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2008年4月

2008年4月27日 (日)

ハイネケン準決勝 ロンドン・アイリッシュ 対 トゥールーズ

 トゥイッケナムのあるロンドンのことはわからないけれど、この週末、パリはほとんど夏だった。土曜もそうだったが、とりわけ日曜は陽の当たる場所で 30 度を超す暑さとなった。わたくしはレピュブリック駅のエスカレータで足を踏み外して大転倒し(急いでいたのです)、たいへん恥ずかしい思いをした。落とし穴に陥れられた人が後を振り返らずに脱兎のごとく走り去る理由がわかった気がした。わたくしの場合、後の男性が「Ça va ?(大丈夫か)」と声をかけてくれたために、振り返って応答するという形で間抜け面をさらさなくてはならなかったのだが。

        *

 ともに複数の負傷欠場者がおり、メンバー選択に苦労の跡が窺えたが、スタッド・トゥルーザンにとってのクレール(とハーフのクーラン)と、ロンドン・アイリッシュにとってのキャットの比較では、後者の存在がより大きかったといえる。
 トゥールーズの両 WTB は、オジョとタギカキバウという非常に強力な対面にもかかわらず、ディフェンス(とりわけドンギー)や味方を余らせてトライさせるパス(メダール)で頑張ったのだが、他方、ロンドンは戦術の要が抜けてしまったことで、戦い方をいわば 180 度変えなくてはならなくなった。が、必ずしも悪い影響ばかりではなかったと、個人的には思う。というのも、キャットに代わって 10 番に入ったゲラーティはほとんど蹴らない人なので、勢いボールは横へ横へと展開されることになったからである。実際、良くも悪くもゲラーティはこのゲームでは、試合終了間際の突破は別として、パサー(とりわけ飛ばしパスを含むロングパサー)に徹したわけだが、両チームともにボールをパスで動かすわけだから見ている方としてはまあ面白かった。

 トゥールーズの方は FW が特によかった。スクラムで優勢、また劣勢の予想されたラインナウトでも相手ボールを奪うなど互角以上で、勝因のひとつに挙げられるだろう。しかし、マッチとして最後の最後までもつれてしまったのは、ディフェンスのミスが多かったためかもしれない。具体的にはエマンスの二回のタックル・ミス。ともにトライに直結したもので、ひとつ目はまずエリサルドのタックルが外されたので仕方ない面もあったけれど、ふたつ目は陣形を崩されたわけではないのだから、ディフェンス時の連携の確認など、決勝に向けての課題となりうるだろう。ライン・ディフェンスのブリッツは総じて有効的だった。もっとも、エマンス個人としては、それ以降はタックルを何とか決めてトライを防ぐことができたので、差し引きゼロというか、結果オーライともいえないことはない。攻撃時のランの切れ味は相変わらず素晴らしかったので、良くも悪くも目立っていたということになる。
 「ジャン=バ」・エリッサルドの SO は引き続き好調である。ゲームがよく見えているのだろう。SH のケレールが余計なことをせずパス(とタックル)役に徹することができるというのも――フランス的でないともいえるが――この日に限ってはよいことではなかったか。SO からのハイパントは確か一本もなかったように思う。

 そうそう、今日はプルースの突破を二回も見ることができた。体格的に象のような走りとなるのが壮観だった。どちらもトライには至らなかったのが非常に残念だった。サポートのコールがなかったのか、あるいは聞こえなかったのか。どうせなら最後まで自分で行け(れ)ばよかったのにと思う。

 タッチキック以外はほとんどボールを回すことになったロンドン・アイリッシュの攻撃は、つねにディフェンスを崩せたわけではないにせよ、挑戦したという意味で感動的だった。繰りかえしになるけれども、キャット欠場の肯定的側面である。ひとつ目のトライは、ショートサイド攻略の有効性を再確認させるものといえるだろう。それにしてもオジョ(ナイジェリアの人)とタギカキバウ(サモアの人)はなぜあれほど簡単にタックルを跳ね返せるのだろうか。
 6 点差を逆転すべく、ロンドンは終了間際にも果敢に展開し、うまい具合にスペースと数的優位を作りだしたのだが、ハンドリング・エラーといえばよいか、とにかくパスで仕留めることが出来なかったのは残念だった。あれはウェールズ代表やトゥルーズだったらトライになっていただろう。13 番で出たリチャーズ(W 杯時の SH)は、対面の大型 CTB のことを考えればディフェンスで頑張っていたし、ラインにいくらかはスピードを付け加えることができていたように思う。全体的に有効な攻撃が少なかったとしても、それは個人のせいではおそらくない。結局のところ、「素の力」は別として、ロンドン側がいくらか可能性のあった勝利を逸してしまったのは、得意のはずのラインアウトの不調ということになるだろう。

 フランス 2 はワイドテレビ対応放送に切り替えたのだろうか。ふつうのテレビだと画面が左右方向で圧縮されてしまい、とても違和感をもった。あと、放送席にポワトルノーが招かれていた。髪形が変わっていたため、最初は誰だかわからず、ただの素敵な美青年としか見えなかった。早く怪我を治して、レ・ブルーのセンター(かフルバック)を狙ってください。

         *

 結局、なんだかんだいっても、トゥールーズは最後まで残った。個人的にはライスター(大会敗退後はロフレダの進退が問題となったらしい)やオスプレーズも見たかったが、まあとにかく来月の決勝を楽しみに(そしてとりわけ忘れないように)待ちたい。

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2008年4月24日 (木)

