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2011年9月

2011年9月25日 (日)

アルゼンチン 対 スコットランド プール B /フィジー 対 サモア プール D

 フィジー 対 サモア 7-27(0-12) トライ数 1-2

 フィジー代表のラグビーはまったく「普通」になってしまった。モールやスクラムに難があるという点ではずっと同じなのだが、戦い方の点でも、今や他とほとんど変わりのないチームである。対南ア戦同様にピック&ゴー主体の攻撃。まあザウザウ、デラサウのような怪物にトライをとらせるというあり方も別段フィジー的とはいえないわけで、「フィジアン・マジック」はすでに神話的な――つまり、「武士道」がそうであるように、失われてしまったからこそ語ることのできる――ものにすぎないのだろう。

 サモアはフィジーよりパス・プレー主体で、それは対ウェールズ戦と同じだが、フィジーより組織プレーがよく整備されていたために、より多く得点することができた。このラグビーは南アフリカにはどの程度まで通用するのだろうか。

 それにしても今日は両チームともイージーなハンドリング・エラーが多く、興を殺がれた。

         *

 アルゼンチン 対 スコットランド 13-12(3-6) トライ数 1-0

 どちらも決め手を欠く、いわゆる「塩っぱい」ゲームだったが、残り 10 分ほどになったところで、交代したばかりのアモロジーノのトライで逆転したロス・プーマスが、辛くも逃げ切った。スコットランドは次の対イングランド戦に負けるとグループステージでの敗退が決まる。

 前回大会の対戦(準々決勝)ではスコットランドがどれくらい抵抗できるかが焦点だったが、今回はアルゼンチンから「大駒」(ロンゴ、コルレト、エルナンデスら)が引退や負傷のため抜けており、両チームの実力はほぼ同等と考えられた。イングランドにすでに負けているアルゼンチンは後がなかったが、ブレークダウンとスクラムにおいていくらか優位に立っていた以外は互角の戦いで、勝敗がどうなるか最後までわからなかった。
 スコットランドが三点を細かく重ねてゆく戦略を採ったのに対し、アルゼンチンの戦略は――似たようなものだったとは思うが――はっきりとしなかった。スコットランドのディフェンスがよく頑張り、自陣 22 メートル以内への侵入、ひいてはゴール近くからの PG や DG を簡単には許さなかったからだ(エルナンデスがいれば話はまったく別だったろうけれど)。

 ふつうに考えれば、グループ B の勝ち抜けはイングランドとアルゼンチンでほぼ決まりだろう。スコットランドの実に渋い渋い戦略に対しては、共感を覚えることはないままにしかし、公平な立場から「これもまたラグビーである」といわざるをえないけれど、何か人を瞠目させるような瞬間がこのチームに訪れるとはとても思えない。ここから先のステージでは戦力的にだいぶ苦しいとはいえ、アルゼンチンにはそれが感じられる。たとえば思わず出てしまう足技。「サッカーではないのだから」と軽く嫌味をいうことは可能だが、しかしルールはこうしたプレーを禁じてはいない。筋肉に覆われた身体をハードにぶつけて無理に突破を図るスコットランド(やイングランド)のゲームは見ていて息苦しさを感じてしまうことの方が多いけれども、それに比べれば、相対的なものだとしても、身のしなやかさによって相手を躱そうという姿勢の垣間見えるロス・プーマスの方がまだしも自由であると思う。
 この自由は、フランスのプレーにも通ずるものだが、ボールが例えばラックやスクラムから思いがけぬ仕方でこぼれ出たとき、それを両の手でしっかり握ってからダイビングパスというより、咄嗟に片手ではたく、あるいは足で蹴ることによって味方に送る方が、ずっと自然ではないだろうか。アルゼンチンのラグビーが、ある意味では先祖返りの様相を呈しながらも、まさにそのことによって一種の新しさを感じさせるゆえんだ。このまま行けば、クォーターファイナルで NZ に 40-10 くらいの大差で敗れるだろうが、それでもやはりわたくしはプーマスを応援したい。
(オールブラックスのラグビーもそういう点ではきわめて自由なものなのだが、プレーひとつひとつがあまりに精密で、サイボーグがやっているような印象を抱いてしまうことがある。彼らは苦境に陥ったときだけ、いわば人間的になるのである。)

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2011年9月24日 (土)

ニュージーランド 対 フランス グループ A

 ニッフォンをとりあえず見限ってしまうと、ワールドカップというのは純粋に祭り、祝祭となって、それはそれで結構なことだと思う。で、そうすると、ついこの間トライネーションズがあったばかりだから、決勝でニュージーランド対オーストラリア(もしくは南アフリカ)の試合など見たいとは思わない。実際、アイルランドがワラビーズに勝ったことで、そうした組合せの実現可能性は低くなった。わたくしは「北対南」という構図にはこだわらないが、それはそのような考え方ではアルゼンチンや日本の立場をうまく説明できないからであり、また実のところ、この構造こそエスタブリッシュメントにほかならないからである。シックス・ネーションズ対トライネーションズも「南北」の手合わせといえぬこともないが、トライネーションズだけの決勝よりはいい。

 今日はグループステージ最大の試合といってよいだろうオールブラックス対フランス戦。
 フランスの調子はパッとしないが、それはまあ過去の大会でも見られたことだ。それにグループ戦では NZ に手の内をすべて見せるつもりはないだろう。本番はノックアウトステージなのだから。
 また(アイルランド対オーストラリア戦の結果を承けた)組合せからいっても、グループ A 二位通過の方が決勝進出には有利な塩梅となってきたということもある。それはしかし、意図的に負けるということではない。

