カテゴリー「ラグビー ワールドカップ 2011」の記事

2011年10月23日 (日)

決勝 フランス 対 ニュージーランド

 フランス 対 ニュージーランド 7-8(0-5) トライ数 1-1

 よい試合だった。決勝ということ、さらにおそらくフランスの防禦が堅いこともあって、オールブラックスがあまり無理をしなかったため両チームの得点は伸びなかったものの、高く張りつめた緊張感が最後まで持続した、今大会における最高のゲームのひとつといってよいだろう。

 フランスはおそらくプランに近い試合運びが少なくとも 70 分過ぎ辺りまでは出来ていたと思う。攻撃では積極的にパスプレーも試みたが、パスのタイミング(タックルされる寸前でのパスが何度通ったことか!)、つなぎ、いずれも彼らとしては最高の出来だった。それでも完全なブレークがほとんどなく、ニュージーランド側の守備力の高さに改めて感嘆させられた(ついでながら、ラックの局面でオールブラックスがほとんど反則を犯さない点は素晴らしかった)。ノータッチの長いキックや、プレッシャーをかけられないタイミングでの不用意なボックスキックが少なかったのは、もちろん相手のカウンターを封ずるためだろうが、要するに考えうるさまざまな局面でのケアが今日の試合では最高度に発揮されていたわけである。
 ほぼ唯一の油断が、トライを奪われた自陣ゴール前のNZ ボール・ラインアウトで、よくあるサインプレーなのだが、今日は、好調を維持し、自信もあったのだろう(実際スチールに何度か成功した)アリノルドキやボネールらがラインアウトで競りに行ったことで、ちょうどラインが割れ――つまり「ブレーク」して――大きな穴ができてしまった。ちなみにウェールズもこのサインプレーはよく用いていたのだが、警戒されるようになって今大会ではほとんどやらなかったと思う。まさかオールブラックスがここでやってくるとは思わなかったのだろうが、ちょっと真正直にやり過ぎたのが惜しまれる。いずれにせよ、ラインアウトもまたラインをめぐる攻防なのだと思い起こさせてくれる点で、この場面は興味深かった。

 攻撃面でいえば、フランスの方が積極的であり、見る分には面白かった。というより、オールブラックス側は、バックスリーが強引な仕掛けをほとんど試みない、またそもそも展開プレーがあまりないなど、総じて慎重だった。そうまでして優勝したいかというような厭味はもちろんいいません。が、物足りなさを感じたのも事実。ただ、第二回大会以降のラグビー・ワールドカップとは、いってみれば〈オールブラックスがいつどのようにして足を掬われるか〉を(NZ 国民を除く?)全観客が心待ちにするイベントでもあったわけで、今回の勝利がそうした鬱陶しいプレッシャーから黒い人たちを解放することになるのであれば、わたくしは心から祝福したいと思う。
 というか、「勝つことを宿命づけられている」などという物語には飽き飽きしているので(讀賣球団ぢゃあるまいし)、今回のような苦しみながらの勝利がそうした神話を壊してくれればと願っているわけです。ちなみに開催国の優勝という点に関していうと、わたくしはむしろ、開催国がこけてしまう筋書きの方が好みだ。

 大会全体についての印象。
 好試合はもちろんいくつもあって、楽しんだのは事実だが、正直なところをいえば、やや退屈でもあった。
 ひとつにはジャパンが一勝も出来ずに終わったからだが、総じてどのチームも、だがとりわけ勝ち進むことのできたチームが、似たり寄ったりの戦術・戦法を採っていたことが大きい。たとえば梅本洋一さんが『日本ラグビー 世界への始動』所収のエッセーで指摘したような「危機」はまったく解消されていないことが改めて感じられた。
 これは今大会に限らない話だが、「ノンストップ」の「高速ラグビー」って、そんなに善いものだろうか。プレーの速度競争を突き詰めていって一体どうなるというのか。単純なスピードが脅威となるような局面は確かにある。しかし、わたくしはむしろタイミング、テンポによって敵を出し抜くというやり方に共感する。だからこそウェールズやフランスを応援するわけだが、後者は何というかグダグダのまま、しかし決勝では底力を発揮してみせたというにすぎず、評価は保留とせざるをえない。前者にも、「セクシーさ」がやや足りないという意味でやはり不満を覚えた。

 プレーそのもの、ゲームづくりそのものによって驚かせてくれるチームがなかったといってもよい。勝敗における番狂わせでは驚くこともありましたけれどね、結局のところ、前回大会におけるロス・プーマス――いわば〈新しい懐かしさ〉でわれわれに感銘を与えた素晴らしいチームだった――のようなチームが出現しなかったということになる。

 とりあえずの感想なので、後からの修正があるかもしれません。

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2011年10月15日 (土)

準決勝 ウェールズ 対 フランス/オーストラリア 対 ニュージーランド

 ウェールズ 対 フランス 8-9(3-9) トライ数 1-0

 一番楽しみにしていた試合だったが、終わってみれば最高に莫迦々々しいゲームとなってしまった。ベッカムといい、ウォーバトン(主将なのに!)といい、「イギリス人」はバカぢゃないのか? クレールが何ともなかったのは幸いだが、どうせならフランス XV も激昂して 12 人対 13 人とかの試合になれば面白かったのに。近年のレ・ブルーは規律が行き届きすぎて少々物足りない。

 ウェールズは 14 人でフランスをトライ零に抑えたという意味では確かによく頑張ったし、やはり防御は堅いといえばいえるかもしれないけれど、実際はフランスが無理にトライを狙わなかっただけの話で、彼我のプレースキッカーの調子からしても、レ・ブルーの側は敗北はほとんど考えていなかったろう(ちなみに公式スタッツに拠ればタックル数はフランス 126 ・ウェールズ 56 、ということはつまりフランスは積極的に攻めなかったということになる)。

 もっとも、ひとり足りないからといって負けが必定というわけでもない。ジャパンと、オールブラックス XIV やフランス XIV、あるいはスコットランド XIV との対戦を想像してみればよい。ウェールズはもっと上手くやれたはずだが、その意味では、ウォーバトンの退場以上に、PR の A・ジョーンズの負傷交代が痛かったと思う。ジェンキンス、リース(負傷で選ばれていない)、ジョーンズというファーストチョイスの一列は、スクラムワークでもフィールドプレーでも一流と思うが、この試合では結局 1 番のジェンキンスしか残っておらず、結果としてスクラムは劣勢、7 人でしのいでバックス勝負(数の上では同じとなる)にもち込むこともかなわなかった(スクラムの大半は 12 番ロバーツが SH 側のフランカーとして参加)。まあ一時間を 7 人で耐えるというのは、いずれ体力的に厳しかったろうが。

 SH フィリップスの存在は、トライを奪ったからというだけではなく、こういう状況では頼もしかったが、「九人目(というか八人目というべきか)の FW」として十分に活かせたかというと、疑問が湧く。
 終了直前、ロスタイムの攻撃でも、ゴールラインの手前までピック&ドライブで進むべきだったのに、中途半端な位置で展開したものだから上手くゆかず、ノッコンとなってしまった。

 準決勝第二試合でニュージーランドが勝てば、漫画みたいな決勝戦となるが(そして漫画のロジックではフランスが優勝するのだが)、さてどうなるのだろう?

