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2007年11月

2007年11月19日 (月)

ハイネケン・カップ プール第二節

 週末にフランス 2 でハイネケンカップの二試合を観戦する。昨日は「ビアリッツ対サラセンズ」、今日は「ブリストル対スタッド・フランセ」、いずれもイングランド対フランスの組合せとなった。

 全チームを見たわけではなく、また今後も継続して見られるとは思わないが、大雑把な印象としては、イングランドのチームが元気なようである。もちろんサッカーやラグビー・ユニオンの「プレミア・リーグ」は、それぞれの「退屈」な――と人はいう――代表チームとはそもそもだいぶ違うし、わたくしなど、初めて見たときそのスピードに大きな衝撃を受けたものだが、サラセンズもブリストルも果敢にパスを回してスペースを作りだそうとしており、好感のもてる戦いぶりだった。

 個人的には、サラセンズを見たのは国立競技場でのサントリー戦以来のことだから、もう何年になるのか。アブデラティフ・ベナジを生で見るという喜び、前半フライハーフを任されたものの出来がいまひとつで後半はアウトサイド CTB に回されてしまった(でもトライにつながるパスで貢献した)岩渕健輔に対して、アンディ・グッド――彼は今も健在で、W 杯前のテストマッチにイングランド XV として出場していたし、クラブではロフレダの率いるタイガーズの正 SO として活躍している――の安定したプレーなど、今でも覚えている。昨日のマッチはトライ数では 3-1 の完勝だったが、ビアリッツ SH のディミトリ・ヤシュヴィリの PG に敗れてしまった。

 ビアリッツにしろスタッド・フランセにしろ、頑張ってはいるのだろうが、何をやりたいのかわからないし、結果としてトライも取れていない。フランスのクラブ・チームは代表の一般イメージとは逆に、伝統的には「FW 戦上等!」なので、華麗な展開プレーを必ずしも期待しているわけではないけれども、どう見ても全体的に不調である。

 第二週が終わった時点でプール 1 組首位のロンドン・アイリッシュが 13 トライ、プール 5 組首位のロンドン・ワスプスが 7 トライと、トライを獲って勝つという戦い方を打ち出しているのに対し、フランスのクラブではクレルモン・オーベルニュが 8 トライを記録してはいるものの同じく 8 トライを奪われており、1 勝 1 敗の三位と低迷している(5 組)。

 陣地の取り合いということでは、代表と同様、イングランドのチームに一日の長がある。ビアリッツに勝利をもたらすことになる最後の PG は 50m 弱のところで得たものであって、これは要するにプレー(というかラグビーそのもの)で負け、テリトリー獲得でも負けた末に、個人技(まあレ・ブルーのキッカーでもあった人だから)で辛うじてマッチには勝ったというだけのことに過ぎない。

 スタッド・フランセの方は、主力の多くを欠いており(FB はニコラ・ジャンジャン、懐かしい)、仕方ない面もあるけれど、まさか零封されるとは思わなかった。3 組はウェールズのクラブで唯一好調なカーディフ・ブルーズが現在首位となっている。プール・ステージの前半だから勝ち抜けの行方はまだまだわからないが、後半戦に期待したい。

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2007年11月16日 (金)

シンポジウム (於サン=ドニ市歴史・美術博物館)

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2007年11月 3日 (土)

Out of nowhere ――ロス・プーマスは退屈か?

 準決勝の「南アフリカ対アルゼンチン」を見直してみた。いくつか記憶違いや単純に見逃していたプレーもあった。スプリングボクスのラックでのディフェンスは何度見ても凄い。えげつない絡みも出来るはずの人たちがしかし、ここぞという局面以外ではしつこく絡まずに最小限の人数で守り切るわけだから、プーマスにしてもイングランドにしても、攻め疲れて勢いが止まったり、ミスが出たりと、「ラック連続」の局面でほとんど有効な攻めが出来なかったのも無理はない。