チーズ覚書 その 4 と 6

 三番目はすべて食ってしまったあと、名前をまったく思い出せないので飛ばしていたのだが、名前を確認しにスーパーに行ったところ棚にはなく、代わりにカレ・ド・レストを買うことにした。パリ風にいうと「キャレ」。
 名のごとく真四角の形状だが、味はいわばカマンベール系(?)で、どう違うのか、あるいはそもそも違うのかを確かめたくなってくる。うッと来るような匂いのごく少ないフロマージュ。少しずつ食って熟成を待つ間、他の種類も試してみようと思う。

         *

 招かれた友人宅で御馳走になったのはサン・マルセラン(初めて聞いたので原綴を記す le saint-marcellin)。さすが土着の人はよく知っている。小型の円形。たぶんまだ熟成が進んでいないものだが、それでもかなりこってりした感じだった。香りも相当強い。酸味といってよいのだろうか、敢えていえば、ヨーグルトに似た味だったような気がする。

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2008年4月21日 (月)

ニュース

 ラグビーの試合がないとやはり少し物足りなく感じられる。「ない」わけではなく、わたくしが見られないというだけのことなのだが。

 ニュースで報じられたクレルモン対トゥールーズ、というか、ヴァンサン・クレール靭帯損傷の映像は衝撃的だった。映像ではさほどとも思えないような地面のちょっとした窪み、あるいは芝の途切れ目だったのだろうか、とにかくボールをジョジオンから受けて疾走しかけたところで足を取られてしまった。見ていても痛さが伝わってくる映像だったけれども、ずっと好調を(というか絶好調を)維持していただけに残念なことである。
 そういえばウェールズ/オスプリーズのマイケル・フィリップスも確か同じように靭帯を傷めてしまったのだった。二人とも気の毒なことだが、後遺症なく治ればいいと思う。
 村上さんのブロッグで大畑大介に関する記事を読んだが、具合はどうなのだろう?

 もうひとつ、イングランドの HC 解任という大きなニュースもあった。どうせならシックスネイションズ前に、つまり W 杯後すぐに体制を作りかえるべきだった。むろん準優勝チームのヘッドコーチを代えるのは簡単ではないだろうけれども、ディレクターであるアンドルー(たぶん)のビジョンのなさと優柔不断が、最終的にアシュトン氏にとってはきわめて不名誉な形での交代の原因となってしまった。
 マネジャー――ただし仏のジョー・マゾとは役割を異にしており、実質的な監督であるらしい――に就任したのが、マーティン・ジョンソン。どんなチームになるのか全くわからない、というか予想するほど入れ込んではいないのだが、六月の遠征はやはり楽しみである。〔追記 ウィルキンソンは懸念だった(らしい)「軟骨断裂」の手術を伴う治療に入るため、ツアー欠場となる。またジョンソンが家庭の事情でイングランドを離れられないため、同ツアーはアンドルーが直接指揮をとる模様。〕

 何か忘れている感じがしていたのだが、やっと思い出した。廣瀬佳司の引退。2003 年W 杯スコットランド戦でのプレーぶりはきっと忘れないと思う。ハイパントに胸が熱くなった経験はあのゲーム以外あまりない。寂しくなるけれど、とにかくお疲れ様でしたと、見送りたい。

       *

 今度の土曜はハイネケンカップ準決勝。フランス 2 で 4 時から、トゥールーズ対ロンドン・アイリッシュ。

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2008年4月19日 (土)