(何だか忙しくてようやくビデオを見ることができた。これから(hopefully)その第二試合を観戦する。それまではむろん試合結果のニュースは遮断するのである。)

             *

 オーストラリア 対 ニュージーランド 6-20(6-14) トライ数 0-1

ラグビーといっても色々あるのだなと、準決勝の二試合を見て改めて思いました。戦い方もそうだし、技術・戦術の水準においても。ワラビーズが健闘した前半は、今大会最高の(半)マッチといえるだろう。双方に綺麗なラインブレークがあるなど見所が多く、また得点でも競っていたため、非常に楽しむことができた。

 オールブラックスの充実ぶりが目立つセミファイナルだったが、さて、奇しくも第一回大会と同じ顔合わせとなった決勝(ならびに三位決定戦)はどうなるのだろう。勝敗をある意味で超越しうるという意味で三決が(だからそういう意味で)面白くなる可能性はある。準決勝に悔いが残るであろうウェールズがベストメンバーでないことは惜しまれるが、シェーン・ウィリアムズ最後の大会ということもあるし、「セクシー」路線で行って欲しいと切に願う。

 ファイナルは順当に行くなら開催国の勝利だろうけれど、何をやってくるか読めない、あるいはむしろ、そう思わせる術に長けたチームが優勝する可能性もないではない。
 とはいえ、フランスが勝つか、いずれにせよ僅差の勝負にもち込むとすれば、2007 年のような戦い方、ディフェンスで耐えに耐えるというゲームしか思い浮かばない。あの試合では、ジョジオンのトライで逆転したわけだが、その後、僅か 2 点のリードを確か 20 分くらい守り切ったのだった。オールブラックス相手にこういうことの出来るチームは限られている。今回のレ・ブルーはどうだろう?

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2011年10月 8日 (土)

準々決勝 アイルランド 対 ウェールズ/イングランド 対 フランス/ニュージーランド 対 アルゼンチン 

 アイルランド 対 ウェールズ 10-22(3-10) トライ数 1-3

 個人的には今までのところ最も痺れる試合となった。実力の拮抗した同士の対戦だったけれども、安全第一で PG やDG を狙うというゲームでなかったのがまずはよかったと思う。両チームの持ち味とされる特徴がそれぞれに発揮されることになったからだ。対ワラビーズ戦では 3 点の積み重ねによる辛勝もよしとしたはずのアイルランドも、今日のマッチでは積極的にトライを狙ったように見えた。しかしそれはもしかすると、開始直後のウェールズのトライ(いわゆるノーホイッスル・トライ)が、そのような方向での展開を決定づけたのかもしれない。試合最初の得点がトライであったというのは、その意味で見逃せないポイントだろう。トライこそラグビーの醍醐味だとはいわないけれど。
 もっとも、たまたまプレーが途切れることなくトライまでもって行けたからそうなったという可能性は(双方に)あるだろう。ウェールズが最初に PG を選択していればどのような展開となっただろうか。

 とにかく、違う方法でそれぞれにトライを狙った結果としては、ウェールズの 3 本に対し、アイルランドが 1 本、すなわち前者の完勝である。ただしゲームの内容に即していえば圧勝や快勝とはいえない。ブレークダウンやラインアウトなど、明らかにアイルランドが優勢な部分もあったし、敵陣 22 メートルライン内にいた時間を見ればアイルランド 15 分に対しウェールズは 6 分半と、総じてアイルランドの方がより多く攻めていたのである。実際、アイルランドのピック&ドライブは圧倒的で、ウェールズのそれとは、個々のプレーヤーの突っ込むスピードや力強さの点で、かなりの差があった。第三列ばかりではなく、全員の充実ぶりがうかがえる出来だったと思う。
 それだけに、このゲームで第一に賞賛さるべきは、ウェールズのディフェンスということになる。もちろん反則が皆無というわけではなかったが、アイルランドが PG をほとんど選択しなかった点の評価は、意見の別れるところだろう。ウェールズの防禦は堅いが(対南ア戦のように)
そのうち綻びが出るとの目算はあったかもしれない。実際、ウェールズ側のタックル・ミスは1割以下と精度こそ高かったものの、ほとんどつねに押し込まれていたし、ラックでは、より多くの人数を割かなくてはいけなかったため、応援する者としては気が気ではなかった。今大会でこれほど胸が締め付けられたことはない。

 他に気づいた点。両チームのトライがいずれもフィールドの端だった(J・デイヴィスのはやや内寄りだったが)のは、ミッドフィールドのディフェンスが双方ともに堅かったことの表れだろう。アイルランドが結局一本しかトライを奪えなかったのは、プレーヤーの力とは別次元で、無策というか、工夫が少なすぎたせいではないか。アイルランドのバックスは個々にはそれぞれ素晴らしい働きをしたものの、いわゆるライン攻撃をあまり仕掛けなかったために、防禦する側からすれば的を絞りやすかったということになると思う。反対にウェールズの攻撃は、ショートサイドをしつこく攻めたり、また内側ではロバーツを再三突っ込ませたりとバラエティに富んでいた。医学部学生でもある(あった?)ロバーツ、JPR の後を追うかのようなその経歴にも感心するが、ギャットランドがこの大型プレーヤーをバックスリーからセンターにコンバートしたのは、いわばジョナ・ロムーをミッドフィールドで起用するようなものだろう。現代のディフェンス・システムではそう簡単にラインを破れるわけではないが、少しでも薄くなれば突破されるという意味で、防御側のケア意識が中に向くといった効果は少なくとも見込める。
 またハーフペニーは、キックを受けてからのカウンターアタックは不発だったものの、ハイパントの処理やタックルなど、防禦の点では完璧だった。50m 級のプレースキックはともかくとして、われわれは有賀選手にこうしたプレーヤーになって欲しいと願ったものだが、非我の違いにはいろいろと考えさせられた。