 レ・ブルーのメンバーは次の通り。

    プクス スザルゼウスキー デュカルコン
          ナレ パペ
       デュソトワール ボネール
          ピカモール

          ヤシュヴィリ
            パラ

   メダール メルモーズ ルージュリー クレール
           トライユ

    (控え セルヴァ(ット)、バルセラ、ピエール、アリノルドキ、トラン=デュック、エステバネーズ、エマンス)

 このメンバーにNZ のプレスは「二本目を出しやがって」と憤慨したりしているそうだが、そうですねえ、15 人ではなく、22 人で戦うと思えば、先発メンバーだけを云々しても仕方ないし、実のところ、今回のフランスで「鉄板」といえるのはデュソトワールとクレールくらいのものだろう(一列は現代では途中交代が前提だから、一本目か二本目かというのはあまり意味がないと思う)。自ら仕掛けることの多いトラン=デュックではなく、パラをもってきたことを「ダブル・ハーフ」戦術と解するなら、ラックをできるだけ避けて展開プレー中心にするか、ラックを中心にするかのいずれかということになるだろうけれど、フランスのスクラムハーフには、専任タイプ(ヤシュヴィリやミニョニ)ばかりでなく、スタンドオフ兼任タイプもいる点を忘れてはならない。ミシャラク、エリサルドがそうだった。
 ……とか何とか。

            *

 ニュージーランド 対 フランス 37-17(19-3) トライ数 5-2

 これもある意味ではひどいゲームといえるかもしれない。開始から10分ほどまではフランスが圧倒的に攻めた。トライなり DG なりを決める機会も数度あったはずだが、無得点のまま NZ の逆襲が始まってしまい、20 分くらいまでに 3 トライ。後半は、50 分過ぎにメルモーズのインターセプトからのトライはあったものの、残り 10 分くらいの時間帯に攻め込んだ(トライ)ほかは見せ場もなく、印象としては完敗だった。一時は 60 点取られるのではとさえ感じられたが、何とか落ち着かせたというところだろうか。

 モチベーションの上がらぬ試合ではこんなものなのだろうけど、ファーストタックルが甘く、敵一人に対して二人でも止められない、ラインディフェンスにすぐ穴ができてしまうなど、防禦はさんざんな出来だった。オールブラックスのメンバーはみな前がよく見えていて、ほんの少しのギャップも見逃すことはなかったし、また目立ったギャップや数的優位がなくとも、FW が並んだ辺りに積極的に仕掛けるなどして、割と簡単にブレークしていた。
 よく見えているという意味では、オールブラックスはフランスの展開プレーをほとんど見切ってもいた。事故のような形で突然に混乱が生じでもしないと、ラインブレークは難しかったと思う。
 スクラムは若干オールブラックスが優位に立っていた。マコウとトムソンが入れ替わっていることがあったけれども、あれはどういう意味があったのだろうか。

 ひどいゲームではあったが、フランスのこすさ、ちょっとした機転、ハーフバックスのキックが連続でチャージされたり(前半)、コンラッド・スミスに両足を抱えられたアリノルドキが倒れず立ったまま押し下げられたり、といった場面でわたくしは声を上げて笑ってしまった。まあ何というか、フランスは違うロジックで動いてるよねと、世界中が―― 99 年や 07 年の対戦を少しばかり思い出しながら――感じたことだろう。
 実際、攻守ともにここまで上手く運んでしまうと、わたくしがもし NZ 人だったら逆に不安を感じてしまうかもしれない。レ・ブルーは、控え選手は全員出場させたものの、必勝のスペシャル・プレーなどは見せずに済ませたともいえるわけで、次の対戦(があるとしての話だが
)は全く違った様相を呈すことになるだろう。

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2011年9月22日 (木)

トンガ 対 日本 プール A

 トンガ 対 日本 プール A 31-18(18-13) トライ数 3-3

 ひどい試合だった。もうワールドカップなど出なくていいんじゃないかと思わせるほどの完敗である。いやもちろん、客観的には対ニュージーランド戦の方がよりひどかったことになるはず――このような「ダブル・スタンダード」の存在は日本ラグビーの後進性の表れに他ならない――が、心あるファンにとっては、今日の対トンガ戦の方が衝撃的だろう。

 ゲーム内容に即していえば、ブレークダウンでの敗北、そして、あってはならないはずのハンドリング・エラーの頻発、これが敗因である。公式スタッツによれば、ターンオーバーがトンガの 9 に対し、日本は零。だがそれは結果であって、ボールを奪われないまでも、球出しはほとんど常に遅らせられ、対フランス戦のような素早い攻撃ができなかった。
 ジャパンの選手たち、とりわけ FW は、トンガのラッシュには試合開始直後から気づいていたと思うが、なぜ最後まで自らの集散の遅れを修正できなかったのだろうか。またスクラムで優位に立てないことを悟れば、ダイレクト・フッキングなど対処のしようはあったはずだが、この点でも修正は見られなかった。
 ダウンボールが相手に取られると思ったら、ボールを抱え込むのではなく、自陣側に強くプッシュしてラックを回避すればよい。SH と打ち合わせておけば特に問題はなかろう。ラック形成によるオフサイドラインはなくなるわけだから、敵プレーヤーはいっそう前に出てくることになるが、トンガの戦略はいってみればそれだけの単純なものだったのだから、その背後を狙って仕掛けるなど、やりようはあったはず。観戦していた人の多くは、ジャパンが何の手も打たないでいることに苛立ったに違いない。