ある日の会話

 ……そうそう、「カバー・バージョン」読んだよ。「補遺」から遡って。
 読まなくっていいって言ったのに。ま、とにかく、どうも。
 で、いいたいことはわかったんだけど、ひとついっていい?
 うん、何?
 選曲が古い!
 わははは! 古い奴だとお思いでしょうがあああっ。
 ははは。だって、わたしの知らない人が結構いるし。バーズ?とか。
 ああ、バーズ。敢えて日本語に訳すと「鳥たち」。
 ばかにすんな(笑) それくらいわかってるよ。けど曲は知らない。
 あ、でも綴りが違ったかも。まあいいや。とにかく。古い新しいって、でもそんなに重要かなあ? つまり年次が新しいかどうかってことだけど。例えばジミヘンと、んー、レニー・クラヴィッツをさあ、どっちも知らない人に教えなきゃいけないとしたら、どっちにする?
 そりゃあもう、圧倒的に
 ジミだよねえ。つまりそういうことですよ。録音技術の進化も含めて、音楽の歴史性というか、そういうものも忘れちゃいけないけど、ねえ、楽曲の質とそれを直に結びつけるのはどうかなと、いう気がするのでございます。
 でも、じゃあ、ジェームズ・ブラウンとプリンスだったら?
 それは難しいな。選べないかも……ってか、俺の話、聴いてた? せっかく岸田今日子の物真似したのに。
 聞こえてはいたと思うけど、すいません、よく聴いてませんでした。もう一回やって。
 ……。
 あれ、もしもし?
 はいはい。
 岸田今日子。
 ……。
 もしもし~。
 今のはセリーヌのまね、でございます。
 電話でわかるわけないっつうの(笑) とにかく、ねっ。あと、ビートルズ、実は嫌い? なんだか辛辣。
 いえいえ、好きですよ。カラオケで歌う三分の一はビートルズだし。というか、あのリストは、まあもちろん趣味は反映されてるにしろ、好き嫌いじゃなくって、いちおう歴史性を踏まえたつもりなんだけど。音楽的な質も無関係って書かなかったっけ? 翻訳論的に考えてみるという話なので。
 でも、たとえばさ、あの曲をあの人の声で聴いてみたいっていうのは、あるじゃない? 一般的なアレとして。
 うんうん、それはあるよね。ショーケンの大阪で生まれた女とか。
 それが古いんだって(笑) 誰も知らねえよ、そんなの。
 でも音楽業界は残念ながらそういう風になってないっていうか……ああ、スパンク・ハッピーとか、歌い手だけ変えるってやってたよね、確か。でも俺ああいう作為的なのは好きじゃないの。
 結局、好き嫌いじゃない!
 それも~あるけど、あ! 「好き嫌いは否めない」。これは物真似じゃなくって引用。文意がちょっと変わるけど。ともかく、それだと結局カラオケでしょ? 歌と演奏を分けるってのも、おかしいと思うし。カラオケは音楽業界の立派なサイドビジネスでもあるわけだけど。
 山崎まさよしは真似できないよね。
 ねえ、俺の話聴いてる?。
 全然話変わるけど、わたし今、駄洒落に凝ってるの。
 駄洒落って?
 布団がふっとんだ。
 それって古典中の古典じゃん。
 ぎやあああ! そう、わたし才能ないから、人がいうのを聴いて面白がるだけなんだけど。
 じゃあ、これ知ってる? 魚屋での会話。魚屋さん、これはタコですか――イカにも。
 ははははは。
 これにはバリエーションがあって、魚屋さん、これはイカですか――タコにも。
 あはははは! 意味わかんない!
 でも、駄洒落って、理に落ちるとつまんないから。イエス様、この男が私をブッタ。とか。
 それも面白いかも。
 そう? これは自作。俺も才能ないんで、ほとんど理に落ちつつも、例外的にギリギリ踏みとどまってるって感じかなと思うんだけど。
 あと、レインコーツってのも知らない。ってか「ローラ」も。
 ……。ミア・ハンセンラヴの『すべては赦される』って見た? あのオーバードーズの前の晩のパーティで流れてたのがレインコーツのローラ。オリジナルはザ・キンクスってイギリスのグループ。これはねえ、オカマの歌なんですよ。正確にいうと、女装する男色家かな。そういう曲が代表曲になるグループっつうのも変わってるけど、俺は好き、ってか、ビートルズは単なる好きだけど、キンクスは愛してる。これがヒットチャートの上位に入るイギリスというのも相当変な国だよねえ。レインコーツはイギリスの女性グループ。栄光のラフトレードですよ。
 つまり……男が作って歌ういわゆるオカマの歌を女がカバーして歌うわけね。アメリカだとルー・リードにあったよね、ワイルド……あれ、何だっけ、ワイルドなサニーサイド、みたいな。
 ワイルド・サイドを歩け。「ワイルドなサニーサイドを歩け」とか「明るいワイルドサイドで」っつう曲があったら聴いてみたい気もするけど。そういえば、なんきんの漫画で、帯に短し恋せよ乙女、だったか、命短し襷に長し、だったか、そんな駄洒落があったよ。あ、折角だからちょっと今 BGM にかけよう……。
 この曲くらいになるとカバーもありそうじゃない?
 確かにね。けど、ローラと一緒で、やっぱり女性にカバーして欲しいと思うな、というか女性のカバーの方がよさそうな気がするのでございます。そういえば Youtube で、ミドルティーンの白人女性がカラオケでローラを歌ってた。何か罰ゲームみたいなノリでもあったんだけど、結構よかったよ。歌が上手いとかそういうんじゃなく。
 ああ、つまり、性別が変わると、「楽曲自体」?というのが見えてくるってお話でございますよね。
 理想をいうと、そうでございますよね。実はそこまで考えていなかったけど、うん、うん、そういうことになると思う。たぶん。
 じゃあ、美川憲一、っていうかコロッケ?
 コロッケって女性だったっけ?。
 あの人は男性だと思う。
 じゃ、ちょっと違うかも。というより、あれは声帯模写でしょ? すごく上手いけどさ。そうじゃないのかなあ。俺あまり詳しくないんだよ……カバーって、むしろ批評的なものまねに近いんだと思うんだけど。つまり
 松村邦洋みたいな?
 掛布、ね。あるいはタモリとか。
 タモリってものまねやるんだ。
 うん、それこそ詳しくないけど、小林信彦がどっかで書いてた。初期の芸でね、寺山修司の物真似。本当は寺山修司はいってないんだけど、いかにもいいそうなことを「再現」して真似るという。友人にもひとり上手い人がいるけど。あっ、でもそれだと「オリジナルのない翻訳」ってことになるのかな。ま、とにかく、男性と女性の間で歌が行ったり来たりするのは素晴らしいと。
 それ、菊地成孔がいってた。マイ・ファニー・バレンタインでしょ?
 例えば、そうだよね。
 演歌とか、そういうの多そうじゃない?
 そうかもしれない。何か思いついたら教えてよ。
 うん、あとねえ、オセロがうざい。
 もっと上品な言葉を使おうよ……消せってこと?

