンであるのだが、アンプを利用したギターのフィードバックのみというシンプルな演奏が明るみにしたのは、上記「レッツ・ダンス」の場合とは逆に、リンゼイの楽曲がほとんど形らしい形をもたぬということだった。DNA 時代を考えれば、そしてギターをチューニングなしで弾くという彼の代名詞的スタイルを思い起こせば、それはもとより明らかではあったはずだが、サンバやボサノバによって辛うじて形態が与えられていたことを改めて知ることになった次第である。
 サンバやボサのリズムを借りた楽曲は決して少なくない。例えばジャズの曲をボサノバに編み直すというのはかつてよく行なわれた。しかし元の楽曲は(つまりその種のジャズは)きちんとした形をもっており、われわれは安んじて耳と身体を委ねることができた。「イージー・リスニング」と称されもするゆえんである。それに対しリンゼイの音楽は、形の不在ゆえに、不安を掻き立て動揺をもたらす。思えばファンク・ロックっぽく聴こえる部分も確かに多かったアンビシャス・ラヴァーズ時代(この時代はピーター・シェラーの貢献もあった)でさえ、その音楽はファンクからもロックからも微妙にずれていたのだったが、アンビシャス・ラヴァーズの不安定感は、単にノイジーなギターやアレンジにのみ起因していたのでなく、根本的なずれのせいであったということだ。そう考えれば「ラヴ・オーヴァーラップ」がクラブ仕様の12インチでシングルカットされたのが信じがたく思われてくる。実際、踊りづらいし。
 ソロアルバム『ムンド・シヴィリザード』に収められた「Qサンバ」という曲の歌詞はこんな感じである。「今の踊り、どうやるの?/ただ適当にでっちあげただけ?/特に名前はついてるのかい?/いや、名前まででっちあげなくっていいよ……」。形はないといえばないし、あるといえばある。でもいずれにせよ名前はない。Q samba, what samba 「どういうサンバか」誰も知らない。そうであるがゆえにアート・リンゼイの音楽は素晴らしいということだ。「何というサンバ!」。
 たとえばディドロは――場違いな感を与えるに違いないだろうけれど、フランスでのコンサートだからということで無理矢理に引用を正当化する――1767 年のサロン評で(ユベール・ロベールの廃墟の素描に関連して)こういっている。

見事な素描/粗描(esquisse)が〔完成された作品としての〕タブロー以上に好ましく思われるのはなぜだろうか。エスキスはタブローより多くの生命をもち、また形態(formes)が少ないからだ。フォルムを導き入れればその分だけ生命は失われてしまう。〔…〕絵を習い出して間もない者が、並の水準のタブローさえ描くことができないにもかかわらず、驚嘆すべきエスキスを作り出すのはなぜか。エスキスは熱情と天才の賜物であるが、他方、タブローは労働の、忍耐の、時間をかけた修練の、そして藝術というものに完全に精通するという経験の所産だからである。[Denis Diderot, Salon de 1767/Ruines et paysages, Hermann, 1995, p. 358.]

生成研究・生成批評の理論的根拠のひとつとなってもいる一節だが、強調したいのは、アート・リンゼイの作品が「エスキス」であるということではない。なるほど音楽の分野でも「エスキス」が完成したプロダクションより感銘を与える場合はある。ベスト盤に収められているザ・ジャム「ザッツ・エンターテインメント!」のデモ・バージョン、あるいはチャーリー・パーカーの「ウォーミングアップ・リフ」などが例えばそうだ。ここでの問題はしかし、リンゼイにおいて、完成されたプロダクション(つまりきちんとプロデュースされた作品)がなぜ「エスキス」の性質をとどめうるのかという点である……
 とまあ、個人的な発見に満ちた一日だったが、ギターだけのソロ演奏は正直いうと少しキツかった。今度はバンド・アンサンブルで聴きたいものである。

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