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2008年10月

2008年10月22日 (水)

チーズ覚書 その 15

 自分の口にさほど合わず、繰りかえし食べようという気にそれほどならないチーズが続いたあと、今回初めて試してみたサン=フェリシアンは美味しかった。「チーズケーキ」みたい――というのは、言い方がたぶん逆、というか、「礼賛」には恐らくなっていないはずだが、ともかく、微かな酸味と甘味、酒なしで、例えばおやつとして食べるのでも十分に幸福を感ずることができるであろうチーズ。わたくしはたぶん若いチーズが好みなので、とりあえず今回は熟成の進まぬうちに食べてしまおう。

 私見では、〈おやつにチーズ〉というのがフランスの一般的な家庭の食事情ではないかと思う(いつも書くことですが、真に受けないでくださいね)。テレビでもチーズの CM はかなり多い。わたくしとて、冷蔵庫に 6P チーズがたいていあるという家庭に育った人間ではあるのだが、「ナチュラル」チーズを常備するというのは、また別の事柄のような気がする。

 そういえば、マチウの家で御馳走になったチーズは、もしかしてこれではなかったのか? 熟成の度合いなどもあるから(少なくともわたくしの舌では)一概にはいえないし、マチウは確かに「サン=マルセラン」といったのだが、味や食感がちょうど今回のサン=フェリシアンそつくりだった。まあ旨ければ何でもいいけれど。

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 番外篇として。数ヶ月前のこと、日本にいる人から、テレビで「ミモレットの二年熟成物が身体によいそうよ」との情報を得たので、近くのチーズ屋を覗いてみたのだが、マスクメロン一切れくらいの大きさで何と!28 ユーロ!! 当時の為替相場で換算すると 4500 円くらいになる。いくら何でも――そもそもわれわれは「健康のためなら死んでもいい」というほどのマニアではない――これは買えないなーということで断念せざるをえず、もっと手頃な、標準的製法によるごくありきたりなブツを求めたのだった。

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2008年10月19日 (日)

ハイネケン・カップ プール第二週

 永世竜王位の懸かった七番勝負・第一局に渡辺明と羽生善治が臨むパリの週末(ジャーナリストによる観戦ブログ)。オールラウンダーと称される羽生名人に対し、渡辺竜王の穴熊戦法はたとえていうなら、絶対的に信頼の置けるフルバックにディフェンスはすべて任せて残り 14 人でとにかくガンガン攻めに行くという感じだろうか。途中でおやつ休憩が入るような将棋とフットボールとでは時間性がそもそも異なるので、こうしたアナロジーはただの遊戯にすぎないけれど、それにしても羽生の 64 手、6 四角! 82 手、8 六角! 86 手、6 七銀! には驚嘆し、そして痺れた。

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 午前中はかなり冷えたものの天気は好かったこの土・日、フランス 2 でハイネケンカップの二試合を観戦する。昨日はプール 3 の「オスプレーズ対ペルピニャン」、今日はプール 1 の「モントーバン対クレルモン・オヴェルニュ」。二試合目が竜王戦との同時観戦となってしまったのは、この第一局が本当に面白かったから。

 オスプリーズ、ペルピニャンともに負傷欠場が多かった。オスプリーズは FL・SH・SO・CTB、つまり J・トマス、フィリップス、フック、ヘンソンらが欠場(主将の R・ジョーンズが 6 番を務め、ティアティア、37歳が No. 8 で先発)。対するペルピニャンもマルティら CTB 二人が欠場、さらに 10 番が開始間もなく負傷退場を余儀なくされ、控え SH が SO を務めるというスクランブルとなった。もっとも、このフロントスリーはよく頑張っていたと思う。実際、キックオフから 15 分くらいの間はペルピニャンの攻勢が続いたのだから。センターのところでブレークすることも数回あったし、ともかくオスプリーズ陣でプレーし続ける間に PG 二本で 6-0 と先行し、とりあえず優位に立つこととなった。攻撃面で言えば、今日は SH の Cusiter (あー発音がわかんないや)がとてもよかった。ようやくチームにフィットしたというところだろうか――あるいは数年前の好調が戻ったというべきか――スコットランド代表でのライバル、M・ブレアと比較しても遜色ない働きぶりだった(まあ彼が目立ったのは SO・CTB 一本目の欠場ゆえということも幾分かはあるだろうけれど)。ただ、オスプリーズのディフェンスが堅く、トライを奪うことができるようにあまり思われなかったのも事実である。

