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2008年2月24日 (日)

6 ネイションズ ウェールズ 対 イタリア、フランス 対 イングランド

ウェールズ 対 イタリア 47-8 (13-8) トライ数 1-5

 HB もさることながら、フロントローをそっくり入れ替えたことで注目されたウェールズ。「スーパーサブ」としての方がいろいろな意味でいっそう活きるとの声も聞かれる G・ジェンキンス(2005 年の主力のひとり)はいずれ問題ないとしても、この三人でイタリアの一列に対抗できるのかとゲーム前に強く不安視された。
 天候不順が予想されたため、ウェールズ HC ギャットランドがミレニアム・スタジアムの屋根を閉じさせようとしたのに対し、イタリアのニック・マレットは同意しなかった。「私は憎まれっ子で構わない」――とはいわなかったようだが、とにかく「ラグビーというのはどんな天候でも可能なスポーツのひとつなのだから」といってマレットがかざす「その時々での天候を受け入れて状況に対応するしかなかろう」という大義には誰も異を唱えることができない。数年前にオールブラックスを向かえた際、フィールドでのハカを認めず非難を浴びたことがあったけれども、ウェールズ(協会)は時にせせこましいことをする。観客にしてもそうで、相手チームのプレース・キックの際のブーイングはやめて欲しいと思う。

 結局は雨も降らず好天といってよいだろう状態で行なわれたマッチは、予想外の大差がついてしまった。ウェールズはまずイタリアの強い(とされた)部分で勝負を試みる。フィットネスに相当自信がないと、こうした形でのゲームマネージメントは不可能だが、相手の調子を見ながら、また消耗を巧みに誘いつつ、後半に突き放すという、イングランド戦と似た展開で危なげなく勝利を手にすることとなった。
 とりわけ FW の強さを(可能な限り)加味した今年のチームはやはり 2005 年のチームとは違っていて、今日のSH ピールの不調を差し引いても、流れるようなパスプレーは今のところ散発的にしか炸裂していない。それはまあ現実的な対応として仕方ないことではある。ただ今日は、その強いはずの部分――つまり 6 番と 8 番――がひとりでボールを持ち込んでターンオーバーされる場面が結構見られた。相手がイタリアだったから大した影響はなかったものの、強豪チームとの対戦では致命的な失策となりかねない。
 とはいえ、点を取る方法を複数もち、またシックスネイションズのレベルでは、プレーの焦点――ブレークダウンで競り合うか展開するか――を意図してずらすことができる、つまりゲームの主導権を握ることができるというのはやはり強みである。前半はもたついたものの、結局ラインブレーク 12 回と、攻撃力を見せ付けている(イタリアも 4 回だから割と緩めのマッチではあった)。イタリアに 135 回タックルさせて(失敗 20 回)、自分たちは 56 回(失敗 3 回)というのは、コーチ陣の予想の範囲内だったのだろうか(データは BBC サイトより)。
もちろんトライネイションズにそのまま通じるものではないだろうけれど、フランス戦がどうなるか想像するのは楽しいことだ。

 イタリアは、初戦だけで速断して失礼なことを書いてしまったけれども、それなりに好チームであることはわかった。ディフェンスもそこそこ鍛えられており、また攻撃でもいくつか効果的な形を披露していた。前半 20 分のムーブによるライン攻撃は、失敗に終わったものの素晴らしい切れ味であわやトライかと思わせたし(このプレーのポイントが 7 番マウロ・ベルガマスコのパスという点にも感心した)、途中から SO に入った新人 FB アンドレア・マルカートからウィングへのキックパスも、ややワンパターン気味ではあったが面白かった。
 ただし、今の段階では結局タスク・ラグビーの域を出ておらず、今後の成熟を待ちたいということになる。初キャップのマルカートは、何だか 70 年代のアイドルみたいな容貌だが、FB でも SO でも非常によいプレーぶりだった。PG のキッカーとしては負傷欠場のボルトルッシと比べ確実性がやや劣るかもしれないが、キックやランに光るものを感じた。楽しみなプレーヤーである。

 *

フランス 対 イングランド 13-24 (7-13) トライ数 1-2

 ジョニー・ウィルキンソンは試合に先立つ談話として次のように述べていた(22 日付BBC サイト記事より)。

フランスと戦ったことのある者なら誰でも知っていることだが、あのチームには、波のようにエネルギーとスピードが押し寄せてくるということが起こりうるんだ。それがどこから来たのかわからないという。

 そうした「フランス的ラグビー」を見せてくれると多くが期待したフレデリック・ミシャラクは、W 杯準決勝のいわばリターンマッチとなるこの英仏戦と同じ日、スーパー 14 公式戦でのデビューを果たした(第二節、対ストーマーズ戦)。ブッチ・ジェームズの後釜というのが実に興味深いけれども、試合後の同僚の反応を『レキップ』紙は次のように伝えている(24 日付「ミシャラク、手荒い歓迎を受ける」より)。

シャークスのメンバーはまだミシャラクのような傾向のプレーヤーに慣れていない。このフランス人からのキックパスやパスが自分のところに来て驚いた様子を見せた J・P・ピーターセンが好い例だ。「あいつらは皆ブッチ・ジェームズのもっと素直でわかりやすいプレーに強く影響されているんだ」と、第二センターの W・マレーは分析する。「俺はフレッドの隣で楽しんでるよ、前よりずっとボールに触れられるわけだから。まあ、慌てないで済むようになるには少し時間がかかるだろうけど」。

