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2007年10月 1日 (月)

アルゼンチン 対 アイルランド 30-15(18-10) プール D

 アイルランドが 4 トライ以上とり、かつアルゼンチンにポイントを許さず(つまり 3 トライ以内に抑えるとともに 8 点差以上をつけて)勝つと、フランスのプール一位――つまりオールブラックスとの対戦を決勝まで回避できる――とアイルランドの二位が決まるという、勝ち抜けのドラマとしてはこれ以上ないほど複雑な状況だったが、アルゼンチンはそんなドラマの非現実性をおそらくは嘲りながら、一番シンプルな解決策を提示した。完勝である。
 ラグビーのゲームとしては、アルゼンチン側のほぼ完璧なゲーム・コントロールと、それを可能にした FW の集散やラインディフェンスの上がりのスピードに改めて瞠目するほかない。アイルランドは逆に FW が動けず、組織プレーが成り立たなかった。敵陣ゴール前ラインアウトからのムーブ一発でしかトライ(というかラインブレーク)できないのでは仕方ない。B・オドリスコルの個人技はさすがだが、主将としてはこの試合に限っては主導力を発揮できなかった。準々決勝で対戦するスコットランドには BOD さえおらず、焦点はディフェンスがどれくらいアルゼンチン FW に抵抗できるかという点に絞られるとさえいってよい。

 アルゼンチンは、バックスのラインディフェンスはやや劣るようだ。失トライはいずれもセンターのところで対応しきれず突破されたものである。だがそれ以外の局面では圧倒的な優位に立っていた。
 大きくて強く、しかも機動力のある FW がいればハーフバックスは楽だろうし、そもそも FW 自身もある意味で楽しいのではないだろうか。SO の J・M・エルナンデスのプレー選択は、対フランス戦ほどハイパントを徹底したわけではないにせよ、やはりキック中心だった。しかし、見ていて退屈を感じないのは何故だろう? アルゼンチンのプレーぶりを見ていると、例えばイングランド FW、あるいはこの日のアイルランド FW のピック&ゴーは、ただボールを失わないためだけに選択された消極的なプレーとしか感じられない。プーマスのそれはずっと積極的なものである。彼ら FW はいわば権利としてプレーしているのであって、一見そう思われるのとは逆に、SO の方が FW に奉仕しているとさえいえるかもしれない。彼らは権利として、つまりは「楽しんで」プレーしているのだから、「下働き」の代償あるいは褒章としてのスクラムトライやモールトライを意地になって狙う必要もない。「セクシー」――2005 年当時のウェールズ HC マイク・ルドックが掲げたスローガン――は言い過ぎだとしても、アルゼンチンの FW 主体のゲームがある意味で爽快なのは、そういうことではないだろうか。そのプレーが高度な技術を伴っていることはいうまでもない。
 それにしても、エルナンデスに奉仕させるというのは、考えてみれば贅沢な話である。たとえばプーマスが絶好調のスプリングボクスやオールブラックスと対戦することになったとき、つまり FW 戦で上回れないような状況になったとき、ピチョット以下、バックス陣の真価が問われるかもしれない。

 いささかもって回った言い方をしてしまったがそれは、アルゼンチンを称えたくないからでもなければ(わたくしは特にアイルランドを応援していたわけではない)、バックスによるパスプレーを信奉しているからでもない。ひとつには、プーマスがまだ全てを出しておらず、速断は避けたいということがある。けれどもそれ以上に引っかかるのは、もしかするとアルゼンチンのラグビーは従来なかった、いってみれば全く新しいラグビーなのではないかという気がちょっとするからである。やっていることは結局「ガリー・オーウェン」、「テン・メン・ラグビー」だろうと反論されるかもしれない。しかしアルゼンチンがまだトライネーションズに当たっていない点を考慮する必要があるだろう。とにかく最終判断は保留したまま、自分で眉に唾をつけつつ書いておこうと思う。