 ジャパンは敗退したが、ウェールズがベスト 4 に進むとは!これほど喜ばしいことはない。運はもちろんあった。アイルランドの戦法はワラビーズに通用したが、この準々決勝の相手がワラビーズなら、ウェールズが勝てたかどうかわからないからだ。しかし、フロントローと 4・9・11 番以外は若いメンバーばかりで、試合ごとに力が上がっているのは間違いない。

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 イングランド 対 フランス 12-19(0-16) トライ数 2-2

 イングランドが展開プレー、フランスがハイパント攻撃という、双方がともに通常のイメージとは逆の入り方をした試合。必勝を期した対戦でなぜイングランドがそのような戦略を採ったのか、やや理解に苦しむところもあるけれども、フランスが真正面からは応じず、意気込み(PG を一本も狙わぬという)がいわば斜めにすかされたことで、結局中途半端な戦い方となってしまったように見えた。

 同じような高速展開といっても、フランスとイングランドとでは差があった。フランスの方はプレーヤーの動きとボールの動き(両者の合わさったものがプレー全体の運動と呼ばれるものだ)が非常に滑らかに連動していたのに対し、イングランドの展開には何処か無理をしているところがあって、あまり効果が得られなかった。習熟度も関係しているのだろうけれど、スペースの使い方がまずいと思われた。たとえばパスを受けるところで複数の選手が重なってしまっている場面がしばしば見られたが、それはどちらかのプレーヤーがスペースを殺してしまっているということであって、要するに活用できていないわけである。ウェールズがショートサイドを執拗に攻略するのと比較してみればそのことは容易に理解されるだろう。
 また、攻撃のスピードを誇るようなチームではもともとなかったが、フランス DF の出足のよさに、その速度がいっそう殺されているようにも見えた。
 ウィルコがどうこうということではなく、トライを積極的に狙うラグビーを志すならば、そのような方向でチームをきちんと鍛えた方がよいだろう。トライへの意志は明らかであって、それを抑圧する必要など少しもないのだから(だって、たかがスポーツなわけだし、ねえ)。

 というわけで、準決勝第一の組合せは、ウェールズ対フランスという、(個人的には)夢のような対戦となった。ノックアウト・ステージのフランスの戦い方には近年、どこか詐術めいたところがあり、それはちょび髭を蓄えたことでまさに絵に描いたような詐欺師然となったリエヴルモンの風貌が示すとおりだが、それがウェールズに通用するかどうか、非常に楽しみである。いずれにせよ好試合となるだろう。

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 ニュージーランド 対 アルゼンチン 33-10(12-7) トライ数 2-1

 ともに一本目のゲームメーカーを欠いた対戦。その分のハンディキャップは、得点方法が限定されてしまったという意味でアルゼンチンの方がより大きかったと思うが、とにかく NZ が順当に勝利した。

 オールブラックスを 2 トライに抑えた点ではプーマスは健闘したといえるだろう。実際、前半のディフェンスはタックルにせよカバーディフェンスにせよまさしく感動的だったし、先に奪ったトライには思わず涙腺が緩みもした(トライ自体がまた実に素晴らしかった)。とはいえ、一方的に攻められるなかで犯してしまった 10 の反則のうち 7 回までも PG を決められてしまったということは、黒い人たちが単に無理を避けたというだけのことで、ロス・プーマスの勝ち味は薄かったといわざるをえない。
 無理矢理というのは、たとえば
ワールドカップでいえば、前回の準々決勝対フランス戦において、意地を張るかのように、過度に時間をかけた末にようやくあげた二本目(だったかな)のトライのようなプレーを指す。今日は最後まで冷静さを失わなかった。

 敗れはしたものの(相手が悪かった!)プーマスのフィフティーンはみな、ふつうに上手いよね、ラグビーが。ボールをつなぐ技術という点にかんしては、スコットランドはもちろんのこと、アイルランドなどより上ではないだろうか。
 後半はさすがに疲れてしまい、タックルも相当甘くなったが、スコットランドやアイルランド、ウェールズという、ティア1の第二グループとは十分に伍してゆけるチームだったと思う。

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2011年10月 2日 (日)

ウェールズ 対 フィジー プール D

 ウェールズ 対 フィジー 66-0(31-0) トライ数 9-0

 試合前からウェールズのノックアウト・ステージ進出がほぼ確定しており、今日の興味の焦点は How much are they going to play rugby? ということに尽きる。この場合の to play rugby とはもちろん、競技としてのラグビーをするということではなく、パス・プレーをするという意味になる。
 ウェールズのゲームがそうなるだろうことは想像できたが(負傷も避けなくてはいけないわけだし)、わたくしの個人的関心は、いわゆるフィジアン・マジックの復活とまではいかなくとも、少なくともフィジーが対南ア戦や対サモア戦のようなクラッシュ一辺倒の戦い方ではなく、奔放なパス・プレーを復活させることができるかという点にあった。つまりウェールズの「プレー」ぶりに触発されて、抑圧したはずの欲望を解き放つのではないかと期待しているのである。降雨などこの際関係ない。PLAY it again, Sam! である(ああ、でもこの台詞をこういう文脈で使うと、PC 的にまずいかもしれない)。
 前半が終わった時点でウェールズが 4 トライを奪って 31-0。やる気どころか、もしかするとやる意味さえ見い出せていないのかもしれぬフィジアンをウェールズが無慈悲に――細かいミスも少なくはないが――攻め立てた。この調子で試合が終わってしまうと、ずっと瀕死状態にあったひとつのスタイルが(とりあえずは)死に絶えるという意味で、世界ラグビーの大きな損失が最終的に計上されてしまうことにもなりかねない。フィジアン・スタイルの壊滅とは、日本のラグビー――横井章氏のブログやまた『日本ラグビー 世界への始動』(日本ラグビー狂会編著、双葉社、2009)所収の同氏インタビューなど参照――の長期低迷に匹敵するくらいの出来事なのであって、憂慮する人も決して少なくないと思う。
 1999年大会だったか、フィジー相手に苦しんだフランスが FW 戦を挑んで彼らのスタイルを抑圧し、何とか勝利するということがあった。前回大会でもウェールズが同様にスクラムでねじ伏せようとしたものの力足らずで跳ね返された試合はまだ記憶に新しいと思うが、今回のレッドドラゴンは、その時より力がずっと上だし、今日は勝敗に拘る必要もないので、抑圧的とはなるまいとわたくしは踏んでいる。

