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2008年2月

2008年2月24日 (日)

6 ネイションズ ウェールズ 対 イタリア、フランス 対 イングランド

ウェールズ 対 イタリア 47-8 (13-8) トライ数 1-5

 HB もさることながら、フロントローをそっくり入れ替えたことで注目されたウェールズ。「スーパーサブ」としての方がいろいろな意味でいっそう活きるとの声も聞かれる G・ジェンキンス(2005 年の主力のひとり)はいずれ問題ないとしても、この三人でイタリアの一列に対抗できるのかとゲーム前に強く不安視された。
 天候不順が予想されたため、ウェールズ HC ギャットランドがミレニアム・スタジアムの屋根を閉じさせようとしたのに対し、イタリアのニック・マレットは同意しなかった。「私は憎まれっ子で構わない」――とはいわなかったようだが、とにかく「ラグビーというのはどんな天候でも可能なスポーツのひとつなのだから」といってマレットがかざす「その時々での天候を受け入れて状況に対応するしかなかろう」という大義には誰も異を唱えることができない。数年前にオールブラックスを向かえた際、フィールドでのハカを認めず非難を浴びたことがあったけれども、ウェールズ(協会)は時にせせこましいことをする。観客にしてもそうで、相手チームのプレース・キックの際のブーイングはやめて欲しいと思う。

 結局は雨も降らず好天といってよいだろう状態で行なわれたマッチは、予想外の大差がついてしまった。ウェールズはまずイタリアの強い(とされた)部分で勝負を試みる。フィットネスに相当自信がないと、こうした形でのゲームマネージメントは不可能だが、相手の調子を見ながら、また消耗を巧みに誘いつつ、後半に突き放すという、イングランド戦と似た展開で危なげなく勝利を手にすることとなった。
 とりわけ FW の強さを(可能な限り)加味した今年のチームはやはり 2005 年のチームとは違っていて、今日のSH ピールの不調を差し引いても、流れるようなパスプレーは今のところ散発的にしか炸裂していない。それはまあ現実的な対応として仕方ないことではある。ただ今日は、その強いはずの部分――つまり 6 番と 8 番――がひとりでボールを持ち込んでターンオーバーされる場面が結構見られた。相手がイタリアだったから大した影響はなかったものの、強豪チームとの対戦では致命的な失策となりかねない。
 とはいえ、点を取る方法を複数もち、またシックスネイションズのレベルでは、プレーの焦点――ブレークダウンで競り合うか展開するか――を意図してずらすことができる、つまりゲームの主導権を握ることができるというのはやはり強みである。前半はもたついたものの、結局ラインブレーク 12 回と、攻撃力を見せ付けている(イタリアも 4 回だから割と緩めのマッチではあった)。イタリアに 135 回タックルさせて(失敗 20 回)、自分たちは 56 回(失敗 3 回)というのは、コーチ陣の予想の範囲内だったのだろうか(データは BBC サイトより)。
もちろんトライネイションズにそのまま通じるものではないだろうけれど、フランス戦がどうなるか想像するのは楽しいことだ。

 イタリアは、初戦だけで速断して失礼なことを書いてしまったけれども、それなりに好チームであることはわかった。ディフェンスもそこそこ鍛えられており、また攻撃でもいくつか効果的な形を披露していた。前半 20 分のムーブによるライン攻撃は、失敗に終わったものの素晴らしい切れ味であわやトライかと思わせたし(このプレーのポイントが 7 番マウロ・ベルガマスコのパスという点にも感心した)、途中から SO に入った新人 FB アンドレア・マルカートからウィングへのキックパスも、ややワンパターン気味ではあったが面白かった。
 ただし、今の段階では結局タスク・ラグビーの域を出ておらず、今後の成熟を待ちたいということになる。初キャップのマルカートは、何だか 70 年代のアイドルみたいな容貌だが、FB でも SO でも非常によいプレーぶりだった。PG のキッカーとしては負傷欠場のボルトルッシと比べ確実性がやや劣るかもしれないが、キックやランに光るものを感じた。楽しみなプレーヤーである。

 *

フランス 対 イングランド 13-24 (7-13) トライ数 1-2

 ジョニー・ウィルキンソンは試合に先立つ談話として次のように述べていた(22 日付BBC サイト記事より)。

フランスと戦ったことのある者なら誰でも知っていることだが、あのチームには、波のようにエネルギーとスピードが押し寄せてくるということが起こりうるんだ。それがどこから来たのかわからないという。

 そうした「フランス的ラグビー」を見せてくれると多くが期待したフレデリック・ミシャラクは、W 杯準決勝のいわばリターンマッチとなるこの英仏戦と同じ日、スーパー 14 公式戦でのデビューを果たした(第二節、対ストーマーズ戦)。ブッチ・ジェームズの後釜というのが実に興味深いけれども、試合後の同僚の反応を『レキップ』紙は次のように伝えている(24 日付「ミシャラク、手荒い歓迎を受ける」より)。