 こうした点、つまり試合中に機転を利かせられなかった点まで JK の責任としてよいのか、わたくしにはわからない。フランスやオーストラリアといった一流どころにおいても、その場での修正が利かないということは少なからず起こっているからである。いずれにしても、大きな犠牲を払って必勝を期した試合に負けてしまった以上、今回のチームづくりはどう考えても失敗だ。すでに書いたと思うが、その失敗は GM や HC の責任であって、協会が健全であれば、彼ら、とりわけ HC との契約更新は当然のことながらありえない。
 ところで、選手たちは日本のために試合を戦ったのだろうか。そうではないだろう。試合に先立って国家を斉唱したりするので事態がややこしくなるけれども、選手はたぶん自分のために、というのはすなわち、自分がやりたいからこそ、やっているのだと思う。だから観客としてはあまり期待しすぎない方がよいだろう。
 ただ、頭があまりに弱いところを見せられると、何か一般の日本人まで同類に見られかねないので、次の対カナダ戦ではその点に気を付けてくれればなあと、ささやかな希望を記しておきたい(政治家に対しても同じようなことはもっと強く感じるが)。
 実際カナダは、この間の対フランス戦で、レ・ブルーがゴール前ハイパントからトライを奪った直後、それとまったく同じやり方でお返しができるほどには機転が利くチームである。前回大会でも、日本のトライライン付近でごちゃごちゃとファイトしている最中に、反対側がぽっかり空いていることにジャパンより先に気づいて(SH だったかな?)、キックパス→トライを成功させていた。

 それに、何といってもジャパンは弱い。近年弱くなったのではなく、ずっと弱かったのだ。ジャパンが強かったことなどこれまで一度もない。いい加減ワールドカップで活躍しておかないと、ラグビー人口の減少という事態もありうるけれども、協会がそれでよしとするなら何もいうことはない。税金を使っているわけではないし――おっと、確か 2019 年大会のために、確かサッカーくじの収益金を流用することになったのだった。財団法人日本ラグビーフットボール協会はサッカーファンからの批判に耐えられるだけの言い訳を用意できるだろうか。彼らはラグビーファンよりずっと手厳しいはず。

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2011年9月20日 (火)

『イトウの恋』

 マキオカシスターズこと T さん(複数形になっているけど人物としてはひとり)から教えられた中島京子『イトウの恋』(講談社、2005 年)を読む。京都で食事した際話題にのぼったもので、この時はすでに火星(水星だったかも)から地球に帰還していたはずだが、諸般の事情によって手に取るのがだいぶ遅くなってしまった。読後感としては、もっと早くに読めばよかった!……

※五月のエントリーですが、続きの部分(いちおう評論の形をとっています)は別のサイトで読める「電子雑誌・同人誌」に加筆修正のうえ投稿し直しましたので、御関心の向きはこちらの URL を御参照くださればと思います。

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エスタブリッシュメント

 確かに 2009 年秋の衆議院選挙は画期的な出来事だった。やはり政治は人を昂ぶらせるもので、たとえばフロベールに『感情教育』を書かせ、マラルメやプルーストのような人をさえ衝き動かしたのはこういうものだったのかと、日本から遠く離れた地でわたくしも感慨をそれなりに強くしたことを覚えている。自由民主党が政権から引き摺り下ろされるということ。昂揚感の由って来たるところはそれだったと思う。わたくし自身のところには何故か投票用紙が届けられなかったが、たぶん田中康夫の組織に投票していたと思う。
 何がいいたいかというと、その選挙で民主党に票を投じた人間は地獄へ堕ちろということです。それ以前の長きに渉って自民党を支持してきた連中も。
 民主党の連中には確かに課題を解決する能力がない。いま日本が直面している諸問題の根本原因が何であるかさえわかっていないだろう。だが、それら問題のほとんどすべては、実のところ自民党時代に生まれ、放置されてきたものなのであって、自民の議員たちには民主党を批判する資格はない。自民党政権を支えてきた当時の野党連中も同断である。

民主党税制調査会の藤井裕久会長は18日のNHKの番組で、東日本大震災の復興財源にあてる臨時増税や、社会保障財源にあてる消費増税に関して、「国会議員の定数削減は増税と同じ次元で考えないといけない」と述べた。増税に対する国民の理解を得るために、増税と並行して議員定数の削減をすべきだとの考えを示したものだ。

 また藤井氏は、東京都内で記者団に「政治の姿勢の問題。言い出しっぺが血を流さないことはあり得ない」とも強調した。

  9 月 18 日にこういう談話が紹介されている(時事、朝日)。増税はどのような形であれダメだ。欧米で流行の兆しを見せている「金持ち増税」は彼の地ではアリだと思う、日の本とは桁違いの金持ちが存在するから。いずれにせよ、増税を前提として語る人々、増税を受け入れるつもりの人たちは、乱暴にいえばエスタブリッシュメントの一員である。だがそれ以上に問題なのは、議員定数削減だろう。
 民主党はそもそも「官僚支配」を覆すといっていたのではなかったか。本気で実現するつもりなら、なすべきは削減ではなく、大幅な増大である。公務員(事務方)を仮に半分に減らしたとしても、うまく「使いこなす」というか、共同で正しい政策を実行するには現在の定員では少なすぎる。しかも現実の議員はバカばかりだ。藤井は大蔵省出身だろう? なぜそのような人間を税調のトップに据えるのか。政治家の数を減らせば、官僚の力が強まるだけではないか。議員歳費の額それ自体はたしかに見直す必要はあるだろうけれど、数十兆規模の予算全体からすればほとんど問題とはならないはずだ。強いて予算と絡めるなら、むしろ議員一人あたりの歳費を減らして、その分、あるいはむしろそれ以上に定数を増やさなくてはならない。これは「政治の姿勢の問題」などではなく、政治技術の問題である。