 というか、勝てないから。
 レベルは何でやってる?
 1 かな。
 じゃあ、1 の白でやってみて、それでもまだ勝てなかったら、0 の黒、白の順番で。何かよくわからないけど、オセロは後攻の方が有利なんだって。
 ふーん。白を選ぶ。黒が先攻だからっと。勝ったらお知らせするよ。そうだ、聞いて! わたしマスカラ変えたの。ヘレナ・ルビンシュタインのね……(後略)

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2008年4月18日 (金)

チーズ覚書 その 5

 ヌーシャテルはハートの形で知られるチーズだが、多少とも癖のある種類に馴染んだ舌からすると、癖のなさが逆に珍しく感じられてしまう。カマンベールに近いけれど、粘度が少ないためだろうか、幾分かあっさりした味わいになる。塩分は同様に多いように思う。

         *

 和菓子で思い出したが、以前付き合いのあった人のなかに不思議な人物がいた。
 わたくしより少し歳上のその人は、和菓子に関係するある「零細企業」の御曹司だったけれども、ふんぞり返るという感じではなく、実質的な経営者として、どちらかといえば身を粉にしつつ――ときにはゲリラ的に街に出るなどして――働いていたのだと思う。

 不思議というのは例えば――。都内をあてどなくクルマで流すというので、乗せてもらって一緒にうろうろすることがあった。しかし、「専務」が案内するともなく案内してくれるのは〈誰某の自殺した所〉ばかりだったのである。自死ばかりではなかったかもしれない。がとにかく、そういう事柄にあまり興味のないわたくしにとっては、何とも奇妙なドライブとなった。ここが××の落ちたところ、それからここは……。

 またあるとき「世界の終わりを見てみたいよね」とわたくしに言った。これは少しばかり共感しないでもなかった。見てみたい気は確かにした。
 話すとき、彼はいつも最後に「……って」といい添える人だった。つまり正確には、〈「世界の終わりを見てみたいよね」って〉という具合に、奥床しさといえばよいか、照れ隠し、もしくは責任逃れだろうか、とにかく〈ちょっと言ってみた〉という感じをちらつかせつつ、自分の口にした言葉との間に距離をとろうとする人だった。
 世界の終わり。典型的なロマン主義(ドイツのそれ)といっていい。「破滅の美学」という言い方を彼自身がしていたと記憶する。だが、というべきかあるいはむしろ、だからというべきか、ともかく批評的な身ぶりであったとは、いえばいえる。だから「世界の終わり」の見物がたぶん夕日を眺めるのとは違った趣をもつだろうこと、おそらくは「地獄を見る」に等しい体験となるだろうことは、彼にもわかっていたに違いない――というか、そう思いたい。中学生じゃなく立派な社会人だったのだから。そして彼には、自分の所属するある団体を「カルト」と呼んで相対化するだけの知性があった(法的にカルト認定を受けるような団体ではもちろんない)。

 神宮球場のプロ野球観戦に誘ってくれたのはいつのことだったか。ヤクルト対阪神。今もそうなのだろうか、あの球場は(取組カードによっては?)バックスクリーンの裏側を通ってレフト側外野席とライト側の席を往来できるようになっていた。試合の趨勢が決まって空席が目立つようになった頃、彼の提案でレフト側からライト側、つまりヤクルト・ファンの集まる側に移動してみることとなった。
 簡単に行き来できると彼はいっていたのだが、さにあらんや、われわれは通路の係員に止められてしまったのだった。「くれぐれも騒ぎだけは起こさないでくださいね」(!) 内心「〈だけは〉って何だよ、〈だけは〉って」と思ったのを覚えているが、何度も念を押されつつ、それでもわれわれは最終的に通行を許されたのだった。そんなに柄が悪く見えたのか? いやむしろ原因は、連れのタイガース・キャップだった(と思いたい)。専務……あなたがわざわざ阪神の帽子なんか被って来るものだから、ちょっと恥ずかしい目に遭ってしまいましたね。

 スポーツは好きだったのだろうと思う。今度ハンドボールを見に行こう、って。そう言ったこともあった。なぜハンドボールだったのだろう! いやもちろんわたくしだって、日本リーグがあることや、湧永だの大同だのといった固有名詞くらいはわきまえていたけれども、見たいと思ったことは実は一度もなかった。今いるヨーロッパではかなり盛んだが、それでも全く思わないし、これから先もそうだろう(自分でやればそれなりに楽しいことはわかっている)。というより、まずもってハンドボールが話題になること自体がきわめて珍しい事態ではないだろうか。
 
結局、その「今度」がやって来ることはなかった。

 屋内スポーツ観戦自体にわたくしはそもそもあまり惹かれないのだが、少なくとも当時の彼にはハンドボールは不健康にすぎたろうと今にして思いあたる。もっと空がダーッと開けただだっ広いフィールドをのんびりと、眺めるともなく眺めるくらいが、ロマン主義という病にはずっとよかったのではないかと。要するにアメリカの野球場だ。あれはいい。ヤンキースタジアムだって、周辺はちょっと怖いけど、中に入ればほとんどお伽噺の世界であって、実際あれほど平和な空間もないと思う。目に麗しき天然の芝。そこにあの乾いて澄んだ音が響く。カツッ。木製バットが革のボールをその輪郭が変形するほど強くしたたかに叩く。そのとき発せられるあの音だけは、さすがのフットボールにも真似ができない。野球だけに許された特権である。そして「私を野球に連れてって」。「ワイルド・シング」。「レイザービーム」。しかし専務はたぶんこう言うだろう、
 でもこれは嘘だよね、って。
 もちろん、嘘ですよ。とてもとても強力な嘘。ペロッと一皮めくってみれば死屍累々なんだから、って。
 われわれはそうした事柄に気づかずやり過ごすこともできる(あなたの好きなローリング・ストーンズだってストリートからスタジアムに逃げ込んで金をガンガン稼いできましたけど)。けれども、気づいてしまった人たちの逃げ道として、ロマン主義や「世界の終わり」だけしかないとしたら悲しすぎる。専務、今どうしていますか?(って)

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2008年4月17日 (木)

「カバー・バージョン」 補遺

(以前のエントリー「カバー・バージョン」の補足)