シャークスのメンバーはまだミシャラクのような傾向のプレーヤーに慣れていない。このフランス人からのキックパスやパスが自分のところに来て驚いた様子を見せた J・P・ピーターセンが好い例だ。「あいつらは皆ブッチ・ジェームズのもっと素直でわかりやすいプレーに強く影響されているんだ」と、第二センターの W・マレーは分析する。「俺はフレッドの隣で楽しんでるよ、前よりずっとボールに触れられるわけだから。まあ、慌てないで済むようになるには少し時間がかかるだろうけど」。

 ゲーム(12-10 で勝利)を見ていないので何ともいえないが、ミシャラクが南アフリカでどのように変化してくるのか、楽しみである。そのミシャラクも自宅でテレビ観戦したマッチは、彼が同様にインタビューで述べた印象――イングランド・ディフェンスの有効性(ラックや二次・三次防御に人を割かず、とにかく一次防御に集中してフランスの攻撃を早めにつぶすという)、そしてとりわけレ・ブルーの「ラグビーをする」ことに対する情熱の逬り――通りの展開となる。フランス・ファンはそれでもこのレ・ブルーの快楽指向ラグビーを支持するはずだが(もちろんわたくしもその端くれである)、同じ日に見たウェールズのゲームマネージメントと比べて、いわば未熟さが目につく結果となった。

 この日のイングランドとイタリアとの差を度外視するのが無理な話であることはむろん承知しているけれども、なぜ上手く行かなかったのだろう。FW 戦では互角とはいえないまでも、そう大きな差はなかったように思われた。参考までに『レキップ』紙の採点では、パペ 6、ナレ 7、ボネール 6.5、デュソトワール 7、ルイ・ピカモール 7、モルガン・パラ 7.5 となっているが、これは観戦した印象とほぼ同じである(パラなどは 19 歳という年齢も考慮するなら、FW への指示ぶりその他を含め 8 点でもよいかもしれない)。ピック&ゴーでは少しずつ押し込まれはしたが、奪トライは FW によるものである。少なくともボールを手にしている時の FW はよくやっていたと思う。するとやはり同紙の採点でイングランドの平均 7 に対し平均 5.5 しか与えられなかった第一列の、とりわけスクラムでの完敗が要因か。ということはつまり、結局はボールを十分に確保できなかったのが敗因ということになるだろうか。
 イングランドのディフェンスが素晴らしかったのは間違いないけれども、彼らは何か特別なことをしたわけではなかった。ただ一所懸命やり、ブレークダウンで頑張っただけ――つまり、W 杯準々決勝・準決勝の時と同様、追い詰められて集中力や結束力がとみに高まったということだろう。にもかかわらず全体としてはイングランドにコントロールされていたというか、攻めさせられていたという印象を拭えないのは、結局のところ、少ないボール(あるいは FW の劣勢)、激しいディフェンスという厳しい条件下でどうやって攻めるのかというゲームのマネージメント部分にまだ成長の余地が大いにあるからではないだろうか。「どこからともなく押し寄せてくる波動」を未然に防ぐべくイングランドが 80 分間(40 分ではなく)必死にかけ続けたプレッシャーを、本能だけで跳ね返すことが困難だとすれば、何をすればよいのか。「ボルショー、狙うよ」とあらかじめ宣言して本当に狙うウェールズのいやらしさ、ふてぶてしさ。相当な規律を要求され、実際に課されてもいるはずなのに、フィールドでしばしば露呈してしまう(適度な)いい加減さ。フレアとディシプリンの関係は奥深い。あまりに生真面目なフランス人というのは気味悪いが、ともかくレ・ブルーには
今後を期待したい。

 ただし、残り 15 分のところで HB を D・ヤシュヴィリと D・スクレラに入れ替えた交代はちょっと疑問である。いずれも好いプレーヤーだし、別に嫌ってはいないけれど、フランソワ・トラン=デュックもパラも悪くなかった。だいたいキックオフのボールをパラがキャッチ、トラン=デュックが突っ込んでラック、そこからパラが出したボールをピカモールが受けて突進という、とても勇敢な「ヤング・ブラッド」三人衆のプレーで始まったゲームではないか! まあ彼らの交代はそもそも体力的な問題だったかもしれないのだが、その点は敢えて無視すると、トラン=デュックはパスがあまり効果的ではなかった一方で、ギャップをつくプレーの多くを成功させていたのだから、この日はそこに賭けて、センターにスクレラを入れるべきだったのではないか。またヤシュヴィリはキッカーとしても必要だったのは確かだが、この人は一方でここ数年「イングランド・キラー」としての神話性をある程度帯びているわけで、「新しいラグビーを」といいながら、そうした神話に頼る(と見えてしまう)のはやや矛盾しているのではないかと感じた次第である。

 細かいことを記しておくと、フランスの方はウィング(のエリア)にボールが回ったときにはすでにスペースがなくなっているということが再三あった。パスの流れに沿って多少流れてゆくのは当然としても、要するにそこを狙われていたわけである。流れないセンター(あくまでイメージだが)が必要ではないだろうか。ウェールズのシャンクリン、アイルランドのオドリスコル、あるいはジャパンの朽木のようなセンターが。