 自民党時代の終わり頃、正確にはやはり「バブル景気」の弾けたあとくらゐから、エスタブリッシュメントの姿があらわになった。むろんそれ以前にもエスタブリッシュメントは存在していたが、もはや身を隠さなくなったのだと思う。おそろしいことだ。
 話は変わるが、ラグビー日本代表は、ラグビー界のエスタブリッシュメントに挑む立場である。丁度、といえばよいか、特権を保持し続ける協会(とその代表チーム)は八つある。「オリジナル・エイト」と称されもするそれら協会の特権はとりあえずそのままで構わないとわたくしは考えるが、いずれにせよ世界大会の「ベスト 8」に何とか食い込むというのが、ジャパンの当面の目標である。南アフリカが加わった 1995 年のW 杯以降、エスタブリッシュメント以外で八強に勝ち残ったのは、95 年のマヌ・サモア、99・07 年のアルゼンチン・プーマス、07 年のフィジーだけ。逆に「オリジナル・エイト」でありながらグループ・ステージで敗退したのが、95・07 年のウェールズ、99・07 年のアイルランドである。
 それはいい換えれば、エスタブリッシュメントの内側にも序列が存在しているということであり、事実、トップ 5(英・仏・ニュージーランド・豪・南ア)とそれ以外の間には、今のところ、四強に進出できるかどうかという点で、かなりはっきりとした懸隔がある。
 ということは、その下に位置するスコットランド・ウェールズ・アイルランド三国はエスタブリッシュメントの枠内ではあれ、序列を覆そうとしていることになる。わたくしが積極的にウェールズを応援するゆゑんの一つだが、したがって、ジャパンも同様にして、これら三ヶ国のいずれかに勝って、八強にのし上がらなくてはならないわけである。たとえばアルゼンチンのように、あるいはフィジーやサモアのように。
 順序としては、だからまずはこれら三ヶ国と対等の試合ができるようになってから、スコットランドやアイルランドの地位を切り崩すということになるだろう。このプログラムを実行できる指導者はいるだろうか?

 本日のニュース。

反「ハシズム」集会に香山リカ氏ら 平松市長も出席(朝日新聞

 11月の大阪市長選に出馬する方向の橋下徹・大阪府知事の政治手法を議論するシンポジウム「『橋下』主義(ハシズム)を斬る」が17日、大阪市で開かれた。山口二郎・北大院教授らが主催し、自治体改革や教育行政に「政治主導」を打ち出す橋下氏の姿勢をファシズム(独裁主義)にかけて批判的に検証するのが狙い。同市長選で再選をめざす平松邦夫市長も会場に姿を見せ、識者らの議論に耳を傾けた。

 山口氏は基調講演で、橋下氏の政治手法について「上意下達の軍隊的官僚組織を作り、教育に競争を持ち込むやり方は多様性や自発性を否定している。政治主導ではなく単なる支配だ」と批判。「東日本大震災後に我々が必要としているのは相互扶助。政治は悪者を探してたたく見せ物ではない」と主張した。

 パネル討論では、精神科医の香山リカさんが、橋下氏の支持率の高さについて「次々にネタを出す刺激が受けているのでは」としつつ、「バトルの構図を描いて二者択一を迫るのが得意だが、世の中には白黒はっきりつかないことが多い」と指摘。帝塚山学院大の薬師院仁志教授は「橋下氏は軍隊的官僚主義と自由競争を求める市場原理主義という、両立しないものを時と場所に応じてしゃべる。長い目で見て(住民を)どこに連れて行くのか」などと疑問を示した。

          *

「反橋下知事」攻勢アピール 大阪ダブル選控え市民集会 大阪市長も聞き入る(産経新聞

 「橋下徹大阪府知事にもの申す」と、橋下氏の手法に批判的な有識者らがパネリストを務める市民集会が17日夜、大阪市内で開かれた。ファシズムをもじり「『橋下』主義(ハシズム)を斬る」と過激なタイトルで講演や討論が行われ、「病理を感じる」「大阪都構想は可能性ゼロ」などと厳しく糾弾。会場には平松邦夫大阪市長や既成政党の地方議員の姿もあり、11月に想定される大阪市長選と府知事選のダブル選が近づく中、勢いづく橋下氏や大阪維新の会に対し“反橋下派”が反転攻勢をアピールする形となった。

 市民有志の実行委員会が企画。約220人が訪れ、会場は立ち見も出た。

 基調講演した政治学者の山口二郎・北海道大教授は「大阪には日本政治の苦悩と危険が凝集している」と指摘し、橋下政治の特徴を「官僚主義と単純な市場競争主義の組み合わせだ」と説明。「橋下知事は権力による支配をしている。上から枠をはめないといけないという貧困な人間観しかない」と激しく批判した。

 さらに、大阪都構想の実現性について「実現の可能性はゼロだと思う。だからこそ、いつまでもこねくり回している」と述べた。

 講演の後に行われた討論でも、橋下氏の手法や姿勢を疑問視する意見が続出。精神科医の香山リカ・立教大教授は「橋下さんはバトルの構図を描くのが得意だが、世の中の価値観では白黒つかないことが多い」とし、「精神科医としては、白か黒かしか判断できない状態には病理を感じる。橋下知事を支持する人が増えているのは、追い込まれている人が多いからのようにもみえる」と指摘した。

