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2008年2月11日 (月)

6 ネイションズ イタリア 対 イングランド

イタリア 対 イングランド 19-23 (6-20) トライ数 1-2

 イングランドは相変わらずもたついているが、わたくしはまあどちらかといえば肯定的にとらえている。彼らは今のところは「ラグビーをする」(play rugby)ことに執着しているように見え、そしてそれは多分よいことなのである。ウィルコ的というかサー・クライヴ・ウッドワード的ゲームメイクが亡霊ごとく立ち戻ることのないよう祈るばかりだ。

 もっとも、「SCW 的」というのは公平に見ていい過ぎではある。2003 年の例のチームは、実のところ 1999 年に加入した「ワンダーボーイ」がいわば「大ウィルキンソン」となってゆく過程と並行して熟成を果たした、紛れもないラグビー・チームではあったからだ。「クソ面白くもない」との評価ばかりでは必ずしもなかったことが――実際SCW 自身が「本当に退屈なラグビーというのはまだまだこんなものじゃない」と開き直り気味に述べていたけれど、そこには半面の真理が含まれているように思う――それを物語っていたはずで、やはりチームとしての魅力、というより「チームである」ということ自体から来る魅力が多少ともあるにはあったのである。W 杯プールステージ・南ア戦での「チーム崩壊」は例えば梅本洋一氏が指摘されたとおりで、何しろ人の行なうことであるし、形骸化したチームにかつて成功した戦法をあてがっても上手く行くわけはない。その後の立て直し(と、わたくしは希望を込めつつ見た)の軌道上に、今年のチームが乗っているかどうかといえば、しかしまだ怪しいところがある。二試合続けて後半崩れるというのは、まだまだチームとしての形成途上にある証拠だろう。
 それは何も精神的な面に限られたことではない。たとえば、というよりとりわけてウィルコの役割をどうするのかが確定(むろんフィールド上での臨機応変の役割分担も含めての話である)されていないことも、真の意味でのチームの不在を示しているはずだ。2003 年のチームにおいてウィルキンソンはやはり、相手のプレッシャーからは FW が、ゲームメイクの面では M・キャットや M・ドーソンらベテラン BK がそれぞれ保護してくれた中での SO だったと思う。さすがにキックはどんなプレッシャーでもたいていは成功させられたにせよ、その他の局面でも同様のプレッシャーの下、同じレベルのプレーが出来ていたかというと、必ずしもそうではなかったように思う。

 現在彼は年齢的にいってもチームの柱としてプレーすることが求められるようになっている。一年契約の監督にはいずれ多くを期待できないのだから、結局は自身がどのようにゲームに臨み、戦うかが重要となろう。ウェールズ戦ではそうした備えがなかったといえる。他ならぬウィルキンソン自身にだ。(アメフトでいう)ブリッツを食らってターンオーバーされる、あるいは何の策もなく相手ディフェンスに飛び込んでボールが出せないなど、プレッシャーに直接さらされる中でのウィルキンソンのプレーは明らかに精彩を欠いていた。きわめつきが、シプリアニへのほとんど精神分析的な主題となりそうなパスミス。このチームには同じクラブの同僚で SO もこなすトビー・フラッドがいるのだから、ゲームメイクなどの役割分担がゲームの中で自然になされるようになれば理想的なのだが、道は遠いなあと、(ウェールズ贔屓の身として溜飲を一方で下げながら)思ったのだった。

 要するに、かつてのように完全な保護を与えた上でキックやゲームコントロールに専心させるというのでないなら、ウィルコに自由にプレーさせろと、そういうことだ。そうでなければウェールズ戦のように無様な姿をこれからもさらすことになるだろうと。

 そんなお節介なことをぼんやり考えていたわけだが、このイタリア戦でウィルコは、試合開始間もない時間帯に目の覚めるような突破をしてみせた。やはりすぐれた選手はそれなりの対応力を備えているのである。チップキックにより自らラインブレーク、バウンドを測って自らキャッチし、タックルされ倒れる寸前に前を向いたまま斜め後方へと放たれた「ブラインド」パス。自由でまた高度な水準のラグビーである。WTB サッキーがきちんとフォローしてパスを受けたのも素晴らしい連携だった。「10番から離れて」自由にラグビーをすること。それが、このチームのまさにチームとしての成熟の鍵となるだろう。実際この試合でウィルコは一本もハイパントを蹴らなかった。かなり重要なことではないだろうか。

 注目のシプリアニはウィルコと交代で途中出場を果たしたものの、ひとつよいタッチキックがあった以外は、ノックオン、それにキックをチャージされてイタリア唯一のトライを与えてしまうという不運な SO デビューになった。4 点差まで詰め寄られたのは、イングランドの勝敗に特段の関心がないわたくしなどには興を添えるいわば演出以上の意味はなかったけれど、とにかくシプリアニの扱いも非常に興味深い。ウィルキンソン同様、正 SO に定着したとたんゲーム・コントロール至上主義を課せられるなどということがなければよいのだが、しかし今、つまりチームが出来上がっていない(というか明確な形さえ成していない)今この時に彼がウィルコと交代してみても、前任者の役割をそっくり引き受けるということにしかならないのだから、起用は存外難しい。ワンマン・エースに完全に合わせてチームを組み立てるのでも、すでに出来上がったチームにエースとなりうるプレーヤーを一方的にあてがうのでもなく、相互作用的なチームの作り方は――。ともかくキック・チャージに萎縮する必要は全くないので――オガーラやパークスなど二六時中である――退屈なゲームメイクだけのプレーヤーにはならぬよう頑張って欲しいと思う。
 FB ボルショーを続けて起用したのは、もちろん先週の敗戦が個人的ミスのせいではないということもあり、監督のひとつの見識ではあるけれども、ディフェンスはともかくとして、エマンスなどと比べるとやはり見劣りする。アタック時のプレー選択などの点で。

 イタリアについては、個々のプレーヤーの身体の強さを改めて認識した。ジャパンは先週のアイルランド戦を参考に、身体接触をできるかぎり避けて抜いてゆくラグビーを目指して、そろそろこの程度のチームには勝って欲しいものだ。

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