 作品とは「固有の運命として翻訳されることを呼び求めるような言葉の制作物にほかならない」とアントワーヌ・ベルマンはいっている〔『他者という試練』 261頁〕。それはつまり、翻訳されて初めて作品は作品となる、あるいは作品とは決して完成されたものではなく、つねに生成途上にあるということだろう。敷衍しつつ、楽曲もまたカバーされて初めて楽曲となると、仮にしておく。
 もちろん音楽は、歌詞が外国語であろうと聞いて楽しむことはできる。その意味で、カバー・バージョンのあり方は文学的テクストの翻訳のそれとは自ずと異なってくるに違いない。それでも、少なくとも広義の翻訳事象として、楽曲のカバーを考えることは可能だろうと思う(念の為に、ここでは「レコード」として記録された演奏に対するカバーだけを念頭に置いている)。

 ベルマンは別の箇所でこう述べている。「文学テクストの翻訳者各自の経験が証明する」ように

翻訳者と訳されるテクスト(ならびに原作者・原語)は、完成しているにもかかわらず作品がそこにおいては依然として生成途上にあるような地帯を、翻訳者が作品のうちに洞き察る〔つらぬきみる〕という形で関係する〔同書 7 章、246 頁 註 8〕。

 つまり、類推でいうことが許されるなら、カバーする人は元の楽曲のうちに、「完成しているにもかかわらず作品がそこにおいては依然として生成途上にあるような地帯」を見つけようとするわけだ。ところで、わたくしは前回、ビートルズはカバーというものに対しきわめて特殊な関係をもっているかもしれないという趣旨のことを示唆した。ビートルズの楽曲のカバーを聴いても、たいていの場合は楽曲それ自体が迫ってくる感じはせず、オリジナル演奏がかえって思い出されるばかり――ということの方が断然多いからである。ほとんど唯一の例外として、スクリティ・ポリティによる「シーズ・ア・ウーマン」が、オリジナル演奏(むろん名曲の名演だが)によっては見えなかったこの楽曲の別の面〔おもて〕を顕わにするくらいのものだ。〔追記:まあジョー・コッカーの「彼女はバスルームの窓から入ってきた」なんか、ちょっとよかったけど。〕
 そういうようなことを折に触れぼんやり考えていたのだが、先日「ある映画作家のダイアリー。」という副題をもつブログ MINER LEAGUE の「もはや逃避さえ不可能」というエントリー(4 月 7 日)に、興味深い観察が記されていた。音楽にも造詣の深い映画作家の日記である。

ビートルズの『アンソロジー2』『同3』というのを買った。これはジミヘンの『イン・ザ・スタジオ』のようなもので、未完成のものやアウトテイクが入っている。とはいえジミヘンほどスリリングではないのは、やはりかれらが未完成であることに耐えられないイギリス人であることと、やはりかれらがプレイヤーというよりはコンポーザーあるいはシンガーであった、という二種類の限界があるからだろう。完成したヴァージョンを知っている者には「へ~」としか感想は出てこない。ジョージ・マーティンの本とジェフ・エメリックの本の二冊を読むと何か驚くべき発見があればいいのだが。〔強調は引用者による〕

 もちろん、ジミ・ヘンドリクスが未完作品しか残さなかったということではない(それどころか! そもそもジミの演奏もカバーするには相当手強い)。ここでの「未完成」はベルマンの指摘する〈完成にもかかわらず生成途上にある〉とほぼ同じことを意味していると考えられる。ビートルズの楽曲がもはや「生成」をやめてしまったとはいえないにせよ、生成可能性(この場合はカバーされて全く別の面を見せる可能性)の余地がきわめて少ないとはいってよいかもしれない。
 それほどまでに完成度が高いのだという言い方はべつだん間違ってはいないけれど、今更そのようなことを強調してもあまり意味はないように思う。けちをつけたいわけではない。ただ、どうせカバーするなら、ビートルズの流儀でビートルズをやるのではなく、全く別のアプローチをとることで、彼らの楽曲の可能性(そういうものがまだいくらか残されているとして)を垣間見せて欲しいということだ。

「楽曲それ自体」なるものの抽象性に対する批判がありうるかもしれない。しかし、「愛情や敬意に満ちたトリビュート」における「愛情」や「敬意」だって、十分抽象的である。ここでいう「楽曲それ自体」は確かに、オリジナル演奏とすぐれたカバー・バージョンとの間に、たとえば〈いしだあゆみのブルー・ライト・ヨコハマ〉と〈ローザ・ルクセンブルグのブルー・ライト・ヨコハマ(~原宿エブリデイ)〉との間にあ(るといえばあ)り、そしてそこにしかない。だがこれは形而上学的な意味でのイデアとは違う。意味のあるカバーバージョンが存在しなければそもそも出来しえないという意味において、それはあくまで歴史的なものであり、その限りでやはり具体的なものなのである。

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2008年4月15日 (火)

チーズ覚書 その 2

 チーズの「旅」第二弾はクロタン・ド・シャヴィニョール。
 チーズ盛り合わせなどで口にしたものも実は結構あるはずで、これもすでに食っているかもしれない。ややこしい名前だが、実際に書いてみると、覚えやすくはなる。
 もっとも、先日のハイネケンカップ準々決勝は「覚書」としてメモしたにもかかわらず見事に忘れてしまい、見損なってしまったのだった。オスプリーズが敗れたのは残念の一言。ニュース映像で見たかぎりでは、エリサルドの SO も悪くない。ドロップゴールと見せかけ、ディフェンスを引きつけてからオーバーラップ気味になったウィングにパス(→トライ)というのは、フレアというよりむしろエスプリのなせる業だろうが、こうした狡猾さ(ネガティブな意味ではない)は今のフランス XV には必要だと思われる。