 ペルピニャンの方も防御は頑張ったといえる。ボール・キリングと判定されるプレーは確かに多かったのだが、オスプリーズ――アタックでのミスが多発したとはいえ――をノートライに抑えたのだから。
 そのオスプリーズ側は、相手陣 5 メートルライン付近で左右に大きく、また素早く揺ぶるという、近年のウェールズ代表とも共通する得意の形に一度ならずもち込んでトライを予感させたものの、「仕留め」の段階でミスが続く。また要するに気の利いたプレーヤーの不在も響いたに違いない。ベストのラインアップなら二、三トライは奪うことができていたかもしれない。相手ゴール前のスクラムで S・ウィリアムズを SH として用いるスペシャル・プレー(エイトから出たボールをもってそのまま突進・ステップ)もトライには至らず、結局は PG による 15 点にとどまった。もっとも、スクラムでの明らかな優位からして(ラックやラインアウトは互角)、負ける気配は感じられなかった。もちろんペルピニャン側に一時退場(シンビン)が三人出たことも無視できないけれども。

 シンビンについて。
 一つ目は、パントをキャッチすべく空中に飛び上がったプレーヤーの足元に 14 番が入ってしまったプレー。悪意はおそらくなかったろうし、タックルされた方も無傷だったが、これはルール上やむをえない措置というほかない。
 二つ目は、O が P ゴール前に攻め込んだ局面、2.7メートル付近のラックから出たボールをもって突進したティアティアの足にタックルして捕まえた 6 番 J=P・ペレズが、その後オフサイドの位置にいたままプレーをしてしまった(つかんだ足を離さなかった)とのこと。これはやや厳しすぎる判断かもしれない。ティアティアには他に三人が同時にタックルに行っており、そのうち一人が外されてペレズの上に乗っかってしまった為に動けなかったともいえるし、また、いずれにせよボールは生かされてすぐ O 側に出たからだ。ただし、レフリーのバーンズ氏――すなわち昨年の W 杯でカードを最も多く発行した人――の目からすれば、P 側は試合を通じて "too many penalties on the floor" だったということになり、心証は相当悪かったのだろうと想像する。
 三つ目は後半、ティアティアを一人で止めた 18 番のプレーヤーが、ボールの出を邪魔したとのこと。ふたりが倒れた後すぐに O のプレーヤーが大挙して上に圧し掛かってきたので、いずれにせよ 18 番は動けるはずもなかったが、規則は規則ということだろうか。

 他にも、P のロック、アルゼンチン代表の殺し屋みたいな顔をしたアルバレス・カイレリスが S・ウィリアムズに足を掛けて転ばせるなど、いろいろあった。けれど、こういうことを言い出すと、双方ともそれなりにあったりするだろうから、この辺で。

 J・フックの代役 SO ダニエル・ビガーは、体形やパスのフォームなど、遠目にはフッキーと見分けがつきにくいけれど、来るテスト・シリーズの代表スコッドに選出されたホープの一人。十九歳(!)とのことで、経験不足は否めなかったものの、機を見て自らラインブレークを狙うなど、好感の持てる勇敢なプレーぶりだった。FB の L・バーンは好調。パントを上げて自らキャッチするという得意のプレーは健在だった(見ているかぎりでの印象だが、獲得率はかなり高いのではないだろうか)。