 話を今大会に限定すると、フィジーのゲームがまったくつまらないのは、パス・プレーがほとんどないという以前に、何をするにもテンポが一様だからである。たとえばウェールズなら、今日の前半、ショートサイドを攻めたロバーツのトライがそうであるように、パスの長さやタイミングを変えることでプレーを変調させることができるだろう。それはつまりあれほどの狭いスペースを実質的に拡張できるということにほかならない。超ロングパスや、フィールドの端から端までのキックパスも同じことで、詰まってしまったところに突如、物理的・地理的に隔絶したはずのスペースがつながってしまう点が素晴らしいわけである。ガンガン身体を当ててゆくのも悪くはないけれど、そればかりでは退屈してしまう。だから、

 ……フィジー不発。ガッカリです。

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2011年10月 1日 (土)

フランス 対 トンガ プール A /イングランド 対 スコットランド プール B

 フランス 対 トンガ 14-19(6-13) トライ数 1-1

 トンガが素晴らしいゲームをした。ブレークダウンへの素早い働きかけ、スクラムでの頑張り、ラインディフェンスの鋭い出足。実に感動的だった。プレーヤーのフィジカリティあってこそだとは思うが、特に奇を衒った攻撃を行なうわけではないものの、縦への突進と横への展開の組み合わせが効果的で、フランスにディフェンスの的を絞らせず、美しいラインブレークを何度も繰り返す。綺麗に突破したあとのコース取りがまずく、トライをふたつみっつ奪い損なったのが惜しまれるけれど、ともかく完勝である。

 グループ・ステージで初めて2敗を喫したフランスは依然本調子の出ぬままである。明日のスポーツ紙一面には「苦い教訓(ルソン・ザメール)」とか何とかいう大見出しが躍ることだろう(この見出し、以前に『レキップ』で実際に用いられたことがあります、シックス・ネーションズでスコットランドに負けたとき)。マルク・リエヴルモンの意図ははっきりしないままだが(あるいはむしろ意図を読ませぬようにしているのかもしれないけれど)、ひとつ確実にいえるのは、FW 戦で劣勢のときにどうするかという「プラン B」を用意しておかないと、前回の二の舞になるということだ。
 展開プレーが(日本やカナダ相手の試合はさて措き)さして効果的でないのは、どうもラインに並ぶプレーヤーが外に外に流れて、ウィングのスペースを潰してしまっているからではないかと思う。メダールやクレールは見たところ好調そうだが、やはりスペースがなければどうにもならないだろう。本日行われたイングランド対スコットランドのゲームでは、後半の後半、スコットランドのカウンターアタック局面で、FB パターソンが、自分の右側にいるプレーヤーを活かすためディフェンス二人を引き付けようとして、ぎりぎりまでパスせずにいたのだが、ランのコースとしては外に流れてしまい、スペースを消すことになったし、結果として一人しか引き付けられなかった。外のウィングはもう一人(たぶんアーミテージ)に捕まえられ、トライのチャンスは潰えたのだが、あの場面では、むしろ早めにパスしてサポートに回るという手もあったのではないだろうか。

 この対戦だとわたくしはニュートラルか、どちらかといえばトンガに肩入れするので、試合結果には満足している。今日のような戦いができるのなら、フランスの代わりにトンガが準々決勝に進むのもよかったかもしれない。ただ、トンガはたとえばスプリングボクスに勝つことはあるかもしれないけれど、オールブラックスには絶対に勝てないよね、構造的にいって。フィジーやサモアもそう。だから結局のところは、フランスが進出した方が大会の、ひいては世界の多様性という観点からして好ましいと思う。
 そして、わたくしの個人的好みとしては、イングランドには何とか勝って、しかるのちにウェールズないしアイルランド相手に華々しく散って欲しい。今回はシェーン・ウィリアムズやブライアン・オドリスコル最後のワールドカップなのだから、それに次回のウェールズやアイルランドが準決勝まで進める保証もないので、うん、まあそういうことです。

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 イングランド 対 スコットランド 16-12(3-9) トライ数 1-0

 この試合は、スコットランド・アルゼンチン戦のように「塩っぱい」ゲームとはならなかった。ロス・プーマスと同様にイングランドもロースコア戦略にとりあえず付き合ったわけだが、アルゼンチンが知らぬうちにスコットランドの術中に嵌ったといえるのに対し、イングランドの方はむしろ、トライへの欲望を敢えて抑えつつ勝機を窺うという戦い方だったろうからである。

 一時は 9 点差(8 点差以上で負けると敗退が決まる)をつけられたものの、後半に 3 点差まで追い上げたのち、残り 5 分となり、スコットランドがトライを狙わざるを得なくなってから――ということは試合の焦点が PG・DG からトライへと一挙に転換してから――逆転のトライを決める。この通りの未来予想図を描いていたわけでもないだろうが、こうした展開にはそもそも慣れているわけだし、実質的にイングランドがコントロールしたといえるゲームだった。あるいは、それほどの力の差があったということだ。

 ウィルキンソンからフラッドへの交代は(ウィルコが疲れたとか怪我したとかでなければ)、「これで(実質的に)勝った」という監督からのメッセージ以上の意味はないはずで、というのは、トライに結実したのは、フラッドのパスがよかったからではなく(最後の飛ばしパスは素晴らしかったが)、スコットランドがトライを奪うべく前がかりとなっていたことが大きいからである。

 さて、準々決勝のイングランド対フランスはどうなるのだろう。今日の両チームの状態なら、イングランドが余力を残しつつ勝利するだろう。まだ目の覚めていない――というか実はもう目覚めている?――フランスはイングランドからトライがとれるかどうかさえ不明である。ブレークダウンで優位に立てない場合はそれをなるべく避けるようゲーム・プランを変更しなければならないと思うが、試合の最中にそのようなことができるだろうか?