 今大会は振り返ってみれば、ハイパンやドロップゴールがかなり少なくなっている。ワールドカップ中心に考えれば、谷間の年だからか、相対的には実験的なゲームが多くなっている。イングランドも立派にラグビーをしており、そのかぎりで好感がもてる。英仏戦は、特別に華々しい活躍をした人がいなかったためにとりあえずウィルキンソンがマン・オブ・ザ・マッチとなった感じだが、それはつまり、少なくともこの晩に限ってはイングランドが真の意味におけるチームに近づいていたということだ。そしてそれは多分、勝利以上に意義深いことである。

〔付記 フランソワ・トラン=デュック、祖父がベトナム人なんだそうである。そう聞くといっそう応援したくなる。そういう思い入れは本人にとってはむしろ迷惑だろうけれど。名前から「ッ」を抜くとなるほどベトナムぽくなるなあ――と、そんなことは本当にどうでもよいことだが、代役として一定の評価を得る、というレベルで決して満足せずに、本当の意味でミシャラクを脅かすという形で切磋琢磨して欲しいものだ。〕

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2008年2月22日 (金)

アントワーヌ・ベルマン『他者という試練』

   ※これは宣伝です(みすず書房より転載)。

 他者という試練 [著者]アントワーヌ・ベルマン [訳者] ***

 ・A 5 判 タテ 210mm×ヨコ 148mm/432 頁/7,140 円(本体 6,800 円)/
   ISBN 978-4-622-07346-8 C1010

 ・副 題: ロマン主義ドイツの文化と翻訳――ヘルダー、ゲーテ、シュレーゲル兄弟、ノヴァーリス、フンボルト、シュライアーマッハー、ヘルダーリン
 ・テーマ: 翻訳学、ドイツ翻訳史

 ・原 題: Antoine Berman, L'Épreuve de l'étranger. Culture et traduction dans l'Allemagne romantique -- Herder, Goethe, Schlegel, Novalis, Humboldt, Schleiermacher, Hölderlin, Paris, Gallimard, coll. "Les Essais", 1984, 310 pages.

 口上:

 翻訳するとはどういうことか。あるひとつの文化において翻訳はいかなる地位を占めているか。ひとつの言語から別の言語へというこの移動の営み、第一に「異なるものの試練」であるその営みは何を拠りどころとしているのか。
 
言語学博士であり、自身ドイツおよびラテン・アメリカ文学の翻訳家でもあるアントワーヌ・ベルマンは、こうした問題へ取り組むにあたって、まさにそれら問いが精力的にまた情熱を込めて提起され、論議の対象となり、そしてさまざまな答えを導くに至ったひとつの時代、ひとつの文化を考究する。ロマン主義時代のドイツである。「われわれは――とシュライアーマッハーは書いた――自分たちの言語が真の意味においてその力を十全に発達させうるのは、異なるものとの可能なかぎり多面的な接触を通じてのみであると感じている」。ヘルダーからノヴァーリス、ゲーテ、フンボルト、シュレーゲル兄弟を経由しヘルダーリンまで、翻訳の営みは事実、ドイツ文化・ドイツ文学の領野に中心的な地位を占めることになる。西洋史上、これほど豊かにまた活発な仕方で翻訳についての考察が深められたことは一度もなかった。
 
本書で明るみに出され、検討され、分析される領域は、フランスの読者にとってはまったく未知のものである。そしてさらに、翻訳という特殊な問題を超えて、一連の根本的な問いが視界に浮かび上がる。「固有のもの」や「生得のもの」と異なるものとの関係、作品というものの本質、言語の本性といった、われわれの近代性に改めて突きつけられている問いの数々である。
 
鮮やかな手さばきによって結論へと導かれる本研究は、専門的でありながら同時に明快な仕方でひとつの新しい学識(翻訳学〔トラデュクトロジー〕と呼ばれるべきだろうか)への道を拓く。翻訳が歴史の、知の、そして省察の領野へとついに一歩を踏み入れることになるだろう学問である。

〔いざ書こうとすると存外難しいもので、とりあえず原書裏表紙の紹介文(おそらく出版社によるもの)を訳すことで茶を濁します。〕

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2008年2月11日 (月)

6 ネイションズ イタリア 対 イングランド

イタリア 対 イングランド 19-23 (6-20) トライ数 1-2

 イングランドは相変わらずもたついているが、わたくしはまあどちらかといえば肯定的にとらえている。彼らは今のところは「ラグビーをする」(play rugby)ことに執着しているように見え、そしてそれは多分よいことなのである。ウィルコ的というかサー・クライヴ・ウッドワード的ゲームメイクが亡霊ごとく立ち戻ることのないよう祈るばかりだ。