 ペルピニャンも特に後半はボールを積極的に回すようになり、互いに攻め合い守り合うという、それなりに楽しめるゲームだった。反則が多かった点はいただけないが。
 どうでもよいことだが、ペルピニャンは「フランスの」と呼ばれるよりむしろ「カタルーニャの」(catalan)という形容詞をつけられることの方が多い。カタルーニャ出身の友人がいるのだが(フランス国籍ではない)、顔の造形にどことなく特徴がある。生物学的な意味でモンゴロイド的といってよいかどうか、わからないけれども、ダヴィッド・マルティやニコラ・マスらの顔を見るたび、日本にもこういう顔面の人がいるよなーと、親近感を感ずる。最近見ていないけど、東芝の仙波と N・マスとか、近いものがあるように思う。

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 モントーバンのスタジアムは、文字通りの「鳴り物入り」の応援がうるさかった。現地ではまた違った風に聞こえていた可能性はあるけれど、テレビ放送としていうなら、ミキシングの段階での調整をサボったか、あるいは敢えて調整しなかったのか。

 クレルモンは前半ピリッとせず、ラインアウトでのミス、またラックその他での反則が多かった。

 モントーバンは FW が頑張ったし、BK のパス回しも悪くはなかったと思うが、たいていの場合、WTB のところでタッチ・ラインにつまってしまっていた(ということはパスプレーが結局悪かったということになるのか)。後半中頃のトライは十分なスペースがあるところで 14 番オードランにボールが渡り、そこが起点となったものである。11 番はあのデラサウだし、ウィング勝負というのが戦略のひとつだと思われただけに、攻撃側がスペースを殺しながらパスしてしまうことの多かった点が惜しまれる。

 マッチとしては、残り 10 分弱の時点で 19-24、どうなることかと興が募ったけれど、モントーバンがついに息切れし、クレルモンが逃げ切ったということになる。

 クレルモンとマンスターのマッチはどうなるのだろう?

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 スタッド・フランセのレプリカ・ジャージ No. 3 がいい感じ。黒のジャケットに合わせるとよさそう。襟がふつうの丸首ならね――つまり襟のぐるりが無ければね――というところ。
 と思ったら、ん? これも試合で実際に着用するジャージなのか。たまにならいいかなあ、「サード」ということからして、何か特別な折に洒落で――というのはだから二重の意味で「洒落て」――着込むという感じだろうし。それにしても、柄はともかく、超タイトな身頃とか襟の形とか、昨今のジャージは……まあいいわ、やめとこ。

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2008年10月15日 (水)

雑誌 Attitude Rugby

 たまには雑誌でもと思い立ち、ラグビー雑誌を買ってみる。Attitude Rugby。敢えて訳せば「ラグビーという態度・生き方」とでもなるだろうか。わたくしが入手したのは 30 号だが、Jmhernandez 1998 年の創刊から、体裁(サイズその他)や発行間隔を変えて現在のほぼ月刊という形態に至っており、これは装いを改めた――未詳だがその頃に資本が変わったのかもしれない―― 2005 年から数えての号数である。
 「スポーツと社会の雑誌」と副題に銘打たれているけれど、日本でも馴染みとなっているような宣伝タイアップ「記事」もあり――最終ページのスポンサー一覧からいくつか挙げると、アメリカン・アパレル、アジックス(仏式発音)、キヤノン、コム デ ギャルソン、グッチ、ラコステ、ナイキ、パイオニア、プーマ、ヴィヴィアン・ウェストウッド、Y-3、そしてもちろん(!)セルジュ・ブランコ、あ、でもフランク・メネルはない――、曖昧な記憶のままいうと、Casa Brutus あるいは Esquire と似た感じがする。つまり、エディトリアル・デザインのコンセプト自体は、日本の雑誌類とそう大きく違わないように見える。まあ、気の利いた日本人デザイナーならロゴタイプその他をいじりたくなるかもしれないけれど。
 広告に注目してみると、ホテル、ケーブル TV、シャンパン、自動車数社、それに記事だか広告だかよくわからない「ポルシェ 911 タイプ 997」についてのレポートがある――わたくしなどの読む雑誌ではないということか?と思わぬでもないが、まあ雑誌というやつは夢も売らなければならないだろうし、それは気にしない。だいたい値段が 1 部 4 ユーロなんだから。すでに触れたタイアップ部分――「モード」(モデルはレ・ブルー/ラシング=メトロ 92 の L・ヴァルボン、32 歳)と「ショッピング」――を除いた実質 94 ページのうち広告が 11 ページ、写真は多数(というか、物理的に記事より写真の占める割合が大きい)。

