« Getting away from 10 ――ジョニー・ウィルキンソンのこと | トップページ | 喫茶すいれん »

2007年10月30日 (火)

(No) Getting away from 10!――フレデリック・ミシャラクのこと

 スタンドオフにばかり注目するのはいかにも「にわか」丸出しだが(三田誠広のあの小説がそれなりに読ませるものとなりえたのはセンターの二人を中心に据えたものだったからだろうか)、それでもやはり要のポジションには違いない。フランス語では le demi d'ouverture や l'ouvreur などという。英語風に言い換えると「オープン・ハーフ」あるいは「オープナー」、つまりは「開く人」だ。わざわざフランス語で考えるのは、何も気取りたいからではなく、フランスの「開く人」が、ワールドカップでは実のところほとんどプレーやスペースを開くことができなかったからである。

 17 日付の『リュグビーラマ』の記事(N. Augot による)だから、準決勝でイングランドに敗れ、三位決定戦に備えている段階のことだが、フレデリック・ミシャラクの談話が紹介されている。準々決勝でのランやアイルランド戦でのキックは確かに素晴らしかったけれども、それ以外の場面でミシャラクの芳しい働きはあまり見られなかった。浅いアタックラインと相手ディフェンスの早い上がりのために「開く人」へのプレッシャーは相当なものだったろうが、イングランド戦、そしてその翌週のアルゼンチン戦では、SH から供給されるボールを、前に出ることなくただセンターにパスして預けるだけだったからである。ボールが横に動きはすれど前には進めないという、この四年間われわれが何度となく目にしてきたプレー、というかプレーの失敗が大事なところで繰り返されてしまったわけで、それは要するに「開く人」が「開く」仕事をしなかったからに他ならない。
「われわれのラグビーはとてもみすぼらしいものだった〔…〕このチームのプレーヤーはどんなスタイルのゲームだってこなせるというのに」という言い方でミシューは四年間を振り返っている。

2003 年から 2007 年のあいだ、フランスは停滞しっ放しだった。われわれのゲームはいつも同じやり方で、進歩するということがなかったんだ。あまりに型にはまり(stéréotypé)すぎているので、われわれがどういうプレーをするか誰もが予測できてしまう。だからアルゼンチンもわれわれに勝つことができた。ラックから早い球出しが出来なければフランスは上手くプレーを組み立てられないと対戦相手は皆わかっている。プレーヤー同士で何度も話し合いはした。でも四年間取り組んで身に付いたことをゼロに戻すのは難しかったんだ。

 そこまでわかっていながらなぜ誰も解決しようとしなかったのかという問いかけに対しては「もっと突き詰めて話し合わなかったことは後悔している。でも翌週末〔次の試合〕に誰が出場するのかわからないような状況でそこまでするのは難しい」と、ジョジオンでさえ欠場していた点(この欠場はやむをえない理由もあったのだが)を喚起しつつ答えている。

 ミシャラクは自身のまさにホームチームであるスタッド・トゥールーザンを離れ、南アフリカのシャークスとの契約を交わした。スーパー 14 での彼のプレーぶりは見てみたいが、とりあえず次のシックスネーションズに参加しないことはほぼ確実である。新しいヘッドコーチのマルク・リエーヴルモン(U-21 の世界選手権優勝チームを率いた)は「すべてをそなえた」ゲームを好むといっているけれども、また U-21 代表やダックス・クラブで成功を収めてきた「見て面白い(spectaculaire)と同時に勝てるラグビー」に対する確信が、今回のワールドカップを見て揺らいだと告白してもいる(24 日付『レキップ』 P. Galy によるインタビュー)。フォワード戦で結局イングランドやアルゼンチンに負けたという点ばかりでなく、フォワード戦で勝てなければ何もできないし、また劣勢を打開することもできないというブルーの戦いぶりは、1999 年のメンバーだった彼にかなりのショックを与えたことだろう。あのエリッサルドが日本人に欠けているとした「アダプタビリテ」(梅本洋一「適応することから創造することへ」、日本ラグビー狂会編・著『PLAY ON! 日本ラグビーのゆくえ』双葉社、2005 年など)が本家本元でも発揮されずに終わってしまったのだから。
 
ジャパンにも通ずる教訓としては、「フレア」を発揮するにもそれなりの準備が要るというか、「フレア」を矯めてその発現を抑え込んでしまうようなコーチングの仕方もあるといったことだろうか。リエーヴルモンは「スペクタキュレール」なラグビーと「現実主義(pragmatisme)」的ラグビーとの二元論――後者の筆頭はもちろんスプリングボクスである――を踏まえつつも、ニュージーランド的ラグビーによる勝利を目指したいと(今のところは)考えているようだ。ブラックスをコピーするのではなく、インスピレーション源にしつつフランス風のスタイルをつくりたいと。

 三位決定戦でロス・プーマスのディフェンスがどんどん上がってくるようになると、ミシャラクは「開く」ことができなくなり、代って「開く人」を実質的に務めたのは 12 番のジョジオンだった。だがそうであれば 10 番など不要だろう。理想をいえばジョジオンはペネトレーターのはずであり、少なくとも「オフロード」のつなぎで 13 番の突破を助けることは大いに期待されていたと思うが、ボールと一緒にディフェンスのプレッシャーまですべて預けられてはジョジオンだって大変である。もう少し責任あるプレーが 10 番には求められると思う(「逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ……」)。新 HC がどんな人を選ぶことになるのやら、とにかく期待するほかない。

〔追記 よくよく考えてみると三位決定戦にジョジオンは出ておらず、「12 番」というか第一センターはスクレラだった。〕

|

« Getting away from 10 ――ジョニー・ウィルキンソンのこと | トップページ | 喫茶すいれん »

ラグビー」カテゴリの記事

ラグビー ワールドカップ 2007」カテゴリの記事

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: (No) Getting away from 10!――フレデリック・ミシャラクのこと:

« Getting away from 10 ――ジョニー・ウィルキンソンのこと | トップページ | 喫茶すいれん »