 また、社会学者の薬師院仁志・帝塚山学院大教授は、維新が府議会で議員提案する教育基本条例案をめぐり、府内部でも反発が高まっている現状をとらえ、「橋下知事が選んだ教育委員でも、維新の会と違うことを言えば、自分の意見が通らないような状況。そんな状態で民意が反映されるとは思えない」と話した。

 大阪市長選への再選出馬の正式表明を2日後に控えた平松市長。集会では会場の最前列に陣取り、“ハシズム”をめぐる議論を熱心に聞き入った。集会後、報道陣に対し「私自身が(橋下氏について)言ってきたことが、ある程度凝縮されていた」と集会の内容を評価。市長選については「大阪市をつぶすかつぶさないかという選挙になる」と意気込みをみせた。

 市長選で“反橋下派”の幅広い支援を集めたい平松氏は「(維新が勢力を伸ばしている)今の大阪の状況が、全国に波及することを防ぎたいと思っている人はいっぱいいる」と指摘。支援の広がりに期待を寄せた。

 一方で「大阪の良さを引き出す動きが軌道にのり始めている」とも述べ、「その動きをつぶすというのか」と橋下氏を牽制(けんせい)した。

 まず疑問に思うのは、なぜ山口二郎だの香山リカだのといった、大阪と何の関係もない連中が駆り出されているのかという点だ。わたくしは大阪市民ではないけれども、橋下の思い描く「大阪都」が実現すれば、東京 23 区のような特別区に入るであろう地域の住民だから、まったく無関係というわけでもない。「大阪都」の構想は、判断材料となるべき詳細なデータが与えられていない以上、一般の民にとっては今のところ、是非を云々する以前の画餅にすぎないが、山口は何を根拠に「実現の可能性はゼロだと思う」のだろうか。それを説明しないなら、彼もまたエスタブリッシュメントそのものというほかない。学者ならむしろ、たとえば夕張市と大阪市(そう、大阪市は「破綻」前夜の夕張と同じほど危機的状況にある)を比較するとか、いろいろあるだろうに。
 もっとも、メディアがそうした説明をカットしてしまった可能性もないではない。近年(いや、昔からか?)マスメディアの堕落ぶりは酷いよね。スポーツ番組などでインタビュアーは決まって選手の「気持ち」を、というかそれだけを尋ねるのだが、それだと選手は気持ちを述べる前に自分でゲームを振り返って分析しなければならなくなる。そうじゃなく、まずは取材側が分析してみせるべきだろう。だいたい、選手の気持などべつだん聞きたいとは思わないし、聞かなくともわかるよ。勝ったら嬉しいし、負けたら悔しいに決まっているじゃないか! 中田英寿や北島康介の苛立ちは当然である。まあ北島は最近は大人になって、グッと堪えているんだけど。とにかく、インタビュアーはまともなジャーナリストによるインタビュー(本や記事)を再読、三読して技術を習得しなくては話にならない。蓮實重彦の『光をめぐって』でもよい(巧すぎて気持悪くなるほどだが)。
 それで、だからこのニュースでは、「有志市民」の企画によるこの集会を訪れた「約 220 人」がどのような人々であるかを調べないと、片手落ちでしょう。

 「大阪市をつぶさない」ために市長選への立候補を決めたと、平松はいっている。しかしその「大阪市」とは何だろうかとよくよく考えてみると、守るべきと彼が考えているのは結局のところ、大阪市役所にすぎないのではないだろうか。市の境界線や金の動きが変わることによって「つぶれる」ようなものなら、敢えて護るほどのこともない。そんなものは潰れてしまえ。

 (未了)

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2011年9月18日 (日)

ウェールズ 対 サモア グループ D

 ウェールズ 対 サモア 17-10(6-10) トライ数 1-1

 ウェールズが勝ったことをとりあえず喜んでいるのだが、サモアとの差はそれほどなかった。いくらかでも優位といえたのはスクラム(しかし反則もとられた)、それにバックスの得点力――というか、トライに結び付いたカウンターアタックのスピードくらいだった。ブレークダウンは互角、しかしいわゆる「ワン・パス・クラッシュ」で少しづつ確実に押し込まれて、前半に三、四度、後半も一度トライラインまで追い詰められ、前半終了間際は耐えきれずにトライを許したのだから、負けていてもおかしくなかった。
 たとえばスプリングボクスなら、敵が疲れるか隙を見せるまで攻めさせておいて、ここぞというところでブルッソウらが割と簡単に――と見えてしまう――ボールを奪い、すぐさま外に展開して逆襲するというプランになるだろう。昨日の対フィジー戦がまさにそうしたゲームだった。
 ウェールズはその域まで達してはいない(し、その方向を極めるつもりもないだろう)から、主導権は握ったままで攻めさせるというより、PG で得点を重ねてトライの機会をうかがいつつ、文字通りに耐えることになる。戦略がはっきりしないまま臨んだ前回大会では、フィジーとの壮絶な攻め合いの果てに「自爆」したようなものだったが、今回はその轍は踏まぬよう、確実性に賭け、とにかく耐えに耐えているわけだ。
 まあだから、大会全体としてはつまらない、というか NZ を除いてどのチームも(フィジーでさえ)同じに見えてしまうのでそろそろ飽きてきたというのが正直な感想である。