 ピンポン球くらいの――山羊の「クロタン」はこんな大きさなのか?――円筒形をしたチーズ。一見、手をかけて作られた和菓子のようでもあるが、齧るとまず香りに「うッ」となる。ごく軽く。しかしそれも、食っているうちに慣れてきて、結局「ああこれも旨い」と感じられてくる。
 朝からこんな形でチーズを食うのは初めてだが、いい感じである。調べてみると、「バゲットに載せてオーブンで焼いたものをサラダと一緒に採る」というやり方もあるとか。サラダが面倒くさそう。でもうまいのだろう、きっと。

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2008年4月12日 (土)

タンプル界隈・補遺

 前のエントリで大切なことをいい忘れていた。
 映画『秋の庭』(日本公開タイトル『ここに幸あり』)でタンプル界隈が出てくるときは、実はいつも曇り空だった。空自体が映し出されるのではないけれども、光の具合からして、「薄曇り」に近い天候であると推察できたのである。
 しかし、決して光度が減らされて(ないし奪われて)曇っているというのではなかった。むしろ光は、「中心」たる光源を欠いたことによって、ほとんど均一的な仕方で遍在するようになり、あらゆる人、あらゆる通に区別なく注がれているかのようだった。マルセル・プルーストがコンブレ・サン=チレール教会のグリザイユ様式ステンドグラスについて述べたような、曇っているがゆえにかえって明るく感じられるというようなことが本当に――映画だが――あるわけだ。秋だから、ということも忘れてはならないだろうけれど、ウィリアム・リュプチャンスキの撮影がやはり素晴らしかった。

 パリは寒の戻りから解放されて本格的な春日和となっている。陽だまりでは 20 度にもなる。終日晴れ渡るわけではなく、明るいグリザイユのような空気を通してのみ太陽光線が感じられる時間帯もまだまだ多いけれど、気分はそれでもすでにサンバやボサノバである。
 わざとらしくボサなどに言及してみたのは、ブラジル音楽のよき案内者として知られる(わたくしもむろんお世話になった)岩切直樹さんのブログ(「三月の水」)を発見したからである。もちろん発見というのはあくまでわたくし個人がということであって、御著書同様すでに広く知られていたに違いない。

 しかも素晴らしいことに――といって差し支えなかろう――岩切さんはなんとラグビー愛好者で、ラグビーのために別にブログをおもちだった。
 一番最近のエントリー、村田亙引退試合の観戦記は「しかし、淋しくなってしまうのも事実です。あとは松田努と廣瀬佳司と伊藤剛臣が1年でも長くプレイしてくれることを望むしかありません。」と締めくくられている。ちょっとだけ泣きそうになった。吉田義人の引退試合にあたる全早慶明(これは自分で見に行った)とはまた違った会場の雰囲気だったのだろう。

 ここで素朴な要望を表明することが許されるならば、岩切さんにはぜひブラジル・ラグビーについてのレポートをお願いしたいものである。とはいえ彼の国はとにかく広いからなあ。それにラグビーをやっているのがどういう人たちかも全然わからないし。でもこの方ほどの適任は他に考えられない。

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2008年4月11日 (金)

チーズ覚書 その 1

 スーパーでふつうに買えるフロマージュ、つまりチーズをひとつずつ試してみようと思い立つ。考えてみればこれまでカマンベール、ロックフォールくらいしか食った記憶がない。

 先日たまたま(というのはつまりほとんど間違って)買ってしまったイタリア産の何とかいう甘い赤葡萄酒、食事と一緒に摂るには(わたくしには)甘すぎるあのワインには、塩味のひときわ強いあのロックフォールを合わせて中和させよう。

 モルビエは火を通すと餅のように――あるいはピザ上やパニーニ中のチーズのように――よく伸びる。炒り卵が出来上がる直前にフライパンに入れ、ざっくりからめるようにするとよい感じである。

          *

Librairie_marelle_1  チーズとはまったく関係ないが、オタール・イオセリアーニ監督作品『秋の庭』に出てきたと思しき書店を発見する。ほとんど作家の庭といってよい(畏友からの情報)界隈。再開発計画の固まった「旧タンプル市場」の向かい、ペレ通(Rue Perrée)で。
 「旧市場」は現在は服飾関係の市としていちおうの役目を果たしてはいるものの、テニスコートも併設されるなど、ほとんど倉庫状態である。パリ・コレクションの舞台の一翼を担ったのは理に適っているけれど、有効に活用されているとはまあいいがたい。Librairie_marelle_2

 しかし現代的な趣の商業施設が建つと、マレル書店を含むこの界隈の独特な雰囲気は大幅に変化してしまうかもしれない。パリの他の地区同様に立ち並ぶ建物の配置、それは空の切り取られ方、したがって太陽光線の降り注ぎ方や量を決定するものだが、この地区固有のそうした配置はせめて変わらぬようにと願う。

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2008年4月 6日 (日)

回顧・2007 年度

 年度が改まった折から、旧年度の「言論界」の出来事を思い返してみる。あゝ、でも全然思い出せない……。
 KY 野 A さんによる「実名暴露事件」というのがあった。自分は匿名なのに、尻馬に乗って他人の名前を嬉々としてさらす頓馬な御仁も現れているようではあるが(KY 野氏は顕名であり、論理一貫性への意志がそこに認められぬこともない。決して共感も賛同もしないけれど)、こういう何といったらよいか、ヴェルデュラン夫人風に「やりきれない」というべきか、ともかくただただ「KM い」連中には近寄らぬのが賢明だろうと愚考する。