 ただその内容がラグビー一色という点で、やはり日本とは大きく異なっている。たとえば『Number』は写真も含め美しいと思うが、あのような体裁の月刊ラグビー専門誌というのは、日本では今のところ想像できない。三年続いているということが、雑誌というものの経営の上でどのような意義をもつのか、わたくしにはわからないけれども、とりあえずラグビーにそれなりの広告がつくということに彼我の差を見せ付けられた。
 こうした雑誌の存在は、ここのところのフランスにおけるラグビー人気を端的に物語っているわけだが、また記事のバラエティには、ラグビーをめぐる現在的事象の豊富さが反映してもいるだろう。実際、ラグビーに関して報じる(べき)事柄が、ここフランスではとにかく無数にあるという印象を受ける(フランスだけでなく、ベルギーやポルトガル、スイス、カナダにも販路を見出しているらしい)。

 相談役兼記者として『エキップ』紙で名を馳せたクリスチャン・モンテニャック――サイトには彼の言葉として「ラグビーとは生のひとつのスタイル、そしてまたひとつの態度なのだ、云々」が紹介されている――が外部から参画していることもあり、読み応えは確かにそれなりにある。ダカール(セネガル)でのラグビー事情、正確には、「ストリートチルドレン」の「更生」(社会復帰)の一助としてのラグビー・スクールについて書かれたレポートなどを興味深く読んだ。

 Slightly out of focus になってしまった写真は、今月号の表紙を飾るフアン・マルティン・エルナンデス。彼はおそらく肥満体質で、気を抜くと顔がアンパンみたいになるから、この「四分の一」の角度くらいが一番よく見えるね。それはともかく、同僚だったダヴィッド・スクレラの移籍を承けて、ようやく 10 番に定着、いっそうの活躍が期待されている。特集記事は Ch・モンテニャックによる短めのオマージュ「異質さの美」(La beauté de l'étrangeté)――あゝ、これはよくわかる、彼は étranger かつ étrange だ――、そして一問一答形式のインタビューから成っている。

(ラグビー?)
――情熱の対象であり、愛だ。〔後略〕

(10番と15番では?)。
――10番。

 また「現在読んでいる本は?」という質問に対しては、ペロンが主導したクー・デタやその後の軍政の時代に関する歴史書と答えている。

 このエントリーに特に「落ち」は用意していません。記事を読んでのレポートを追い書きすることがあるかもしれないけれど、とりあえずこの辺で。

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2008年10月13日 (月)

「マリー・ンディアイを囲んで」

 フランスの作家マリー・ンディアイが来日し、10月22日(水)・28日(火)、講演などを行なう。
 今月刊行される訳書のプロモーションを兼ねた「異文化交流」だが、ル・クレジオへのノーベル賞授与の直後という、最高のタイミングでの催しとなった。もちろん、最高のというのは、ジャーナリスティックな意味においてではなく、文学的な意味合いで、とりわけル・クレジオが「現代フランス文学」の代表として捉えられてしまうことから来る諸問題を考えさせるという意味において、最適ということである。

 どちらの回も、日本第一作となった『みんな友だち』(インスクリプト、2006年)そして今回の『心ふさがれて』『ねがいごと』の訳者笠間直穂子さんが聞き手を務める。この衝撃の日本デビュー作についてはこちらの書評一覧を、今回の催しの詳細についてはこちらを御覧ください。

