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2006年5月

2006年5月24日 (水)

鈴木親 写真集『Shapes of Blooming』届く。

 三年余り前のことだが、Trees are so special という素敵な名前のギャラリーを訪ねて恵比寿に出かけたことがあった。「ghost flowers」とこれまた素敵なタイトルを冠された鈴木親(ちかし)の写真展のためである。
 その直後、あるサイトで
同展のレポートを読み――多少の縁もあって、多数の執筆者を擁すそのサイトは折に触れ訪れていたけれども、展覧会評の著者、松井宏氏がどういう人かは知らなかった――共感を覚えた。簡潔だがひとつひとつ頷けるところがあり、この人は映画だけでなく写真にも相当詳しいのだろうなどと素人のような(いやもちろんわたくしは素人なのだが)感想を抱いたりもしたのだった。試みに一節を引いてみよう。「きっと鈴木は言うだろう、写真というのはゴーストを甦らせるものだと。事物をゴーストに変容させるものだと。〔…〕 ソニックユース「nyc ghosts & flowers」を聴く僕らは、鈴木親の写真を見ながら確実にゴーストへと変容してゆく。映像=言葉ならざるものを映像によって垣間見るのだ」。そう、写真は(映画とはまた別の仕方で)ゴーストを招来し、出来させる。
 ところで、花々が題材にとられたのはおそらく偶然ではない。博物学者のビュフォンだかジョフロワ=サン・チレールだかが指摘していたことを多少表現を換えつつ繰りかえせば、隠された内側を覗き見るために解剖が必要な動物と違い、花は暴かれるべき裏面も内面ももたず、初めから一切をあらわにしているものだからだ。そこには虫や鳥や人によって知覚され感受さるべき匂いや色や形姿があり、そしてそれがすべてである。われわれに見えていないもの、われわれが知覚しえぬものなど、そこには全く存在しない。
 にもかかわらず鈴木親はその花を、しかも栽培種紫陽花という、これ以上ないほど顕示欲にまみれた花をわざわざ闇に置く。「黒く塗れ」ではない。光の、したがって色彩の剥奪としての闇だ。色も形も、辛うじて感知しうるぎりぎりのところまで光を奪われたうえで、フィルムに焼き付けられるのである。元来、「見える/見えぬ」という問題から自由であったはずの――なぜなら一切が見えているのだから――花の存在そのものを顕現させるために。これはいわば花の存在論に正面から取り組んだ恐るべき試みであり、まさにそういうものとして受け取られなければならない。存在が動揺するとき、そこにはゴーストが回帰しているはずだからである。

 その藝術的価値の高低とはあくまで無関係だが、写真というのはオリジナルプリントでも相対的に安価なものではあって、昂奮ゆえか、わたくしはついふらふらとその紫陽花の写真を購入してしまった。やや顔が蒼ざめていたと思うが、まあよい。後日、プリントを受け取りに行く途中でたまたま知人と出会い、帰りがてら食事をしつつ写真を鑑賞することになった。ものがものであるだけに、本当は一片の闇も存在しない場所で見るべきだったのだろうが、ファストフード店のような安っぽいところで眺める気にはどうしてもなれず、なぜか薄暗い店で包みを開けることになってしまった。古典的表現でいえば「闇夜に茄子」も同然の紫陽花のゴーストを、彼女は(失意のうちにであれともかく)「見る」ことができたのだろうか?

 時が移り、わたくしはある海外都市に滞在するようになった。そこで松井氏と出会うことになるとはまったく考えもしなかったし、実をいうと、鈴木親写真集の情報にたまたま(それもだいぶ遅れて)遭遇するその時まで、おのれの共感のことなどすっかり忘れていた。急いで入手したその『Shapes of Blooming』(東京、トゥリーズ・アー・ソー・スペシャル、2005)には全部で 20 点の作品が収められている。コストパフォーマンスがだいぶ悪いように感じてしまうのは、わたくしの吝嗇ゆえのことだろう。だが印刷されてしまえば闇がただの黒色に変容してしまうのは――つまりフィルター使用はありうるにせよ、原則として人があえて色づけせずとも発色してしまうのが、オートクローム以来の「天然色」写真の神秘であるわけで――事実なのである。ともあれ、内容にはおおむね満足していると記しておきたい(エレン・フライスの序文が日英仏三ヶ国語で記されているのも御愛嬌だ)。市川実和子など人物の写真も数点含まれるが、「Ghost flowers」も新たに撮られたものが収められている。ほとんど翳ばかりの写真を見つめる人間というのは傍目にはかなり不気味に映るかもしれない。だがそれでもやはり後に残るのは、賭けてもよいが、fiat umbra というメッセージを慎ましやかに発している鈴木親の作品なのである。

〔追記 Treesaresospecial は現在は代官山に移っています。〕

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2006年5月 6日 (土)

フランスの大作家たちの手稿を見る

 指導教授アンヌ・エルシュベール・ピエロ氏(AHP)の授業「近現代作家の手稿と生成研究」の一環として国立図書館リシュリュー館に行く。現地に集まった学生は五名。トルビアックのフランソワ・ミッテラン館オープン以後はいくつかの専門分野に機能を特化した同館は旧 BnF としても知られているが、わたくしは中に入るのは初めてである。AHPは大学に職を得る前の一時期ここで勤務していたとのことで、「西洋の手稿」部門で旧知の仲の職員が見学を案内してくれた。見学自体は一時間程度のものだったが、まさに国の共有財産(patrimoine)というべき大作家たちの手稿を実際に目にすることができたのはまあよかった。
 サルトル(『嘔吐』)、ビュトール等、おおがかりな草稿研究の対象とはまだなっていない現代作家の手稿はファイルに簡単にまとめられているが、それ以外の作家の原稿は大体がきちんと綴じられ頑丈そうな装丁で保護されている。フロベール(『感情教育』)、スタンダール、バルザック、ユゴー(『静観詩集』)、等々。アポリネールは「普通」に書いていた。ルーズリーフに記されたサルトルの草稿は真面目で端正な面持ちである。フロベールやバルザック、ユゴーは、これまで目にしてきた写真では気づかなかったけれども、「余白」を確保すべく自分であらかじめ用紙の左側五分の一辺りで縦方向に折り目を付けていた。プルースチアンとしてはもちろん草稿帳の実物を――しかもいちおう「清書」用と見なされているカイエXXの名高いページ(「今晩『完』と書いたよ、〔…〕これでようやく死ぬことができる」)を――見ることができたのは貴重な体験だったといわなくてはならない。ブツとしてのカイエ、つまり草稿用ノートは傷みが激しく、今後この図書館やITEM(エコールノルマル)で実際に草稿研究に携わる際に、わたくしのような者へ実物を手に取る許可が与えられるとは考えにくいので、これが「最初で最後」の体験となる可能性は大いにある。
 だが一番昂奮させられたのは実はサドの手稿だった。『ジュスティーヌあるいは美徳の不幸』。清書原稿だから当然とはいえ、いかにも几帳面に整えられ、神経質そうなこの文字列と、あの言葉たちにはいかなる関係があるのだろうか。

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