 もっとも、「SCW 的」というのは公平に見ていい過ぎではある。2003 年の例のチームは、実のところ 1999 年に加入した「ワンダーボーイ」がいわば「大ウィルキンソン」となってゆく過程と並行して熟成を果たした、紛れもないラグビー・チームではあったからだ。「クソ面白くもない」との評価ばかりでは必ずしもなかったことが――実際SCW 自身が「本当に退屈なラグビーというのはまだまだこんなものじゃない」と開き直り気味に述べていたけれど、そこには半面の真理が含まれているように思う――それを物語っていたはずで、やはりチームとしての魅力、というより「チームである」ということ自体から来る魅力が多少ともあるにはあったのである。W 杯プールステージ・南ア戦での「チーム崩壊」は例えば梅本洋一氏が指摘されたとおりで、何しろ人の行なうことであるし、形骸化したチームにかつて成功した戦法をあてがっても上手く行くわけはない。その後の立て直し(と、わたくしは希望を込めつつ見た)の軌道上に、今年のチームが乗っているかどうかといえば、しかしまだ怪しいところがある。二試合続けて後半崩れるというのは、まだまだチームとしての形成途上にある証拠だろう。
 それは何も精神的な面に限られたことではない。たとえば、というよりとりわけてウィルコの役割をどうするのかが確定(むろんフィールド上での臨機応変の役割分担も含めての話である)されていないことも、真の意味でのチームの不在を示しているはずだ。2003 年のチームにおいてウィルキンソンはやはり、相手のプレッシャーからは FW が、ゲームメイクの面では M・キャットや M・ドーソンらベテラン BK がそれぞれ保護してくれた中での SO だったと思う。さすがにキックはどんなプレッシャーでもたいていは成功させられたにせよ、その他の局面でも同様のプレッシャーの下、同じレベルのプレーが出来ていたかというと、必ずしもそうではなかったように思う。

 現在彼は年齢的にいってもチームの柱としてプレーすることが求められるようになっている。一年契約の監督にはいずれ多くを期待できないのだから、結局は自身がどのようにゲームに臨み、戦うかが重要となろう。ウェールズ戦ではそうした備えがなかったといえる。他ならぬウィルキンソン自身にだ。(アメフトでいう)ブリッツを食らってターンオーバーされる、あるいは何の策もなく相手ディフェンスに飛び込んでボールが出せないなど、プレッシャーに直接さらされる中でのウィルキンソンのプレーは明らかに精彩を欠いていた。きわめつきが、シプリアニへのほとんど精神分析的な主題となりそうなパスミス。このチームには同じクラブの同僚で SO もこなすトビー・フラッドがいるのだから、ゲームメイクなどの役割分担がゲームの中で自然になされるようになれば理想的なのだが、道は遠いなあと、(ウェールズ贔屓の身として溜飲を一方で下げながら)思ったのだった。

 要するに、かつてのように完全な保護を与えた上でキックやゲームコントロールに専心させるというのでないなら、ウィルコに自由にプレーさせろと、そういうことだ。そうでなければウェールズ戦のように無様な姿をこれからもさらすことになるだろうと。

 そんなお節介なことをぼんやり考えていたわけだが、このイタリア戦でウィルコは、試合開始間もない時間帯に目の覚めるような突破をしてみせた。やはりすぐれた選手はそれなりの対応力を備えているのである。チップキックにより自らラインブレーク、バウンドを測って自らキャッチし、タックルされ倒れる寸前に前を向いたまま斜め後方へと放たれた「ブラインド」パス。自由でまた高度な水準のラグビーである。WTB サッキーがきちんとフォローしてパスを受けたのも素晴らしい連携だった。「10番から離れて」自由にラグビーをすること。それが、このチームのまさにチームとしての成熟の鍵となるだろう。実際この試合でウィルコは一本もハイパントを蹴らなかった。かなり重要なことではないだろうか。

 注目のシプリアニはウィルコと交代で途中出場を果たしたものの、ひとつよいタッチキックがあった以外は、ノックオン、それにキックをチャージされてイタリア唯一のトライを与えてしまうという不運な SO デビューになった。4 点差まで詰め寄られたのは、イングランドの勝敗に特段の関心がないわたくしなどには興を添えるいわば演出以上の意味はなかったけれど、とにかくシプリアニの扱いも非常に興味深い。ウィルキンソン同様、正 SO に定着したとたんゲーム・コントロール至上主義を課せられるなどということがなければよいのだが、しかし今、つまりチームが出来上がっていない(というか明確な形さえ成していない)今この時に彼がウィルコと交代してみても、前任者の役割をそっくり引き受けるということにしかならないのだから、起用は存外難しい。ワンマン・エースに完全に合わせてチームを組み立てるのでも、すでに出来上がったチームにエースとなりうるプレーヤーを一方的にあてがうのでもなく、相互作用的なチームの作り方は――。ともかくキック・チャージに萎縮する必要は全くないので――オガーラやパークスなど二六時中である――退屈なゲームメイクだけのプレーヤーにはならぬよう頑張って欲しいと思う。
 FB ボルショーを続けて起用したのは、もちろん先週の敗戦が個人的ミスのせいではないということもあり、監督のひとつの見識ではあるけれども、ディフェンスはともかくとして、エマンスなどと比べるとやはり見劣りする。アタック時のプレー選択などの点で。