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2011年9月25日 (日)

アルゼンチン 対 スコットランド プール B /フィジー 対 サモア プール D

 フィジー 対 サモア 7-27(0-12) トライ数 1-2

 フィジー代表のラグビーはまったく「普通」になってしまった。モールやスクラムに難があるという点ではずっと同じなのだが、戦い方の点でも、今や他とほとんど変わりのないチームである。対南ア戦同様にピック&ゴー主体の攻撃。まあザウザウ、デラサウのような怪物にトライをとらせるというあり方も別段フィジー的とはいえないわけで、「フィジアン・マジック」はすでに神話的な――つまり、「武士道」がそうであるように、失われてしまったからこそ語ることのできる――ものにすぎないのだろう。

 サモアはフィジーよりパス・プレー主体で、それは対ウェールズ戦と同じだが、フィジーより組織プレーがよく整備されていたために、より多く得点することができた。このラグビーは南アフリカにはどの程度まで通用するのだろうか。

 それにしても今日は両チームともイージーなハンドリング・エラーが多く、興を殺がれた。

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 アルゼンチン 対 スコットランド 13-12(3-6) トライ数 1-0

 どちらも決め手を欠く、いわゆる「塩っぱい」ゲームだったが、残り 10 分ほどになったところで、交代したばかりのアモロジーノのトライで逆転したロス・プーマスが、辛くも逃げ切った。スコットランドは次の対イングランド戦に負けるとグループステージでの敗退が決まる。

 前回大会の対戦(準々決勝)ではスコットランドがどれくらい抵抗できるかが焦点だったが、今回はアルゼンチンから「大駒」(ロンゴ、コルレト、エルナンデスら)が引退や負傷のため抜けており、両チームの実力はほぼ同等と考えられた。イングランドにすでに負けているアルゼンチンは後がなかったが、ブレークダウンとスクラムにおいていくらか優位に立っていた以外は互角の戦いで、勝敗がどうなるか最後までわからなかった。
 スコットランドが三点を細かく重ねてゆく戦略を採ったのに対し、アルゼンチンの戦略は――似たようなものだったとは思うが――はっきりとしなかった。スコットランドのディフェンスがよく頑張り、自陣 22 メートル以内への侵入、ひいてはゴール近くからの PG や DG を簡単には許さなかったからだ(エルナンデスがいれば話はまったく別だったろうけれど)。

 ふつうに考えれば、グループ B の勝ち抜けはイングランドとアルゼンチンでほぼ決まりだろう。スコットランドの実に渋い渋い戦略に対しては、共感を覚えることはないままにしかし、公平な立場から「これもまたラグビーである」といわざるをえないけれど、何か人を瞠目させるような瞬間がこのチームに訪れるとはとても思えない。ここから先のステージでは戦力的にだいぶ苦しいとはいえ、アルゼンチンにはそれが感じられる。たとえば思わず出てしまう足技。「サッカーではないのだから」と軽く嫌味をいうことは可能だが、しかしルールはこうしたプレーを禁じてはいない。筋肉に覆われた身体をハードにぶつけて無理に突破を図るスコットランド(やイングランド)のゲームは見ていて息苦しさを感じてしまうことの方が多いけれども、それに比べれば、相対的なものだとしても、身のしなやかさによって相手を躱そうという姿勢の垣間見えるロス・プーマスの方がまだしも自由であると思う。
 この自由は、フランスのプレーにも通ずるものだが、ボールが例えばラックやスクラムから思いがけぬ仕方でこぼれ出たとき、それを両の手でしっかり握ってからダイビングパスというより、咄嗟に片手ではたく、あるいは足で蹴ることによって味方に送る方が、ずっと自然ではないだろうか。アルゼンチンのラグビーが、ある意味では先祖返りの様相を呈しながらも、まさにそのことによって一種の新しさを感じさせるゆえんだ。このまま行けば、クォーターファイナルで NZ に 40-10 くらいの大差で敗れるだろうが、それでもやはりわたくしはプーマスを応援したい。
(オールブラックスのラグビーもそういう点ではきわめて自由なものなのだが、プレーひとつひとつがあまりに精密で、サイボーグがやっているような印象を抱いてしまうことがある。彼らは苦境に陥ったときだけ、いわば人間的になるのである。)

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2011年9月24日 (土)

ニュージーランド 対 フランス グループ A

 ニッフォンをとりあえず見限ってしまうと、ワールドカップというのは純粋に祭り、祝祭となって、それはそれで結構なことだと思う。で、そうすると、ついこの間トライネーションズがあったばかりだから、決勝でニュージーランド対オーストラリア(もしくは南アフリカ)の試合など見たいとは思わない。実際、アイルランドがワラビーズに勝ったことで、そうした組合せの実現可能性は低くなった。わたくしは「北対南」という構図にはこだわらないが、それはそのような考え方ではアルゼンチンや日本の立場をうまく説明できないからであり、また実のところ、この構造こそエスタブリッシュメントにほかならないからである。シックス・ネーションズ対トライネーションズも「南北」の手合わせといえぬこともないが、トライネーションズだけの決勝よりはいい。

 今日はグループステージ最大の試合といってよいだろうオールブラックス対フランス戦。
 フランスの調子はパッとしないが、それはまあ過去の大会でも見られたことだ。それにグループ戦では NZ に手の内をすべて見せるつもりはないだろう。本番はノックアウトステージなのだから。
 また(アイルランド対オーストラリア戦の結果を承けた)組合せからいっても、グループ A 二位通過の方が決勝進出には有利な塩梅となってきたということもある。それはしかし、意図的に負けるということではない。

 レ・ブルーのメンバーは次の通り。

    プクス スザルゼウスキー デュカルコン
          ナレ パペ
       デュソトワール ボネール
          ピカモール

          ヤシュヴィリ
            パラ

   メダール メルモーズ ルージュリー クレール
           トライユ

    (控え セルヴァ(ット)、バルセラ、ピエール、アリノルドキ、トラン=デュック、エステバネーズ、エマンス)

 このメンバーにNZ のプレスは「二本目を出しやがって」と憤慨したりしているそうだが、そうですねえ、15 人ではなく、22 人で戦うと思えば、先発メンバーだけを云々しても仕方ないし、実のところ、今回のフランスで「鉄板」といえるのはデュソトワールとクレールくらいのものだろう(一列は現代では途中交代が前提だから、一本目か二本目かというのはあまり意味がないと思う)。自ら仕掛けることの多いトラン=デュックではなく、パラをもってきたことを「ダブル・ハーフ」戦術と解するなら、ラックをできるだけ避けて展開プレー中心にするか、ラックを中心にするかのいずれかということになるだろうけれど、フランスのスクラムハーフには、専任タイプ(ヤシュヴィリやミニョニ)ばかりでなく、スタンドオフ兼任タイプもいる点を忘れてはならない。ミシャラク、エリサルドがそうだった。
 ……とか何とか。