 ラグビーが真の意味で世界的なスポーツになれば、今もなお人々の口にのぼる「北半球対南半球」とか、「ホームユニオン(対新興国)」とかいった言い方は本質的には意味を失うはずである。サッカー批評でよく見られることだが、ヨーロッパ人でも南米人でもない人間が「ヨーロッパ対南米」といった図式に満足する気が知れない。そういう図式よりも、それぞれの「半球」における、ということは結局それぞれのチーム相互の違いに注目する方がラグビーのためになるのではないだろうか。
 アルゼンチン・ラグビーについて感じるのは、彼らがラグビーの歴史と独特の関係をもっているのではないかということだ。歴史と切り離されているとはいわないまでも。
 とくに「ホームユニオン」を口にする人に顕著であるけれども、いずれにせよわれわれは皆、折に触れて「ラグビーはサッカーとは異なるフットボールだ」とか「ラグビーはもうひとつのフットボールである」とかいった言い方をついしてしまう。サッカーに対する劣等感ばかりでないにせよ、複雑な感情という意味でのコンプレクスがそこに働いているのは間違いない。そして、そのコンプレクスを解消すべく、たとえば(イングランドの)ラグビー協会が設立された 1871 年を「そもそもの始まり」といってみたりする。だがそのようにして歴史を遡っていくことには大きな罠が潜んでいるのであって、なぜなら「どこまで遡ればよいか」というのは人為的な問題だからであり(パレスチナは「歴史的」に誰のものか?)、いずれ恣意性を免れることはできないからだ。実際、1871 年まで遡ってみたところで、ラグビーの起源は明らかとなりはしない。そこから先は神話時代である。もちろん「原始フットボール」と呼びうるものが行われていたことは確実なのであろう。しかしそうなるとラグビーの固有性はどうなるのか。
 「神話」という言い方はしたものの、ウィリアム・ウェッブ・エリス少年の神話を全くの嘘といって切り捨てる気にはわたくしはなれない(そもそも事実と思っている人はいないだろうが)。神話というのは一般に、歴史とのある種のかかわり方を指すものだからである。物の本によると、その神話が語る 1823 年の「フットボール」の試合で 16 歳のエリス君は、今でいうフルバックのポジションに就いていたという(Henri Garcia, La Fabuleuse histoire du rugby, Genève, Minerva, 2001, p. 83)。ボールをもったフルバックが相手ゴールラインを目指す。カウンター? そう、ラグビーの「起源」は何と FB のカウンターアタックだったのである(FB を積極的に攻撃参加させる戦術を一般化させたのはジャパンだと聞いたことがあるけれど、それが事実だとすれば歴史的にも興味深い)。だが、もっと重要なのは、フルバックが前線に出ることで全員がオンサイドになることだ。祝祭? そう、ラグビーは、あるいはスポーツは抑圧的なものであってはならない。エリス神話がある種の真実をそれでもやはり伝えているとすればそれは、このように二重の意味でこの神話がわれわれを解放するものだからである。そして、ロス・プーマスのラグビーにわたくしが漠然と感じるのも同じ種類の、つまり歴史と(全く切り離されたというよりむしろ)新たな関係が結ばれていることから来るように思われる解放感なのである(ちなみにいうとアルゼンチン協会の設立は 1899 年で、日本などよりよほど古い歴史を慎ましくも誇っている)。

 さらに眉に唾をつけるとすれば、そこには、アルゼンチン・サッカーとの関係が影響している可能性もある。今大会ベスト 8 に残った国・地域のうちで、サッカーにおいて真のスタイルをもつ大国といえるのはアルゼンチンだけである。しかも社会的格差(俗にいう「階級」)と特定スポーツとの強い結びつきを今なお残す国でもある。つまりアルゼンチンにおいてサッカーは、単に国内ナンバーワン・スポーツというにとどまらず、ラグビーとは比較しえぬ隔絶した地位にあり、そうであるがゆえにロス・プーマスはサッカーに対するあらゆるコンプレクスからかえって自由になっているということだ。逆説的なことにエルナンデス、才能があり余るといわれるエルナンデスのキック・フォームはサッカーのそれと非常に近い。だからラグビー・プレーヤーという感じが今のところあまりしないのだが――ディフェンス面は別として、ウィルキンソンとの比較は面白いだろう――、それを否定的に考える必要はあるまいと、今のところわたくしは考えている。いずれにせよ彼の真価が問われるマッチはこれからである。

 こうして夢想を書き連ねているとプーマス対オールブラックスが見たくなってきた。その対戦が実現するには、それぞれ南アフリカとオーストラリア(NZ はフランスも)を倒さなければならないが、いずれにせよ楽しみなことである。

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