 イタリアについては、個々のプレーヤーの身体の強さを改めて認識した。ジャパンは先週のアイルランド戦を参考に、身体接触をできるかぎり避けて抜いてゆくラグビーを目指して、そろそろこの程度のチームには勝って欲しいものだ。

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2008年2月10日 (日)

6 ネイションズ ウェールズ 対 スコットランド、フランス 対 アイルランド

ウェールズ 対 スコットランド 30-15 (10-6) トライ数 4-0

 今大会は最終スコアがあまり開かず、得点を見るかぎりほとんどのマッチは拮抗している。しかし、かなりの数に昇るミスや反則はとりあえず措くとして、各チームの仕上がり具合にははっきり差が見られる。イングランドが後半に息切れしてしまうのは別の次元の問題かもしれないが、スコットランドやイタリア、アイルランドは戦略ないし戦術が明らかに上手く行っていない。「まずフランス、次いでウェールズが抜けている」(プラネットラグビー)というのが大方の素直な印象だろう。

 その「二強」にトライ数 0-3、0-4 と連続完敗したスコットランドは、「オフロード」を多用したつなぎという、比較的はっきりとした戦術を実行しようとしてはいるのだが、ミスが多く、詰めのディフェンスにはあまり効果的でないこともあって、今のところ功を奏していない。大会第一週のスタッツ(プラネットラグビー調べ)のうち「マッチごとのパス数」を見ると、

 アイルランド  vs イタリア   221 (ア  115、伊 106)
 スコットランド vs フランス   285 (ス  130、仏 155)
 イングランド  vs ウェールズ  184 (イン 97、ウ 87)

となっており、パスでつなごうという意志は少なくとも感ぜられたのだが(ちなみにキック数は少ない方から順にス・仏・ウ・ア・伊=イン)、第二週では

 ウェールズ  vs スコットランド  172 (ウ 131、ス  41)
 フランス  vs  アイルランド     292 (仏 118、ア  174)
 イタリア  vs   イングランド    241 (伊 158、イン 83)

と、早くも破綻してしまっている(キック数は少ない方からア・仏=伊・イン・ス・ウ)。クリス・パターソンを先発させたという点では、「破綻」というよりむしろ戦略変更というべきかもしれないが、またゲームの大半をウェールズが支配していたという事情もあるにせよ、とにかく何とか有効なやり方を見出してほしい。「われわれの仕事は観客を楽しませることではなく試合に勝つことだ」という監督の言葉は、まさしく勝者のものなのだから。

 スコットランドに足りないのは例えばスペースを作り出す工夫だろう。ウェールズはその点ではチーム全体で意志が統一されており、大きな可能性を秘めているように思われる。ジェームズ・フックが真の意味で「フレア」を個人的に発揮し出し、痺れるようなパスを二試合続けて放ったというばかりではなく、チームとして、ボールを動かし続けながらディフェンスのギャップを見つける、あるいは作り出すという意図がプレーヤー全員に浸透している(対イングランド戦のパス数はほとんどが後半のものと考えれば、ハーフ換算でフランスと遜色のない数になる)。M・ウィリアムズが変わらず好調を保ち、いわば FW と BK をうまくリンクしているのも大きい。
 スコットランド戦では、トライ機会を多く逸してしまったことで逆に仕上がりの甘さが露呈してしまったものの、また反則→ PG で点差を詰められるというよくない流れもありはしたが、トリプルクラウンのかかったアイルランド戦、そしてグランドスラムのかかるであろうフランス戦が実に楽しみである。

 今週のパス――というものを仮にでっち上げてみるならば、エマンス→クレール(対アイルランド戦、三本目のトライ)、ウィルキンソン→サッキー(対イタリア戦)という、それぞれに素晴らしかったパスと適当に比較した上でわたくしは、対スコットランド戦、シェーン・ウィリアムズの一本目のトライにつながるフック→バーンのパスを挙げたいと思う。ほぼ等間隔で並んだディフェンスに対し、ヘンソンからのパスとは長さの(したがってタイミングの)異なる短いパスをギャップに放ち、FB リー・バーンを突破させたプレーは、長短のリズムを「流麗」な――としばしば形容される――ウェールズ的運動の中で具象化した見事な、「フレア」の名に値する瞬間だった。

 ただし監督の思い描くラグビーからすると、フックはまだキックに頼りすぎているとのことである。攻撃を連続させるべきところでキックを選択すると確かに勢いが殺がれてしまう。キックを控えて、もっとラグビーをすること。ランナーとしても優れるフック(ステップなどの技術はいうに及ばず、単純な駆けっこでも今村雄太より速いことにはびっくりさせられた)はついつい自分で前に行き過ぎる傾向があって、ブリッツ・ディフェンスの餌食になったり、チーム全体のアタックに勢いを与えるための間合いをあまり考えずにプレーしてしまうことも少なくない。今日もパスをひとつインターセプトされている。そうした点で一日の長があるスティーヴン・ジョーンズが(SH ピールとともに)引き継いでからは、停滞気味だったボールが再び動き出し――スコットランドもその時まで何とかもちこたえて頑張っていたのである――最終的にはダブルスコアの試合となった。