            *

 ニュージーランド 対 フランス 37-17(19-3) トライ数 5-2

 これもある意味ではひどいゲームといえるかもしれない。開始から10分ほどまではフランスが圧倒的に攻めた。トライなり DG なりを決める機会も数度あったはずだが、無得点のまま NZ の逆襲が始まってしまい、20 分くらいまでに 3 トライ。後半は、50 分過ぎにメルモーズのインターセプトからのトライはあったものの、残り 10 分くらいの時間帯に攻め込んだ(トライ)ほかは見せ場もなく、印象としては完敗だった。一時は 60 点取られるのではとさえ感じられたが、何とか落ち着かせたというところだろうか。

 モチベーションの上がらぬ試合ではこんなものなのだろうけど、ファーストタックルが甘く、敵一人に対して二人でも止められない、ラインディフェンスにすぐ穴ができてしまうなど、防禦はさんざんな出来だった。オールブラックスのメンバーはみな前がよく見えていて、ほんの少しのギャップも見逃すことはなかったし、また目立ったギャップや数的優位がなくとも、FW が並んだ辺りに積極的に仕掛けるなどして、割と簡単にブレークしていた。
 よく見えているという意味では、オールブラックスはフランスの展開プレーをほとんど見切ってもいた。事故のような形で突然に混乱が生じでもしないと、ラインブレークは難しかったと思う。
 スクラムは若干オールブラックスが優位に立っていた。マコウとトムソンが入れ替わっていることがあったけれども、あれはどういう意味があったのだろうか。

 ひどいゲームではあったが、フランスのこすさ、ちょっとした機転、ハーフバックスのキックが連続でチャージされたり(前半)、コンラッド・スミスに両足を抱えられたアリノルドキが倒れず立ったまま押し下げられたり、といった場面でわたくしは声を上げて笑ってしまった。まあ何というか、フランスは違うロジックで動いてるよねと、世界中が―― 99 年や 07 年の対戦を少しばかり思い出しながら――感じたことだろう。
 実際、攻守ともにここまで上手く運んでしまうと、わたくしがもし NZ 人だったら逆に不安を感じてしまうかもしれない。レ・ブルーは、控え選手は全員出場させたものの、必勝のスペシャル・プレーなどは見せずに済ませたともいえるわけで、次の対戦(があるとしての話だが
)は全く違った様相を呈すことになるだろう。

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2011年9月22日 (木)

トンガ 対 日本 プール A

 トンガ 対 日本 プール A 31-18(18-13) トライ数 3-3

 ひどい試合だった。もうワールドカップなど出なくていいんじゃないかと思わせるほどの完敗である。いやもちろん、客観的には対ニュージーランド戦の方がよりひどかったことになるはず――このような「ダブル・スタンダード」の存在は日本ラグビーの後進性の表れに他ならない――が、心あるファンにとっては、今日の対トンガ戦の方が衝撃的だろう。

 ゲーム内容に即していえば、ブレークダウンでの敗北、そして、あってはならないはずのハンドリング・エラーの頻発、これが敗因である。公式スタッツによれば、ターンオーバーがトンガの 9 に対し、日本は零。だがそれは結果であって、ボールを奪われないまでも、球出しはほとんど常に遅らせられ、対フランス戦のような素早い攻撃ができなかった。
 ジャパンの選手たち、とりわけ FW は、トンガのラッシュには試合開始直後から気づいていたと思うが、なぜ最後まで自らの集散の遅れを修正できなかったのだろうか。またスクラムで優位に立てないことを悟れば、ダイレクト・フッキングなど対処のしようはあったはずだが、この点でも修正は見られなかった。
 ダウンボールが相手に取られると思ったら、ボールを抱え込むのではなく、自陣側に強くプッシュしてラックを回避すればよい。SH と打ち合わせておけば特に問題はなかろう。ラック形成によるオフサイドラインはなくなるわけだから、敵プレーヤーはいっそう前に出てくることになるが、トンガの戦略はいってみればそれだけの単純なものだったのだから、その背後を狙って仕掛けるなど、やりようはあったはず。観戦していた人の多くは、ジャパンが何の手も打たないでいることに苛立ったに違いない。

 こうした点、つまり試合中に機転を利かせられなかった点まで JK の責任としてよいのか、わたくしにはわからない。フランスやオーストラリアといった一流どころにおいても、その場での修正が利かないということは少なからず起こっているからである。いずれにしても、大きな犠牲を払って必勝を期した試合に負けてしまった以上、今回のチームづくりはどう考えても失敗だ。すでに書いたと思うが、その失敗は GM や HC の責任であって、協会が健全であれば、彼ら、とりわけ HC との契約更新は当然のことながらありえない。
 ところで、選手たちは日本のために試合を戦ったのだろうか。そうではないだろう。試合に先立って国家を斉唱したりするので事態がややこしくなるけれども、選手はたぶん自分のために、というのはすなわち、自分がやりたいからこそ、やっているのだと思う。だから観客としてはあまり期待しすぎない方がよいだろう。
 ただ、頭があまりに弱いところを見せられると、何か一般の日本人まで同類に見られかねないので、次の対カナダ戦ではその点に気を付けてくれればなあと、ささやかな希望を記しておきたい(政治家に対しても同じようなことはもっと強く感じるが)。
 実際カナダは、この間の対フランス戦で、レ・ブルーがゴール前ハイパントからトライを奪った直後、それとまったく同じやり方でお返しができるほどには機転が利くチームである。前回大会でも、日本のトライライン付近でごちゃごちゃとファイトしている最中に、反対側がぽっかり空いていることにジャパンより先に気づいて(SH だったかな?)、キックパス→トライを成功させていた。

 それに、何といってもジャパンは弱い。近年弱くなったのではなく、ずっと弱かったのだ。ジャパンが強かったことなどこれまで一度もない。いい加減ワールドカップで活躍しておかないと、ラグビー人口の減少という事態もありうるけれども、協会がそれでよしとするなら何もいうことはない。税金を使っているわけではないし――おっと、確か 2019 年大会のために、確かサッカーくじの収益金を流用することになったのだった。財団法人日本ラグビーフットボール協会はサッカーファンからの批判に耐えられるだけの言い訳を用意できるだろうか。彼らはラグビーファンよりずっと手厳しいはず。