 だからこそ「パスプレー」が重要になるわけだが、ウェールズのことはさんざん書いたから、ここではプーマスに注目してみたい。というか、やはり気になるのである。この試合のクライマックスは実は前半 5 分のプーマスのライン攻撃だったといえる。このアタックの失敗によってアルゼンチンはかなり慎重なプレーを以後は余儀なくされるわけだから、つまりゲームとしてはここでほぼ終わってしまった――少なくとも想定を超えるようなプレーでスプリングボクスを慌てさせる試みは封印されてしまったことになる。
 2003 年大会準々決勝「ウェールズ対イングランド」でのウェールズの一本目のトライといくらか似た感じのカウンターアタックなのだが、ブッチ・ジェームズのキックを自陣 22m ラインと 10m ラインの中程、左タッチ際で受けたコルレトが、相手 WTB ピーターセンを引き付けてから外の WTB アグラにパス(10m ライン上)。アグラは cadrage-débordement (ここでは「一瞬立ち止まってから急に加速すること」)などのテクニックを駆使してライン際で三人ほど抜き(いい方が逆になるけれど、プーマスのウィングは清宮早稲田のウィングに似ている)、少し内に入ってボクス陣 10m と 22m ラインの間で FW にボールを戻す。
 そこからピチョット→F・コンテポミ→PR ロンセロ→右 WTB ボルヘスとつないで、またたく間に右タッチ際、22m ライン手前でラック形成。
 ピチョットはすぐにボールを出して F・コンテポミにパス。コンテポミはフィールドの真ん中に向かって走りながらパスの受け手を探す。この時点でコンテポミの外(つまりフィールドの左半分)には、プーマス 8 人(ラックに 4 人、ピチョット、デコイラン 1 人、負傷で横に伸びている 1 人以外全員)に対し、ボクスは 4 人で、しかも FB がいない。
 コンテポミの数メートル先にコルレトが走り込み、カットアウト(つまり左にずれる)で対面とすれ違う瞬間にパスを受けようとするところを、対面の SH デュ・プレーズがインターセプト(独走トライ、コンバージョン)。

 コルレトの走り込むスピードからして、またデュ・プレーズのさらに外側にはボクス 2 人(14 番ともう一人)対プーマス 5 人でスペースもたっぷりあるという状況からして、トライはほぼ確実だった。決まっていれば大会屈指の美しいトライとなっていたはずだし、ゲーム展開もかなり違うものとなっていただろう。ボクスがやや気を抜いた時間帯だったとはいえるかもしれないが、このアタックの「失敗」(だが何と果敢な失敗だろう)はプーマスのこの後の攻め方にかなり影響を与えたと思う。
 ラックに入ったプレーヤーが、プーマス側が 6・7・10・14、ボクス側が 2・6・8・11・15 という点は興味深い。コンテポミがボールを受けた時点でプーマス側は完全な数的優位にあったが、ボクスの FW 第三列のうち二人と FB をラックに巻き込んでいたわけである(誰かが FB の位置に戻ろうとしてはいたのだが、追いつけていない)。コルレトがやや前がかりになり過ぎた点が惜しまれる。状況を後から振り返るとそんなに慌てる必要はなかった。もっとも、プーマス側も
エルナンデスがラックに参加しており、展開という点で多少影響があったのかもしれない。三位決定戦でのように、思い切って大外にロングパスを放っていたらどうなっていただろうか。

 とにかく、左端で一回、右端で一回ラックを形成したのみで、あとはパスで抜いてトライを獲ろうとしたプーマスの攻撃は見応えがあったし、このチャレンジは十分に称えらるべきである。スプリングボクスがノックアウト・ステージでこのような攻撃を一度でも見せたことがあっただろうか? エディ・ジョーンズは「ボクスが勝った方がラグビーのためにはよい」といったが(本心からそういったのか)、勝ったって特にいいことはなかった。ボクスはチャレンジしないからだ。他のチームが弱かった(潜在的実力を発揮しえなかった)のだからチャレンジする必要がなかったというのはその通り。だが勝負という次元でのチャレンジは不要としても、ラグビーそのものへのチャレンジは可能だし、今回のチームにはそれだけの力はあったはずだから、やはり物足りなさを感じてしまう。