 サモアは 11 番トゥイランギの存在をちらつかせつつ、ワンパスクラッシュ→ラックのパターンと、展開プレーとを交互に用いて前進を図った。敵ゴール前に迫った回数ではウェールズを圧倒した(22 メートルライン内にいた時間では三倍近い差となっている)し、1.5 倍も多くタックルさせるなど、おそらく意図した通りの攻撃ができたのではないだろうか。
 ウェールズの方は、ラックからのピック&ドライブに、大型プレーヤー(ロバーツ、ノース、ファラタウ、両ロックら)による突進――必ずしもラックを目的とはせず、あわよくばそのまま抜け出て大きくゲインするための――を織り交ぜる。さほど効果的でなかったとすればそれは、ブレークダウンでも展開プレーでもミスが多かった(これはサモアにもいえる)のと、要するに安全第一だったからだろう。

 ウェールズのトライ(65 分くらい)は、ハイパントをキャッチしたあと、三人のタックルを潜り抜けて大きくゲインした FB リー・ハーフペニーから CTB ジョナサン・デイヴィス(!)、WTB シェーン・ウィリアムズとボールをつないだカウンターアタックによるもの。S・ウィリアムズがきちんとサポートしているのが立派というか、当然なのだろうけど、7 点差をつけて漸く勝ちが見えてきた瞬間だった。

 フックに代わって後半から出場したハーフペニー、わたくしは久しぶりに見た。スピードと、レンジの大きなプレースキックが持ち味とされるウィンガーで、シェーンから 11 番ジャージを引き継ぐことになるはずだが、フルバックのバックアップとしても貴重な存在である。というより、ディフェンスを含めていえば、フッキーよりよほど安心して見ていられるプレーヤーだが、180 センチ弱の体格でなぜこのレベルの FB がこなせる――こなせるというのは例えばハイパントを正確に捕球できるというようなことも含めて――のか。あるいはむしろ何故ジャパンにこうした FB が現れないのだろうか? 単純な足の速さ、吉田義人や SH のような俊敏さ、そして力強さ、ロングキック。こう考えると、たいそう恵まれた選手ではあるのだな。

 わたくしはアイランダーズを原則的には応援するが、ウェールズと日本は例外で(いやあ、実は日本も島民なんだけど)、だから全体としては、何とか勝ててやれやれというところである。消耗が激しそうだし、怪我人の具合など心配な点も残るが、プロップのジェンキンスの出場見込みがようやく立ったし、フィジー戦は実に楽しみだ。フィジアンがどのようなゲームをするかも含めて。

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2011年9月17日 (土)

オーストラリア 対 アイルランド プール C

 オーストラリア 対 アイルランド 15-6(6-6) トライ数 0-0

 双方ともトライはなかったものの、アイルランドは非常によい戦い方をした。大会直前のパッとしない戦績の印象が強いとはいえ、ここ数年では一番のゲームだろう。「ベスト・バウト」に推す人も多いのではないか。南ア対ウェールズ戦のようなスリル、サスペンス(ウェールズはいつ逆転されるかという)がさほど感じられなかったがそれは、アイルランドの強さが誰の目にも明らかだったからである。

 今大会のここまでの傾向として、例のキック合戦が少ない点、そして必勝の期される試合ではピック&ドライブが主たる戦術となっている点を挙げることができる。後者は NZ には当てはまらないともいえるが、そもそもオールブラックスは絶対的な勝利の約束されたゲームしかまだ戦っていない。
 アイルランドもピック&ドライブを多用したが、それ一辺倒ではなく、ライン・ブレークも積極的に狙っているように見えた。パス・プレーには FW 第三列の選手が多く加わっていたが、ということは逆にラックには BK も――BOD はいつものように、しかし他のバックスも――参加していたことになる。これは単なる印象にすぎず、間違っている可能性も大いにあるけれど、FW の前五人だけで地上戦をやっていたとすれば、80 分はさすがにもたないだろう。ボールへの寄りがほとんど常に相手を上回っていたのだから。全員ラグビー。そしてとりわけフォワードのがんばり。その頑張りはスクラムの局面でも発揮され、試合を通じてアイルランドがほぼ支配することになった。
 それにしても、バックスにタレントを揃えながら、FW 戦で劣勢に立ち、結局試合に敗れてしまうというのは、オーストラリアにとっては前回大会の準々決勝、対イングランド戦と同じ展開である。だがわたくしはむしろ、同じ大会のアルゼンチンを思い出しながら観戦していた。プーマスにおいては FW/BK の分業はもっとはっきりしていたように記憶するが、その点は除けば、消極的な戦法としてではないピック&ゴー、そしてハイパント。フィジーでさえスプリングボクスとの対戦で展開を封じ、FW 戦に賭けるという傾向をわたくしは残念に思うけれども、今日のアイルランドの戦いには、積極的な姿勢が感じられた。後半途中から出場のオガーラが二、三回試みたハイパントは、確実性の支配する、ある意味で退屈きわまりないフィールドに不確実性や混沌を導き入れるという意味合いで、非常にスリリングだった。

 また、スコアからして当然のことだが、アイルランドのディフェンスは今日は万全だった。オフサイドすれすれのダッシュで圧力をかけつつ、一瞬生まれかけた綻びを次の瞬間には埋める、あるいは内を攻められる局面で必然的に薄くなった外に誰かが走ってゆくというように、ほぼ完璧に組織防御が機能していた。前半のまだ早い段階で、オドリスコルが飛び出しすぎて出来たギャップを突かれたときはどうなることかと思いもしたが、おそらく、ブリッツと裏腹のいわゆる「裏のスペース」に対するケアはあらかじめ準備されていたのだろう。ワラビーズが突破できる感じはほとんどなかった。フィジーに完勝した今日の南アだったら、どう攻略しただろうか。

 アイルランドはこれで初の準決勝進出に一歩近づいたことになる。まあ、わたくしはウェールズ(無事にプール・ステージを抜け出せればの話だが)を応援するけれどね。

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2011年9月16日 (金)