             *

 新しい方からいえば、年度末の押し迫った 3 月 29 日、アントニオ・ネグリ不在のなか行なわれた安田講堂での記念行事「新たなるコモンウェルスを求めて」での次のような談話(引用は「文芸空間」 http://literaryspace.blog101.fc2.com/blog-entry-334.html というサイトより )。

姜尚中と上野千鶴子が壇上にあがってトークしている

1968 年というのは私たちにとって、特別な年でした
その 40 年後である、この 2008 年に、在日と女が教授としてここに立っているのは、当時からしたら考えられないことですし、皮肉ですよね

そんな話に、会場はドっとわいていた

「在日と女が教授としてここに立っているのは……」という発言は上野千鶴子さんの言葉だと思うが、どうしてこの人はいつもこうなのだろう? こうして気を利かせたつもりの発言が「100% の勝利宣言」としか聞こえないのは上野さんの、そして結局は、彼女にそのような発言を強いるわれわれの不幸なのである。聴衆の中にはそれこそ「在日」も「女」もいたと想像されるが、その人たちは賛同の意を込めて笑ったのだろうか。

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 だがそれより重大なのはやはり、本橋哲也さんが、ガヤトリ・スピヴァク不在のなか行なわれた 7 月の沖縄での討論会(於 宜野湾市佐喜眞美術館)で発したという次の発言である(引用は「討論の広場:スピヴァク講演会 14」(http://blog.goo.ne.jp/usrc2/e/12bc3137e8343d3c123160b19cad20c1)より)。

あなたがた〔コメンテーター〕はスピヴァクを読んだのか。あなた方はサバルタンなのか。ちがうでしょう。サバルタンとは、ベンガルで、強制労働に従事させられ、自らのおかれている状況を言語化できずに、本という概念すらしらない、そのような子どもたちのことでしょう。彼女はその子どもたちに学校をつくり、そして、そこを毎年訪問しているのです。そのような研究者はいますか。この会場にはサバルタンはいない。

 この件については本質的なコメントがすでに各方面からなされている。あとは本橋さん御自身の説明を待つばかりという状況であるので、そこにさらに何かをつけ加えることはしない。自戒の意味を込めた一般論として感想を記すならば、われわれは〈沖縄は日本ではない〉という大切な点を忘れがちではないだろうか。沖縄が日本の一部だと思い做せるとすればそれは、彼らが「ヤマトグチ」を使用してくれているからこそ、あるいは同じことだが、彼らへの「ヤマトグチ」強要がとりあえず「成功」したからこそなのである。その辺りの意識や配慮(境界の意識といってもよい)は、口でいうのはたやすいけれども、実践するのはとても難しい。

覚書として。
 BOOKS Mangroove 店長さん「店長は読書中:スピヴァクは来ず ! !
 打越正行さん「討論の広場:スピヴァク講演会 1
 小田亮さん「とびとびの日記ときどき読書ノート:沖縄の「スピヴァク不在の…」
 pilate さん「今日もぐだぐだ:サバルタン
 font-da さん「G★RDIAS:お前ごときがサバルタンなものか!

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 小田さんのブログには教えられることが多いけれども、やはり昨年度の、プロ野球をめぐる事件というか騒動もわたくしはここで(だいぶ後から、というか今しがた)知った。「騒動」の大元となったドラゴンズ監督・落合博満の選手起用、そして玉木正之さんのブログ記事などはすでに旧聞に属すものだろうから割愛する。小田さんは次のような形で問題の所在を指摘されている(「野球の最も美しい瞬間」について)。

〔…〕ブログでこの話題を取り上げようと思ったのは、「野球の瞬間の美しさ」にもとづいた批評の危うさについて、ドラゴンズ・ファンとしてではなく、研究者として感ずるところがあったからです〔…〕。
 「野球の瞬間の美しさ」という視点を野球批評に持ち込んだのは、蓮實重彦さんです。玉木さんは野球批評に関するそのエピゴーネンとして登場しました。そして、「野球の瞬間の美しさ」は、「プレー=出来事の単独性(比較不可能性かつ置換不可能かつ再現不可能性)」にあります。それは「経験の単独性」と言い換えてもいいのですが、そのような経験の単独性は、テレビ観戦ではなく、その場にいて、そこにいる人たちとの場を共有していたという経験がなければ成り立ちません)。

 この一節では多くの事柄が問われているけれども、後半の「経験の単独性」と「テレビ観戦」の関係については触れない。
 さて、「「野球の瞬間の美しさ」にもとづいた批評の危うさ」について、さらに玉木さんが蓮實重彦さんのエピゴーネンだという点についてはだいたい同意である。ただ、蓮實さんのプロ野球批評の要諦は、「瞬間の美しさ」の顕揚そのものというよりむしろ、〈そこを超えれば野球が野球でなくなってしまうような境界を触知する〉ことだったとわたくしは考えている。どこまでが野球か?――それこそが蓮實重彦の批評の基調をなす問題意識だった。「美しさ」とは――彼のいう「美しさ」の厄介な点だが――野球の可能性を拡げる(あるいは野球を「脱領域化」する)プレーを指して用いられたとりあえずの言葉にすぎなかったはずである。