 *

フランス 対 アイルランド 26-21 (19-6) トライ数 4-2

 こちらも監督の望むラグビー、つまりボールを動かしつつバックスリーでトライをとるというラグビーを実践しえたフランスが支配したと、一応はいえるだろうゲーム。ディフェンスの意識も高く、早め早めに詰めるなどしてアイルランドのバックスによるコンビ・プレーをほとんど封じ込めることに成功した。攻撃は変わらず好調を持続しており、昨秋にノートライに抑えられたイングランドや、新ディフェンス・コーチにブリッツ・ディフェンスを叩き込まれたウェールズ相手にどれくらいやれるのか非常に興味がもたれる。二本目のトライにおけるスクレラ→クレール、三本目のエマンス→クレールは、走るコース、パスを放つタイミングとも完璧なコンビネーションだった。

 試合としては、メンバーの入れ替えも影響したのだろうか、後半 10 分過ぎくらいから突如フォワードが崩れてスクラム、モールではっきり劣勢となり、ピック&ゴーも止められなくなってトライを二本許してしまい、勝敗をもつれさせることになった。バックスも含め押されっぱなしとなったのは不思議である。アイルランドが最後のプレーでボールを蹴らなければ、実際どうなっていたかわからない。パスプレーをほぼ完全に――必ずしも好調とはいえぬブライアン・オドリスコルの個人技だけではやはり厳しい――封じられ、FW 戦に集中したアイルランドの攻撃をまともに受けて立ち、そして完全に力負けしてしまったわけで、成熟途上のチームとしてはゲーム・マネージメント上の課題が見つかったことをよしとしなければなるまい。

 *

 今大会はいつもと趣が違って、試合前の「国歌」斉唱には伴奏がつかず、合唱団(今日の試合ではブレスト海軍兵学校の人たち)のみである。ミレニアム・スタジアムでカトリーヌ・ジェンキンスを見ることができないのはとても残念だが、それはともかくとして、楽器がないことで一層見えやすくなるのは、皆が一同に会すという意味での「大会」のミサ的な性格である。むろんミサは祝祭と無関係ではない。

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2008年2月 4日 (月)

6 ネイションズ スコットランド 対 フランス

スコットランド 対 フランス 6-27 (6-17) トライ数 0-3

 エジンバラに乗り込むチームを「密着取材」するフランス 2 のインタビュアーに対し、新監督マルク・リエーヴルモンは「たくさんトライをとりたい」と抱負を語っていた。トライ三つが多いか少ないか一概にはいえないにしても、スコットランドをノートライに抑えたのは上出来だろう。初戦ということでミスもあったけれど、それでもスコットランドや前日のイタリア、アイルランド、イングランドに比べればずっと少なかったし、まあ会心のゲームをしたといってよい。

 まず FW のがんばり。体格で上回るスコッツ相手に対しブレークダウンでも負けず、ピック&ゴーで必ず押し込む。スクラムも特にニコラ・マースが入ってからは安定した。新人と中堅を組み合わせた二列・三列も勇敢にボールを運び、奪う。今日の戦いだけに限定して、たとえば新主将(5 番)リオネル・ナレのプレーぶりを見ると、引退したプルースが(ここ数年は故障がちだったこともあり)相当動けなくなっていたことが改めてわかる。ベッツェンやニャンガの代わり、というと色々な意味で語弊があるけれども、6 番に起用されたフュルジャンス・ウエドラオゴもタックルやブレークダウンで十分の働きをした。W 杯で名を上げたティエリ・デュソトワール(オールブラックス戦の「タックル王」)が 7 番に固定されるとすると、6 と 8 をジュリアン・ボネール、エルヴィス・ヴェルムレンらで組み合わせるということになるのだろうか。

 注目された SO のフランソワ・トラン=デュックは無難に役割を果たしたと思う。パスはたとえばラーカムのように剛速球をストライクで投げ込むという感じではなく、むしろタイミングで勝負するタイプであるが、前をよく見て生きたボールを供給できていたように思う。ただ、自陣ゴール前などプレッシャーのきつい局面でのタッチ・キックを結局ひとつも蹴らなかった点はやや不可解ではある。負担を軽減するためということなのだろうが、つねにトラーユやエマンスが蹴ってくれるわけではないだろうし、そうした状況にも慣れておいた方がよいのでは? 最初のペナルティからのタッチキックを失敗したことがあったからかもしれない。ただ余裕のあるところでのキック力は相当なものである。
 ヴァンサン・クレールとセドリック・エマンスのコンビネーションは見事のひとこと(スパイクの色を揃えるのは「微笑ましい」を通り越してむしろ気色悪いのでやめて下さい)。むろんスコットランドだから翻弄しえたということもあるだろうが、今日はとにかく、対応させる隙も与えず「混乱」のうちに得点を奪うという狙い通りのプレーぶりが素晴らしかった。エマンスが 11 番だとこういうことも出来ないので、とりあえず彼は 15 番に置いて、そこにジョジオンやフリッツの復帰したバックライン(11 番はよい働きをしたマルジウやルージュリ)は考えただけでワクワクする。