ニュージーランド 対 日本 プール A

 ニュージーランド 対 日本 83-7(38-0) トライ数 13-1

 ウェブサイト「プラネット・ラグビー」が予想スコアを「50 点差」とした――ということは伝統的なテストマッチのイメージからすれば「ミス・マッチ」であることが確約された――試合。ジャパンの得点は最大に見積もって 20 点(トライ 2・コンバージョン 2・ペナルティ 2)だから、オールブラックスに 60-80 点を奪われるであろうことが予想された。このようなゲームに臨む観客としてのおのれの心境がいかなるものかを分析することは避けて、なかば義務のように見てしまったが、十六年前と比べて差が縮まったのか、正直なところ何ともいえない。NZ が本当の本気で戦ったとは思えないからだ。

 とにかく惨敗なので、感想もあまりないけれど、オールブラックス側の負傷者ゼロというのが唯一よかった点だろうか。2007 年大会のアルゼンチン代表について中尾さんの仰る「空気を読まない田舎者」というのは、例えばこういう試合で相手に怪我を負わせてしまうような所業に対してこそ用いられるべきで(2002 年のサッカー W 杯直前の親善試合でジダンを「壊した」韓国代表とか)、勝敗に対してその種のことを云々するとおかしな話になってしまう。
 怪我人が出なかったのには他にもちろん、NZ 側が100 %真剣ではなかったからという理由もあるだろう。対照的なのが足首を痛めて退場した今村で、ギリギリのところで無理な体勢からパスを試みたために気の毒なことになってしまった。

 期待通りのプレーが出来た選手は、川俣、青木、藤田、湯原、大野、谷口、リーチ、日和佐、小野澤、トゥプアイレイ、ウェブ。
 「期待通り」というのは、これくらいは最低限出来るであろう水準に達したというだけのことで、それを上回ったというわけではない。たとえば小野澤のインターセプト→トライは(前回大会でもあったという意味で)期待通りのプレーだったが、その直後の、ショートパントを拾った SBW からノヌーにつながれたトライの第一の責任は、対面なのに競ろうとしなかった小野澤の判断ミスに帰せられるべきだよね。
 最後まであきらめず相手に追い縋り食らいついたリーチは――これくらいはやると皆思っていたけれどもやはり――立派だった。

 反対に期待を下回った(つまり最低限の仕事もできなかった)のは、畠山、北川、菊谷、バツベイ、ウィリアムス、今村、平、宇薄、上田。
 今村もリーチのように敵を最後まで追いかけたところはよかったが、ノッコンでチャンスを潰えさせたのにはガッカリしました。いずれにせよ、変なポジションを割り当てられるなど、もてる能力を十分に活用されずにいるのはもったいないし、不幸なことだ。この人は本来 WTB だと思うのだが、大学時代にアウトサイド CTB で成功してしまったからなあ。今となってはどうでもよいが、同じ大学の山下大吾も一年生時のWTB が一番適性があったのでは?
 ウィリアムスはそつなくこなしていたと思うけれど、キックパスを二本ともミスしたのはいただけない。たぶん、このプレーでトライを一本は確実に奪うという作戦だったはずだから。
 畠山の背中を通すパスは、自分が前に進んでいるわけだから、物理(要するに自然の摂理)に従えば、腕のスイングの方向からして球が前に行くだろうことは簡単に推測できるはず。早大卒、というか大卒の肩書が泣くよ。あそこは自らターンしてボールを丁寧に扱うべきだった。
 菊谷は、フランス戦で妙に自信をもってしまったのか、今日のプレーはまったく緩慢で、もちこんだボールを上手く出せないなど、いいところがほとんどなかった。突っ込んでゆくときのスピードが全然足りなかったと、たんに技術的に語ってもよいだろうが、ともかく今日のゲームの教訓を活かせなければ、トンガ戦ではむしろ穴として狙われるだろう。

 前回大会のオーストラリア戦では、ワラビーズは身体をずらすといった配慮さえ見せず、力任せに当たってきた(そしてジャパンは弾き飛ばされていた)。あれには悔しさで血が逆流しそうだったが、今回のキーウィたちは微妙にずらしつつ突っ込んできたために、やはりタックルはうまく機能しなかった。まだまだ先は長い。

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2011年9月11日 (日)