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2011年9月20日 (火)

エスタブリッシュメント

 確かに 2009 年秋の衆議院選挙は画期的な出来事だった。やはり政治は人を昂ぶらせるもので、たとえばフロベールに『感情教育』を書かせ、マラルメやプルーストのような人をさえ衝き動かしたのはこういうものだったのかと、日本から遠く離れた地でわたくしも感慨をそれなりに強くしたことを覚えている。自由民主党が政権から引き摺り下ろされるということ。昂揚感の由って来たるところはそれだったと思う。わたくし自身のところには何故か投票用紙が届けられなかったが、たぶん田中康夫の組織に投票していたと思う。
 何がいいたいかというと、その選挙で民主党に票を投じた人間は地獄へ堕ちろということです。それ以前の長きに渉って自民党を支持してきた連中も。
 民主党の連中には確かに課題を解決する能力がない。いま日本が直面している諸問題の根本原因が何であるかさえわかっていないだろう。だが、それら問題のほとんどすべては、実のところ自民党時代に生まれ、放置されてきたものなのであって、自民の議員たちには民主党を批判する資格はない。自民党政権を支えてきた当時の野党連中も同断である。

民主党税制調査会の藤井裕久会長は18日のNHKの番組で、東日本大震災の復興財源にあてる臨時増税や、社会保障財源にあてる消費増税に関して、「国会議員の定数削減は増税と同じ次元で考えないといけない」と述べた。増税に対する国民の理解を得るために、増税と並行して議員定数の削減をすべきだとの考えを示したものだ。

 また藤井氏は、東京都内で記者団に「政治の姿勢の問題。言い出しっぺが血を流さないことはあり得ない」とも強調した。

  9 月 18 日にこういう談話が紹介されている(時事、朝日)。増税はどのような形であれダメだ。欧米で流行の兆しを見せている「金持ち増税」は彼の地ではアリだと思う、日の本とは桁違いの金持ちが存在するから。いずれにせよ、増税を前提として語る人々、増税を受け入れるつもりの人たちは、乱暴にいえばエスタブリッシュメントの一員である。だがそれ以上に問題なのは、議員定数削減だろう。
 民主党はそもそも「官僚支配」を覆すといっていたのではなかったか。本気で実現するつもりなら、なすべきは削減ではなく、大幅な増大である。公務員(事務方)を仮に半分に減らしたとしても、うまく「使いこなす」というか、共同で正しい政策を実行するには現在の定員では少なすぎる。しかも現実の議員はバカばかりだ。藤井は大蔵省出身だろう? なぜそのような人間を税調のトップに据えるのか。政治家の数を減らせば、官僚の力が強まるだけではないか。議員歳費の額それ自体はたしかに見直す必要はあるだろうけれど、数十兆規模の予算全体からすればほとんど問題とはならないはずだ。強いて予算と絡めるなら、むしろ議員一人あたりの歳費を減らして、その分、あるいはむしろそれ以上に定数を増やさなくてはならない。これは「政治の姿勢の問題」などではなく、政治技術の問題である。

 自民党時代の終わり頃、正確にはやはり「バブル景気」の弾けたあとくらゐから、エスタブリッシュメントの姿があらわになった。むろんそれ以前にもエスタブリッシュメントは存在していたが、もはや身を隠さなくなったのだと思う。おそろしいことだ。
 話は変わるが、ラグビー日本代表は、ラグビー界のエスタブリッシュメントに挑む立場である。丁度、といえばよいか、特権を保持し続ける協会(とその代表チーム)は八つある。「オリジナル・エイト」と称されもするそれら協会の特権はとりあえずそのままで構わないとわたくしは考えるが、いずれにせよ世界大会の「ベスト 8」に何とか食い込むというのが、ジャパンの当面の目標である。南アフリカが加わった 1995 年のW 杯以降、エスタブリッシュメント以外で八強に勝ち残ったのは、95 年のマヌ・サモア、99・07 年のアルゼンチン・プーマス、07 年のフィジーだけ。逆に「オリジナル・エイト」でありながらグループ・ステージで敗退したのが、95・07 年のウェールズ、99・07 年のアイルランドである。
 それはいい換えれば、エスタブリッシュメントの内側にも序列が存在しているということであり、事実、トップ 5(英・仏・ニュージーランド・豪・南ア)とそれ以外の間には、今のところ、四強に進出できるかどうかという点で、かなりはっきりとした懸隔がある。
 ということは、その下に位置するスコットランド・ウェールズ・アイルランド三国はエスタブリッシュメントの枠内ではあれ、序列を覆そうとしていることになる。わたくしが積極的にウェールズを応援するゆゑんの一つだが、したがって、ジャパンも同様にして、これら三ヶ国のいずれかに勝って、八強にのし上がらなくてはならないわけである。たとえばアルゼンチンのように、あるいはフィジーやサモアのように。
 順序としては、だからまずはこれら三ヶ国と対等の試合ができるようになってから、スコットランドやアイルランドの地位を切り崩すということになるだろう。このプログラムを実行できる指導者はいるだろうか?

 本日のニュース。

反「ハシズム」集会に香山リカ氏ら 平松市長も出席(朝日新聞

 11月の大阪市長選に出馬する方向の橋下徹・大阪府知事の政治手法を議論するシンポジウム「『橋下』主義(ハシズム)を斬る」が17日、大阪市で開かれた。山口二郎・北大院教授らが主催し、自治体改革や教育行政に「政治主導」を打ち出す橋下氏の姿勢をファシズム(独裁主義)にかけて批判的に検証するのが狙い。同市長選で再選をめざす平松邦夫市長も会場に姿を見せ、識者らの議論に耳を傾けた。

 山口氏は基調講演で、橋下氏の政治手法について「上意下達の軍隊的官僚組織を作り、教育に競争を持ち込むやり方は多様性や自発性を否定している。政治主導ではなく単なる支配だ」と批判。「東日本大震災後に我々が必要としているのは相互扶助。政治は悪者を探してたたく見せ物ではない」と主張した。