 ゲーム(12-10 で勝利)を見ていないので何ともいえないが、ミシャラクが南アフリカでどのように変化してくるのか、楽しみである。そのミシャラクも自宅でテレビ観戦したマッチは、彼が同様にインタビューで述べた印象――イングランド・ディフェンスの有効性(ラックや二次・三次防御に人を割かず、とにかく一次防御に集中してフランスの攻撃を早めにつぶすという)、そしてとりわけレ・ブルーの「ラグビーをする」ことに対する情熱の逬り――通りの展開となる。フランス・ファンはそれでもこのレ・ブルーの快楽指向ラグビーを支持するはずだが(もちろんわたくしもその端くれである)、同じ日に見たウェールズのゲームマネージメントと比べて、いわば未熟さが目につく結果となった。

 この日のイングランドとイタリアとの差を度外視するのが無理な話であることはむろん承知しているけれども、なぜ上手く行かなかったのだろう。FW 戦では互角とはいえないまでも、そう大きな差はなかったように思われた。参考までに『レキップ』紙の採点では、パペ 6、ナレ 7、ボネール 6.5、デュソトワール 7、ルイ・ピカモール 7、モルガン・パラ 7.5 となっているが、これは観戦した印象とほぼ同じである(パラなどは 19 歳という年齢も考慮するなら、FW への指示ぶりその他を含め 8 点でもよいかもしれない)。ピック&ゴーでは少しずつ押し込まれはしたが、奪トライは FW によるものである。少なくともボールを手にしている時の FW はよくやっていたと思う。するとやはり同紙の採点でイングランドの平均 7 に対し平均 5.5 しか与えられなかった第一列の、とりわけスクラムでの完敗が要因か。ということはつまり、結局はボールを十分に確保できなかったのが敗因ということになるだろうか。
 イングランドのディフェンスが素晴らしかったのは間違いないけれども、彼らは何か特別なことをしたわけではなかった。ただ一所懸命やり、ブレークダウンで頑張っただけ――つまり、W 杯準々決勝・準決勝の時と同様、追い詰められて集中力や結束力がとみに高まったということだろう。にもかかわらず全体としてはイングランドにコントロールされていたというか、攻めさせられていたという印象を拭えないのは、結局のところ、少ないボール(あるいは FW の劣勢)、激しいディフェンスという厳しい条件下でどうやって攻めるのかというゲームのマネージメント部分にまだ成長の余地が大いにあるからではないだろうか。「どこからともなく押し寄せてくる波動」を未然に防ぐべくイングランドが 80 分間(40 分ではなく)必死にかけ続けたプレッシャーを、本能だけで跳ね返すことが困難だとすれば、何をすればよいのか。「ボルショー、狙うよ」とあらかじめ宣言して本当に狙うウェールズのいやらしさ、ふてぶてしさ。相当な規律を要求され、実際に課されてもいるはずなのに、フィールドでしばしば露呈してしまう(適度な)いい加減さ。フレアとディシプリンの関係は奥深い。あまりに生真面目なフランス人というのは気味悪いが、ともかくレ・ブルーには
今後を期待したい。

 ただし、残り 15 分のところで HB を D・ヤシュヴィリと D・スクレラに入れ替えた交代はちょっと疑問である。いずれも好いプレーヤーだし、別に嫌ってはいないけれど、フランソワ・トラン=デュックもパラも悪くなかった。だいたいキックオフのボールをパラがキャッチ、トラン=デュックが突っ込んでラック、そこからパラが出したボールをピカモールが受けて突進という、とても勇敢な「ヤング・ブラッド」三人衆のプレーで始まったゲームではないか! まあ彼らの交代はそもそも体力的な問題だったかもしれないのだが、その点は敢えて無視すると、トラン=デュックはパスがあまり効果的ではなかった一方で、ギャップをつくプレーの多くを成功させていたのだから、この日はそこに賭けて、センターにスクレラを入れるべきだったのではないか。またヤシュヴィリはキッカーとしても必要だったのは確かだが、この人は一方でここ数年「イングランド・キラー」としての神話性をある程度帯びているわけで、「新しいラグビーを」といいながら、そうした神話に頼る(と見えてしまう)のはやや矛盾しているのではないかと感じた次第である。

 細かいことを記しておくと、フランスの方はウィング(のエリア)にボールが回ったときにはすでにスペースがなくなっているということが再三あった。パスの流れに沿って多少流れてゆくのは当然としても、要するにそこを狙われていたわけである。流れないセンター(あくまでイメージだが)が必要ではないだろうか。ウェールズのシャンクリン、アイルランドのオドリスコル、あるいはジャパンの朽木のようなセンターが。

 今大会は振り返ってみれば、ハイパンやドロップゴールがかなり少なくなっている。ワールドカップ中心に考えれば、谷間の年だからか、相対的には実験的なゲームが多くなっている。イングランドも立派にラグビーをしており、そのかぎりで好感がもてる。英仏戦は、特別に華々しい活躍をした人がいなかったためにとりあえずウィルキンソンがマン・オブ・ザ・マッチとなった感じだが、それはつまり、少なくともこの晩に限ってはイングランドが真の意味におけるチームに近づいていたということだ。そしてそれは多分、勝利以上に意義深いことである。

〔付記 フランソワ・トラン=デュック、祖父がベトナム人なんだそうである。そう聞くといっそう応援したくなる。そういう思い入れは本人にとってはむしろ迷惑だろうけれど。名前から「ッ」を抜くとなるほどベトナムぽくなるなあ――と、そんなことは本当にどうでもよいことだが、代役として一定の評価を得る、というレベルで決して満足せずに、本当の意味でミシャラクを脅かすという形で切磋琢磨して欲しいものだ。〕

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