 また『ねがいごと』(駿河台出版社、今月末発売予定)についてはこちらを。

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2008年10月11日 (土)

書評が出ているようなので…

 わたくしの訳した本に対する感想や書評がいくつか出ているようです。
 読んで下さったことに何よりまず感謝しなくてはいけませんけれど、とにかく誠にありがたいことで、記して謝意を表したいと思います。
 それぞれの御関心に沿って、この本のよいところを汲んでくださっているのも非常にありがたいことといわなくてはなりません。また、ベルマンの考察を出発点としつつ、さらなる展開として可能性のありそうな方向をそれぞれの方が示唆してくださっている点でもありがたく思われました。

 御関心をもたれる方がいらっしゃるかもしれないので、いちおうURL を、古い方から順に。

 http://members.at.infoseek.co.jp/studia_humanitatis/newbooks2008.html
 http://book.asahi.com/review/TKY200812230093.html
 http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2011071701435.html
 http://blog.goo.ne.jp/ominaeyou1970/e/00fcdcf5eee21707f90f97b8f17ffc90
 http://nn-nico.blogspot.com/2008/07/13.html
 http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Library/1959/Review/menninghaus01.htm#t4
 

 http://d.hatena.ne.jp/reskini/20080228/1204154191 (これは書評というより原著の紹介として)

 紙媒体の方では、

 上村忠男さん・鵜飼哲さんが、雑誌『みすず』2009 年 1・2 月合併号の「読書アンケート」で挙げてくださっているほか、
 三ッ木道夫さんが『図書新聞』(2009 年 5 月 2 日付)に寄せてくださった「冒険と愉悦に満ちた「愉しい学問」としての翻訳学」は本格的な書評としては初めて(にして唯一?)のものです。
 また、鴻巣友季子さんは朝日新聞の2008年度「今年の三点」に挙げてくださるとともに、御著書『カーヴの隅の本棚』(文藝春秋、2008 年 10 月)の最終章で言及してくださっています。

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ジュディス・バトラー講演会・セミナー(於サン=ドニ、パリ 8)

  Séminaire de l'École doctorale "Pratiques et théories du sens"    
  avec la participation de l'École doctorale "Sciences sociales"    

UNE JOURNÉE AVEC JUDITH BUTLER    
Séance coordonnée par le Centre d'Études féminines et d'Études de genre de l'Université Paris 8    

  Jeudi 13 novembre 2008 à partir de 11h00    
  Université Paris 8, Bat D Amphithéâtre D 003    


Judith Butler est philosophe. Elle occupe la chaire Maxine Elliot de rhétorique et littérature comparée a Berkeley (University of California at Berkeley, USA).

11h00 : "Genre, Psychanalyse, Politique"
Conférence plénière de Judith Butler suivie d'une discussion

14h - 17h : "Guerre, Vie, Différences. Ethique et politique aujourd'hui."
Dialogue avec Judith Butler, avec la participation de (par ordre alphabetique) :

- Anne E. Berger, professeur de littérature, études féminines et genre, Centre d'études féminines et d'études de genre, Paris 8.
- Elsa Dorlin, maître de conférences de philosophie et études de genre, Paris 1. Associée au département de Science Politique et au Master "Genre(s) " de Paris 8.
- Francoise Duroux, professeur de philosophie et d'études féminines, Centre d'études féminines et d'études de genre, Paris 8
- Michele Riot-Sarcey, professeur d'Histoire et d'études de genre, Département d'Histoire et Centre d'études féminines et d'études d genre, Paris 8.
- Nadia Setti, Directrice de Recherches, Littérature comparée et études féminines, Centre d'études féminines et d'études de genre, Paris 8
- Eleni Varikas, professeur de Sciences politiques et d'études de genre, Département de Science politique et Centre d'études féminines et d'études de genre, Paris 8.

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