 スコットランドの攻撃は、体格を活かすという意味なのだろう、抜くというよりタックルさせつつフォローのプレーヤーにつなぐというのが基本のやり方であるように見受けられた。が、いつもそればかりだと、例えば今日のフランスのように意識の高いチームはすぐ対応して二人でタックルしボールも殺すことができるのだから、効果も限定されてしまう。強くて速い大型バックスの面々は非常に魅力的で、たとえば今日は 14 番のニッキ・ウォーカーが突破役として効いていたのだが、彼をフィールドの端に固定するのはもったいない。もう少し工夫できないものか。また常に全速でプレーしようとするとハンドリング・エラーも起こりやすくなる。フランスの HB のように多少ゆっくりでも正確な方が(エリサルドにしても、フォロースルーが何だか大袈裟なので速いように錯覚するがパスのスピード自体はそれほどでもない)最終的には得点力向上につながると思うが。

 レ・ブルーが順調な仕上がりを見せたことで、レッド・ドラゴンのグランドスラムに早くも(笑)赤信号が灯った。まあいずれにしても楽しみなことである。

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2008年2月 3日 (日)

6 ネイションズ イングランド 対 ウェールズ

イングランド 対 ウェールズ 19-26 (16-6) トライ数 1-2

 イングランドの主将フィル・ヴィッカリーは試合に先立つインタビューで「ウェールズとの試合はいつだって肉体と肉体のぶつかり合いの勝負になる」といった。果たして、2008 年度シックスネイションズ第一節第二試合は肉弾戦で幕を開ける。戦前に予想された通り、FW 戦で圧倒的優位に立ったイングランドはさらに、展開、ウィルコによるドンピシャのキックパス、ラインブレークとやりたい放題で前半を終える。FW も BK も速くて強いという、図らずもワクワクするようなイングランド・ラグビーが見られたわけである。ワールドカップ準優勝は決してまぐれではなかったと感じた人も少なくなかったのではないだろうか。
 対してウェールズは力の入れ所が間違っているんじゃないか――というのがわたくしの第一印象だった。タックルはヒットせずことごとく押し込まれ(SH ゴマソールさえ止められない)、ラックでの被ターンオーバーが前半だけで(約)8、展開もせず、ただズルズルと後退しながらそれでも FW 戦を挑むレッド・ドラゴン。だいたい「バックスリーが穴だから彼らを狙う」とギャットランドは予告していたではないか。

 だから多分、ゲームを本当にコントロールしていたのは、一見そう思われたのとは逆にウェールズだったということなのだろう(結果論としていえば、ということである。2005 年の対フランス戦がまさにこんな感じだった)。
 もちろん偶然的要素はある。たとえば満を持して登場し、鮮やかにラインブレークしたイングランド WTB ストレットルの早々の負傷退場。ラグビー界でタッチライン際が戦略的にクローズアップされてからずいぶんになると思うが、その反動というか、傾向の弁証法的な変化というか、攻守の拮抗するようになったウィングではなく、むしろ横に伸びた防御ラインの一番薄いところ、すなわちミッドフィールドでのラインブレークが最近見かけられるようになった。先のワールドカップ決勝、いずれもトライには至らなかったものの F・ステインと M・テイトによる綺麗なラインブレークがゲームのハイライトとなったことは記憶に新しいし、今日のこの試合でも、前半のストレットに続き、後半はウェールズの CTB ギャヴィン・ヘンソンが(ウィルコに指も触れさせず!)ブレークしている。ストレットが退場したことで――そしてもうひとりのスピードスターであるテイトがメンバーに入らなかったことで――真ん中を無様にぶち抜かれる心配をあまりしなくてもよくなったのである。
 また、イングランドは「今日は楽勝」とでも思ったのか――実際、シェリダンもナラウェイ(No. 8)も両ロックも割と簡単に前進できたのだが――得点を無慈悲に重ねてゆくという感じでもなかったし、ウィルコのキックパスをヴァイニコロがキャッチして生まれたトライは見事だったけれども、それ以外の局面では仕留めにミスが出た。
 こうした幸運も手伝ったとはいえるだろうが、他方イングランド FW の(好調であるがゆえの)消耗は当然予想されたはずである。前半から後半 10 分までのウェールズ側のタックルの甘さも、自らの消耗を防ぐための策だったとさえ思われてくる(1999 年W 杯準決勝でのフランスがまさに同じようにして体力を温存できたことをわれわれは覚えている)。ヘンソンだって、ビッグタックルはひとつもなく、ブレークしたランはステップと加速が素晴らしかったものの、それ以外はおおむねチンタラしていたような記憶しかない。