南アフリカ 対 ウェールズ プール D

 南アフリカ 対 ウェールズ 17-16(10-6) トライ数 2-1

 ああ、ウェールズ。勝てるチャンスだったのに……。XV の戦前の意気込みとは裏腹のみっともない負け方をするのではないかと懼れつつ祈っていたのだが、実際はだいぶ違った。
 対イングランド戦のように力勝負を挑み、互角の戦い方をしたウェールズが、残り 20 分の時点で 6 点リード。しかし、やはりというべきか、勢いづいた時間帯にもう一本(あるいは少なくとも 1PG)が奪えず、最後に引っくり返されてしまった。戦い方が逆でしょう。正直なところがっかりしたけれど、でもまあこの調子なら――とはいえ SA が今日はパッとしなかったことも忘れてはならない――サモアやフィジーとも十分に戦えると思うので、落胆(わたくしの)の度合いはさほどではなかった。
 力勝負ということでいえば、今日一番の見どころは、後半、ウェールズがトライを挙げて尚も攻める局面で、エイトのファータウが思い切りぶちかましてオフロード・パスを J・ロバーツに送り、大型 CTB が敵ゴール直前まで突っ走った一連の動きだろう。真上から見たわけではないが、たぶん二人の動きはほぼ一直線だったと思う。十分なサポートがなかったように見えたので、サインプレーではなかったのかもしれないけれど、それなら尚のこと、サモアやトンガがやりそうなプレーをウェールズが試みたことにはちょっと心を動かされた。ロバーツが通用することはライオンズのツアー(隣は BOD だったが)でわかっていたことだが、あれを得点に結び付けられないのがウェールズの弱みである。
 感動はしたけれども、今日の戦いぶりは全く「セクシー」ではなかった、というかギャットランドはそもそもそういうことはあまり考えていないわけで、レベルは異なるが、ジャパンに対するカーワンのような、立て直しを優先させているのである。ただ、S・ウィリアムズが積極的に SH としてプレーするなど、ウェールズ独特の戦術が見られた点は記しておこう。それに、FB バーンや SO ジョーンズが本調子ではない(結果として CTB が二人ともクラッシュ型になった)など、チームが万全の態勢ではないことも考慮しないといけない。もともと FB であるリース・プリーストランドが、ウォームアップ・マッチのイングランド戦に続き、W 杯の南ア相手に FH として
立派なプレーを見せたのは大変に慶ばしい。DG が決まらなかったのは仕方ないが、この人は結構なタレントなのかもしれない。ノックアウト・ステージに期待します。

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2011年9月10日 (土)

フランス 対 日本 プール A

ワールドカップ 2011 準備篇(2)

 フランス対日本戦の先発XV が発表された(9/8)。

     フランス       日本

バルセラ       平島
セルヴァット      堀江
マス          畠山
ピエール       トンプソン
ナレ          北川
デュソトワール    菊谷
アリノルドキ     リーチ
ラカフィア       ホラニ龍

ヤシュヴィリ     田中
トラン=デュック    アレジ

メダール       小野澤
エステバネーズ   ニコラス
ルージュリー     平
クレール       遠藤

エマンス       ウェブ

(控え)
スザルゼウスキ、プクス、パペ、ボネール、パラ、スクレラ、マルティー/青木、藤田、大野、谷口、日和佐、ウィリアムズ、トゥプアイレイ

 たんなる観客でもやはり力が入ってくるというか、緊張してくる。フランスはたぶん、前回対戦を踏まえて、試合を前半で決めてしまうつもりだと思う。目論見どおりとなれば控えメンバーも出場させることができる。日本はだから、そうさせぬよう最初から 100%の力を出すほかないだろう。
 レ・ブルーは、ユニット内で、W 杯経験者と未経験者とを上手く組み合わせている。ジャパンの HB がどちらも初出場なので、少し心配される。また、フランスのバックスリーに走られると、日本側はおそらく追いつけないので(リーチが辛うじてというところか)、タックルをがんばってもらうしかない……

             *

 フランス 対 日本 47-21(23-11) トライ数 6-2

 このゲームを全体としてどう考えるべきか。2003 年大会の 51-29(20-16)、トライ数 6-2というスコアからすれば、進歩とはいえる。今回は 76 分のフランス四本目のトライ(コンバージョン成功、42-21)までは、引き分けないし 1 トライ差の敗北という結果も十分にありえたからだ。後半の後半の後半に入った辺りまで試合として成立したというのは、われわれとしてはともかく喜ばしいことである。45 分くらいから約 30 分にわたって攻め続けたのは立派だし、見ごたえがあった。ただ、その間の得点が 10 点ということ(トライがもう一本欲しかった!)、それからその後半の後半の後半にトライを二本も奪われてしまったため、印象としては、いつもと同じ「やっぱり最後は体力勝負か!」と感じられてしまうことが残念である。
 ファーストタックルは総じて甘かったと思う。NZ 戦はもちろんのこと、トンガ戦でも致命傷となりうるだろうから、何とかしなくてはいけませんね。
 58 分に 4 点差となったところで、カーワンはさらに攻めて追いつき追い越すという選択をし、SH や CTB を投入したわけだが、結果論であるにせよ、あそこでは、75 分まで 1 トライ差くらいで耐えて、最後のワンプレーで同点ないし逆転という戦略もありえたと思う。たとえていえば、明治大学が強かった頃の早稲田の戦略だ。まあしかし、これは次の段階の話かもしれない。

 細かい点についていくつか。
 HB は日本の方が安定していた。田中・日和佐のパスワークは期待通りだったし、アレジは公平に見てトラン=デュックやスクレラより上だろう(プレースキックを除けば)。フラットなパスが非常に有効だった。二本目のトライは、ラックからラインに慌てて戻ったばかりで体勢が完全に前を向いていなかったルージュリーに田中が「接近」し、ギリギリのところでアリノルドキとトラン=デュックの間に放ったパスが素晴らしかった。アレジにしろ田中にしろ、前がよく見えている。NZ 戦は厳しいと思うが、トンガ戦・カナダ戦には期待がもてる。ドロップゴールを積極的に狙うべきだと、つけ加えておこう。
 今日はキックがあまり蹴られず、結果として FB の出番が少なかった。
 それから、フランスは外に展開するより内を攻める作戦だったのだろうが、13 番の平はほとんどボールに触らなかったような気がする。むろん、外側のケアは必要だから、むやみに内側に寄る必要はないけれども、その分、12 番のニコラスの負担が大きくなったのは確かである。それならいっそ、平を内側に固定してタックルに注力させた方がよいのではないか。W 杯では、インサイド CTB のパスでアウトサイド CTB が突破するというようなことは(日本にとっては)そうそうないので、今村や平、トゥプアイレイの 13 番起用はあまり効果がなさそうに思う。

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