 まあでも、ボクスのことはよい。わたくしが気になるのは、プーマスが新 HC の下どのようなチームになるかという点である。今後も W 杯以外の国際大会に参加しないということであれば、テストマッチ機会が限られるわけだから、勝利を優先した比較的シンプルなゲームプランがやはり主になるだろうけれど、それはおそらくラグビー界にとってはどちらかといえば損失になると思う。

 今大会におけるアルゼンチンは結局のところ何だったか。風が吹けば桶屋が儲かる式にオールブラックス敗退の遠因を開幕戦に求めるのはいずれ生産的とはいえない(悪というなら、負けたフランスがどうしたって悪いのだから)。たとえばユーロ 2004 のギリシャ。歴史的に全く新しい戦術を編み出したというわけではないけれどもあの時点では非常に新鮮に映ったギリシャ・チームの特色をおそらく最も正確に指摘した大住良之氏は、一見古くさく見えるが実はそうではないのだと注意を喚起していた(「ギリシャの優勝で考える「個と組織」の問題」)。同じようなことがロス・プーマスについてもいえぬことはないだろう。だがロフレダのチームは、相手がどこであれ常に同じように戦えたレーハーゲルのチームほど完成されてしまってはいなかった。良くも悪くも。その「新しさ」(そういうものが本当にあるとして)がいかなる種類のものであるか、それを見極めるにはもう少し時間が必要のようだ。

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2007年11月 2日 (金)

喫茶すいれん

 京都から来ている人と話す機会があり、Pause Café というわりに知られたところを利用した。この喫茶店は外がよく見えるのがいい。東京で気に入っていたパパイヤもそういうカフェだったが、話をしているうちにふと「すいれん」のことを思い出した。すいれんというのは京都の河原町三条下ル(ないし四条上ル)東側にかつてあった喫茶店で、京都に行くとたいてい立ち寄ったところである。話をした人は大阪の人で大学が京都だったのだが、知らない、心当たりがないとのことだった。

 入口から中に入ると中二階と半地下それぞれに向かう短い階段があり、好みに応じて――とはいえいつも上の階に――われわれは席を選び腰を落ち着ける。

 メニューはどちらかといえば簡素で、飲み物各種とケーキが何種類か、わたくしはたまに付き合いでモンブランかエクレアを頼むことがあった。コーヒーも菓子も特別うまいと思ったことはないがそれはよい。店内の雰囲気もどちらかといえば地味で、照明を少し落し気味にしており、昼間はほとんど自然光だけかと思わせるものだったが、採光の具合がわたくしにはちょうどよかった。六×社は暗すぎるし、イ×ダは明るすぎる。どちらも長くいると疲れてしまうのだ。

 人のまばらな映画館やラグビー場が好ましいというのと、どこか通じるところがあったかもしれない。実際、すいれんは記憶の中ではそれなりの広さを誇っているのだが、そのせいもあってか満員になったのを見たことがなかった。あれほど人が少なくては、京都で最も地価の高い区画にある店としては苦しいだろう。それはスタジアムも劇場も同じことなのだが、他人と肩を触れ合いながら見物するのはやはり疲れるもので――と、そういうわがままをいっているうちに好きな場所がどんどん消えてゆき、京都の繁華街も、くすんだ色調が明るく妙にピカピカとした刺戟の強い色彩に取って代わられる。

 手書き風伝票のデザインが新鮮で「記念に」――何の記念だか――もらってよいか尋ね、「会計の都合上」といって断られたことがあった。店を取り仕切っていた女性は今にして思えば下北沢トロワ・シャンブルの人に感じが似ていたかもしれない。きちんとした喫茶店だったけれども鷹揚なところがあって、あるいは単に無頓着で、一度、入るときだったか出るときだったかに何の気なしに半地下を覗いてみると、学生風の女性が自分で持ち込んだ弁当を食っているということもあった。そうしたところもわたくしは気に入っていた。インターネットで調べたところ、現在も跡地に建てられたビルの名前として残ってはいるようである。

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