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2007年10月 7日 (日)

「それでもやはりこれはラグビーである」 準々決勝 イングランド 対 オーストラリア

 イングランド 対 オーストラリア 12-10(6-10) トライ数 0-1

 開始早々、つかみ合いはもちろんのこと、血が次々と流され、ワールドカップ準々決勝にふさわしいただならぬ雰囲気が感じられた。この試合はジョニー・ウィルキンソンがドロップゴールを狙わなかったマッチとして記憶されるのだろうか。それもよいだろう。だがここでは、高名な映画批評誌のかつての言い方を借りてこう表現したい。「これは(最高レベルではないかもしれないが)それでもやはりラグビーである」(C'est du rugby)と。そしてイングランドは勝負をものにしただけではなく、ラグビーにおいてもワラビーズに堂々と勝利した。こういうマッチを見ると、われわれが嫌いなのは実はイングランドではなく、サー・クライヴ・ウッドワード(的なもの)なのだということがよくわかる。
 ザ・ローゼズの得点はすべてペナルティ・ゴールによるものだが、それ自体は「ウィルコ・ショー」というほどのものではない。ウィルキンソンはそもそもこのチームのキッカーなのだから、単におのれの「務め」を果たしたというにすぎないし、7 本中 4 本成功というのは仕事としてはむしろ平凡である。虚心に振り返っていうなら、イングランド FW が積極的に攻めかつ守り、その結果として得られた相手側反則をチームとして必要最小限利用したということだ。

 実際、FW はよく走り、果敢にボールをつなぎ、ラックで相手ボールを奪い(ターンオーバー 9 回はすごい)、そしてよく守った。まるでアルゼンチンのように――これは単なるレトリックとしていうのではない。ラグビーを取り巻く否定しがたい閉塞感、その打開のために何が出来るかという問いに対し、母国イングランドも自分たちなりのやり方で回答を示そうとした。それが図らずもロス・プーマスの戦い方に接近したように思われる点が感動的なのだ。イングランドが意識的に学んだのだとすれば感動はいっそう増す。イングランドが本来の戦い方を思い出したといってもそう違いはないだろうが、わたくしは母国(のプライド)に対する敬意や尊重よりも、この歴史的な感動の方がラグビーのために有益だと思う。
 そしてその感動が、やはりというべきか、ウィルキンソンのプレーぶりによってさらに増幅される。ドロップ・ゴールを(実質的には)一本しか狙わず、狙ったドロップ・ゴールをことごとく外し、SH ゴマサルからのボールをほとんど展開したからだ。だがそれがよかったのだと思う。FW もつなぎに積極的に参加していたはずだが、パスも走りこみも――ウェールズに比べるとテンポは少し遅く感じられるが――上手かった。重要なのは、見ていて面白いという以上に、展開することによって FW に、ということは結局 XV 全員にラッシュする推進力を与えた点である。攻撃時はもちろんのこと、ディフェンスにもそのラッシュは活かされた。ワラビーズがいつものように最小限の人員でラックを形成する。そこにイングランド FW は(ほぼ)全員で飛び込んで――と、これは譬喩である、飛び込みは反則なので――押し込み、ボールを奪う。さらに、最初のスクラムこそぎこちなかったものの、二回目以降はどうやら完全に組み勝ったようで、ここでも相手ボールを奪う場面が少なからずあった。スクラムを制圧するとノックオンが怖くなくなるという副次的効果もあったかもしれない。そして、FW も BK もよくタックルした。実際にはつなぎやパスによって少なからずディフェンスは突破されたのだが、前半のトライの場面を除き二次・三次防御で止めることができた。
 さらにいえば、展開してボールを散らすことで、プランか結果的にそうなったのかわからないけれども、ラックを起点とするワラビーズの攻撃陣形が整うのを最大限妨げることができたように思われる。ワラビーたちより常に多い人数でラックに参加しボール争奪戦を制するということは、要するに走り勝つということに他ならず、それを実現しうるだけのフィットネスが今日のイングランド FW には確かに備わっていた。称賛に値する。
 モートロック型 CTB であるファレルの負傷を承けベテランのキャットがセンターに入ったことも戦術に影響しただろう。ウィルコはパスしたあといつものように忠実にサポートし、ラックにも「まるでフランカーのように」飛び込んでいく――これも譬喩――わけだが、キャットが次の展開のために控えているのが大きかった(前回大会でも SO ウィルキンソン・CTB キャットのコンビネーションが勝利に大きく貢献した。詳しくは梅本洋一氏の
準々決勝「イングランド対ウェールズ評を参照されたい)。同じくベテランのゴマサルも落ち着いていてとてもよかった。36 歳と 33 歳、次もどうか頑張って欲しい。

 オーストラリアの方は、ラックでの劣勢を跳ね返す、あるいはかわす戦い方がついに出来なかった。グレーガンのラスト・ゲームとしては寂しいかぎりだし、また負傷欠場したラーカムが本当にこの大会で代表を引退してしまうとすれば、非常に残念なことである。それはそれとして、バーンズはこの試合でもトライの場面で決定的な仕事をした。順調に伸びていって欲しいと思う。

〔追記 フランシス・マルマンドはパリ第七大学の教授で、日本にもしばしば招かれています。現代フランス文学が専門ですが、ジャズの演奏家でもあり、ジャズ雑誌の編集にもかかわっていました。
 その二 確かに、柔道の母国としての日本のプライドは蹂躙されていますね。ただ、「格闘技」はボクシングと柔道しか見ない素人のわたくしからしても明らかな事実は、柔道/Judo の試合で最も美しいのはやはり日本の選手だということです(柔道はまた日本人が美しく見える「スポーツ」のひとつでもありますけど)。男子のほとんど、そして女子では少なくとも谷亮子は常に、腰の引けた他国の選手より圧倒的に美しい。「美しい」というのはもちろん、審美的観点だけの話ではなく、おそらく柔道というものの根本とかかわるような姿勢のあり方を指しますが、そういう意味では、今のところ日本柔道は他国から学ぶことはありませんよね。しかしながら「ポイント制のスポーツ」としてこれほどまでに普及してしまった以上、そして「美しい」という事実だけではプライドが満たされないとするならば、それは結局勝つこと、美しさこそが「正しい」のだと試合で(つまりはポイントで)証明することによってしか保ちえないような気がしますね。そのようなやり方が本来的にいって正しいのか、わたくしにはわかりませんが。

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