 スコアが 19-6 となってから、つまりイングランドが前半同様の鋭い出足でウェールズ側の反則を誘って後半最初の得点をあげ、勝利が意識されたまさにその時にゲームが動き出す。ウェールズがブレークダウンを避けてボールを回し始めたからである。最初のうちはミスもあったし、SH フィリップスのさばきが俊敏とはいいがたいこともあって最後までもたつき気味だったが、それでもイングランド・ディフェンスが着いて来れなくなっていることははっきりわかった。さらにいうと横の動きにそもそも対応できるほどディフェンスが組織されていないようにも見えた。2005 年の「セクシーラグビー」を髣髴とさせぬでもないパス・プレー――でもやはりドゥウエイン・ピールとマイケル・オーウェンは必要だろう――がパニックを引き起こす。「パニック」というのは大袈裟ではない。何とウィルキンソンがプレッシャーに耐え切れず、とんでもないパスミスを犯したのだから。受け手が期待の新人シプリアニだったというのは象徴的だが(2005 年の対戦でも新人のテイトとヌーンが苦汁を舐めさせられた)、ティンドルの代りに入ったそのシプリアニの頭上を大きく越してしまうパス、一瞬ラックが形成されるもフィリップスがすぐにボールを出して SO フックへ。フックは緩急と身体のバランスを巧みに使って 3 人のディフェンスをかわし、引きつけてから、大外に走り込む FB バーンにラストパス。素晴らしいトライだった(スコア 19-19)。
 このあとさらにイングランド FB ボルショーのキックがフィリップスにチャージされ、こぼれたところをPR ジェンキンス――このつなぎの瞬間にフランス 2 の解説フィリップ・サン=タンドレは(セール・シャークスのコーチなのに!)興奮のあまり「外だ! トライ!」と絶叫していた――FL ウィリアムズ、フィリップスとボールが瞬く間にわたってトライ(19-26)。ボルショーも不安視されたディフェンスを前半は問題なくこなしていたし、アタックではよいところも再三見られたのだが、最後の最後になって予告どおり狙われたということになるかもしれない。
 同点となった時点で勝利は十分予想されたけれど、さすがに最後の 5 分くらいは胸を締め付けられた。ウェールズ XV にはしかし、狡賢く時間浪費作戦に出るだけの余裕があった。

 公式のマン・オブ・ザ・マッチは SO ジェームズ・フックだが、わたくしとしてはマーティン・ウィリアムズかなと思う。前半のボールへのからみもそうだが、展開し始めてからの働きが実に渋くまた効果的だった。ウィングのひとつ手前にほぼ必ずポジションをとった彼が、抜きにかかるかポイントを作るかの判断を行なっていたからである。ギャットランドが彼を説得して復帰させたのは、こうした役割を期待してのことだったかと感心した。他にもルースヘッドが本職ながら途中交代でタイトヘッドPR に入ったジェンキンスが、シェリダン相手に何とか耐えてスクラム崩壊を防いだのも殊勲だろう。あるいは 15 人ではなく 22 人でゲームを作るという時代が本格化したというべきか。ともあれ、グランドスラムなどと大きなことはいわないが、優勝にいくらか近づいたようには思う。

 イングランドの方は負傷者の具合が関係するにせよ、ともかくメンバーの再編が必要だと思う。ゲームリーダーの不在はそれこそゲームを通じてしか克服されえないわけだが、例えば FB にルーシーを呼ばないとすれば、ディフェンス面だけ考えても、W 杯決勝で J・ロビンソンの後を何とか埋めたテイトを起用すべきだろう。また、ターンオーバーの数では圧倒した(概算で 10-4 くらい)ものの、被ターンオーバーの大半が実はウィルキンソンだった点を考慮して戦術を立て直さないといけないのではないだろうか。

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 第一試合アイルランド対イタリア(於ダブリン、クローク・パーク)はミスの多さの割には楽しめた。勇敢なプレー、忠実な(基本に、仲間に)プレー、そしてアイルランドの方はさまざまなコンビネーションプレー(シザース、リターンパスなど)やキックパスなど応用プレー。16-11という点差以上に実力差はあると思うが、アイルランドBK のコンビネーションはたとえばフランスに通じるのか、イタリアは過去二年で整備された――かに思われたがNZ にはあまり通用しなかった――ライン・ディフェンスが元に戻ったように見受けられたがどうするつもりなのか、そもそも点の取り方がまだ定まっていないように見えるのだが(この辺りはジャパンにも通ずる課題)、どうするのだろうか、といった疑問が浮かぶ。イタリアはプレーヤーひとりひとりは身体も強く、前だってよく見えているのだが、どうも決め手に欠けるというか。アタック時のラインはフラット過ぎて全然効果的でなかったが、カウンター狙いだと結局こうなってしまうのだろうか。

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