 そのような意味での批評は、むろん巷間でしばしばいわれるように、ある種の危機意識と切り離すことができない。危機とはこの場合、野球選手がただ野球のために野球する、その結果、野球がいわば自家中毒によって頽廃してゆく事態を指す。
 残念ながら玉木さんにはその点が理解されていないよう見受けられる。だからこそ「野球の瞬間の美しさ」などという無意味なことこの上ない代物をたてまつるはめになってしまうのだ。そんなものはただ後からついて来るに過ぎないというのに。わたくしの考えでは、蓮實的野球批評の意義を意識的に理解した(スポーツ)批評家は梅本洋一さんら、ごく少数の人たちだけである。もっとも、そうと意識することなく実践しているライターも決して少なくはないだろうが。

 玉木さんの不幸は、プロ野球批評が実は歴史的な産物だったという事実と無関係ではない。端的に表現すれば、蓮實重彦には長嶋茂雄がいたが、玉木正之にはもはや新庄剛志しかいなかったということだ。
 100% プロ野球選手でありながら、「この人はもしかするとそれ以外の何ものかであるやもしれぬ」と思わせもする、掛け値なしに天才的な四番打者兼三塁手が、しかし好きなときに好きなように三振し、ベースを踏み忘れ、トンネルをやらかす。それもまた「どうしたって」野球である――そのことを教えてくれたのが長嶋だった。本人は野球を、ただ野球だけをしているつもりなのに、つねに野球の境界線を超人的な歩幅で踏み越えてしまう巨きな人。『どうしたって、プロ野球は面白い』という本は、不在の中心として(ある時期まで)プロ野球界に影響を残していた長嶋茂雄への切ないオマージュの書であり、タイトルには
そうした反語の意味が含まれていると思う。実際、長嶋引退後のプロ野球は「どうしたって」つまらなくなってしまったのだから。長嶋こそ、小難しい言葉を操ることなく(彼の繰り出す言葉はある意味きわめて難解だが、それはまた別の話)、その身ぶりによって批評を実践しえた稀有なプレーヤーだった。絶後のといってもよい。ショートゴロをサードゴロに、サードフライをショートフライに変えてしまうことのできるプレーヤーはその後現れてはいない。
 その「どうしたってつまらない」野球界を何とか――つまり長嶋の記憶とともに――支えたプレーヤー、例えば江川、秋山、中畑、そして落合といったプレーヤーたちがフィールドを去ってしまえば、残るのは、野球という領域に安住して、その境界など少しも考えることのない「プレーヤー」ばかりである。そうならないことを希求した蓮實さんのプロ野球批評はだから、その意味では歴史的役割を終えたということになるかもしれない。
 水島新司の描く野球漫画の数々もまた批評精神のなせる偉業ではある。だが藤村甲子園山田太郎や真田一球や水原勇気が夢想の産物(決して貶めて言うのではない)であり、そのためにおそらくは時代を超えて読み継がれうるのに対し、長嶋茂雄がかつて現実に存在した(したがって今はもうプレーヤーとしては存在しない)という事実ゆえに『どうしたって、プロ野球は面白い』は、もはやほとんど追悼文集としてしか読むことができなくなっている。
 ついでに一言しておくと、
新庄の不幸(何だか不幸な人ばかり出てきますが)は、本人はあくまで野球をしているつもりなのに他人が「それは野球ではない」と五月蝿くいうものだから、終いには人がいうところの「野球」と、それ以外の領域との間を、野球そのものを脱領域化することなく往来するだけで満足せざるをえなくなった点にある。純粋な野球能力を比較するとさすがに長嶋に失礼だが、それでも新庄には、窒息しつつあったプロ野球にいくらかでも新鮮な息を吹き込む可能性があったように思う。あらゆるフライをジャンプしながら捕まえようとする新庄のプレーは、長嶋があらゆるサードゴロを「地を這う猛ゴロ」へと変貌させたのと同じ種類の偉業を目指してのものだったに違いないからである。そうした意味において、玉木さんを始めとする批評家諸氏の過失はきわめて重大といわざるをえない。新庄が(スーパースターではなく)トリックスターに堕してしまうのを押しとどめることができなかったのだから。

 それでも、「プロ野球批評」精神は例えば梅本さんの「フットボール批評」に受け継がれている(蓮實さんの批評が、組織的競技であるフットボールに通用しない点を指摘したのも梅本さんだったが)。そこを超えればサッカーがサッカーでなくなってしまい、ラグビーがラグビーでなくなってしまう地点、つまりフットボールの可能性を、未来を察知し触知すること。それが現代的なスポーツ批評の目標である。2007 年ラグビー・ワールドカップにおけるアルゼンチン代表ロス・プーマスの批評的実践をわれわれは記憶にとどめておかなければならない。

 最後に、批評意識を欠いたまま顕揚される「野球の瞬間の美」なるものの醜悪さに関して。
 問題となった日本シリーズの選手起用。9 回表の日本ハムの攻撃でクローザーの岩瀬が先発山井に代わって登板する。得点は 0-1 、誰もが痺れるところだ。だがしかし、この場面で最も美しい展開とはおそらく次のようなものなのである。岩瀬の投じた一球目を打者が本塁打する。そして次の打者も初球を本塁打し、たった二球で日ハムが逆転する。その後、岩瀬は後続をあっさり(理想としては三球で)断ち、裏の攻撃で中日が再逆転してサヨナラ優勝――つまり、完全試合などにはさほど意味がないという岩瀬の教え、それを具現する「あの」二球こそが、この場合にありえたであろう「野球の最も美しい瞬間」だったのである。
(経験の単独性を意味しうる「あの」という指示語は、条件法過去(仮定法過去完了)という時制が要求するものであり、筆者の錯誤から来るものではない。)

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