 パネル討論では、精神科医の香山リカさんが、橋下氏の支持率の高さについて「次々にネタを出す刺激が受けているのでは」としつつ、「バトルの構図を描いて二者択一を迫るのが得意だが、世の中には白黒はっきりつかないことが多い」と指摘。帝塚山学院大の薬師院仁志教授は「橋下氏は軍隊的官僚主義と自由競争を求める市場原理主義という、両立しないものを時と場所に応じてしゃべる。長い目で見て(住民を)どこに連れて行くのか」などと疑問を示した。

          *

「反橋下知事」攻勢アピール 大阪ダブル選控え市民集会 大阪市長も聞き入る(産経新聞

 「橋下徹大阪府知事にもの申す」と、橋下氏の手法に批判的な有識者らがパネリストを務める市民集会が17日夜、大阪市内で開かれた。ファシズムをもじり「『橋下』主義(ハシズム)を斬る」と過激なタイトルで講演や討論が行われ、「病理を感じる」「大阪都構想は可能性ゼロ」などと厳しく糾弾。会場には平松邦夫大阪市長や既成政党の地方議員の姿もあり、11月に想定される大阪市長選と府知事選のダブル選が近づく中、勢いづく橋下氏や大阪維新の会に対し“反橋下派”が反転攻勢をアピールする形となった。

 市民有志の実行委員会が企画。約220人が訪れ、会場は立ち見も出た。

 基調講演した政治学者の山口二郎・北海道大教授は「大阪には日本政治の苦悩と危険が凝集している」と指摘し、橋下政治の特徴を「官僚主義と単純な市場競争主義の組み合わせだ」と説明。「橋下知事は権力による支配をしている。上から枠をはめないといけないという貧困な人間観しかない」と激しく批判した。

 さらに、大阪都構想の実現性について「実現の可能性はゼロだと思う。だからこそ、いつまでもこねくり回している」と述べた。

 講演の後に行われた討論でも、橋下氏の手法や姿勢を疑問視する意見が続出。精神科医の香山リカ・立教大教授は「橋下さんはバトルの構図を描くのが得意だが、世の中の価値観では白黒つかないことが多い」とし、「精神科医としては、白か黒かしか判断できない状態には病理を感じる。橋下知事を支持する人が増えているのは、追い込まれている人が多いからのようにもみえる」と指摘した。

 また、社会学者の薬師院仁志・帝塚山学院大教授は、維新が府議会で議員提案する教育基本条例案をめぐり、府内部でも反発が高まっている現状をとらえ、「橋下知事が選んだ教育委員でも、維新の会と違うことを言えば、自分の意見が通らないような状況。そんな状態で民意が反映されるとは思えない」と話した。

 大阪市長選への再選出馬の正式表明を2日後に控えた平松市長。集会では会場の最前列に陣取り、“ハシズム”をめぐる議論を熱心に聞き入った。集会後、報道陣に対し「私自身が(橋下氏について)言ってきたことが、ある程度凝縮されていた」と集会の内容を評価。市長選については「大阪市をつぶすかつぶさないかという選挙になる」と意気込みをみせた。

 市長選で“反橋下派”の幅広い支援を集めたい平松氏は「(維新が勢力を伸ばしている)今の大阪の状況が、全国に波及することを防ぎたいと思っている人はいっぱいいる」と指摘。支援の広がりに期待を寄せた。

 一方で「大阪の良さを引き出す動きが軌道にのり始めている」とも述べ、「その動きをつぶすというのか」と橋下氏を牽制(けんせい)した。

 まず疑問に思うのは、なぜ山口二郎だの香山リカだのといった、大阪と何の関係もない連中が駆り出されているのかという点だ。わたくしは大阪市民ではないけれども、橋下の思い描く「大阪都」が実現すれば、東京 23 区のような特別区に入るであろう地域の住民だから、まったく無関係というわけでもない。「大阪都」の構想は、判断材料となるべき詳細なデータが与えられていない以上、一般の民にとっては今のところ、是非を云々する以前の画餅にすぎないが、山口は何を根拠に「実現の可能性はゼロだと思う」のだろうか。それを説明しないなら、彼もまたエスタブリッシュメントそのものというほかない。学者ならむしろ、たとえば夕張市と大阪市(そう、大阪市は「破綻」前夜の夕張と同じほど危機的状況にある)を比較するとか、いろいろあるだろうに。
 もっとも、メディアがそうした説明をカットしてしまった可能性もないではない。近年(いや、昔からか?)マスメディアの堕落ぶりは酷いよね。スポーツ番組などでインタビュアーは決まって選手の「気持ち」を、というかそれだけを尋ねるのだが、それだと選手は気持ちを述べる前に自分でゲームを振り返って分析しなければならなくなる。そうじゃなく、まずは取材側が分析してみせるべきだろう。だいたい、選手の気持などべつだん聞きたいとは思わないし、聞かなくともわかるよ。勝ったら嬉しいし、負けたら悔しいに決まっているじゃないか! 中田英寿や北島康介の苛立ちは当然である。まあ北島は最近は大人になって、グッと堪えているんだけど。とにかく、インタビュアーはまともなジャーナリストによるインタビュー(本や記事)を再読、三読して技術を習得しなくては話にならない。蓮實重彦の『光をめぐって』でもよい(巧すぎて気持悪くなるほどだが)。
 それで、だからこのニュースでは、「有志市民」の企画によるこの集会を訪れた「約 220 人」がどのような人々であるかを調べないと、片手落ちでしょう。

 「大阪市をつぶさない」ために市長選への立候補を決めたと、平松はいっている。しかしその「大阪市」とは何だろうかとよくよく考えてみると、守るべきと彼が考えているのは結局のところ、大阪市役所にすぎないのではないだろうか。市の境界線や金の動きが変わることによって「つぶれる」ようなものなら、敢えて護るほどのこともない。そんなものは潰れてしまえ。

 (未了)

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2011年9月18日 (日)

ウェールズ 対 サモア グループ D

 ウェールズ 対 サモア 17-10(6-10) トライ数 1-1

 ウェールズが勝ったことをとりあえず喜んでいるのだが、サモアとの差はそれほどなかった。いくらかでも優位といえたのはスクラム(しかし反則もとられた)、それにバックスの得点力――というか、トライに結び付いたカウンターアタックのスピードくらいだった。ブレークダウンは互角、しかしいわゆる「ワン・パス・クラッシュ」で少しづつ確実に押し込まれて、前半に三、四度、後半も一度トライラインまで追い詰められ、前半終了間際は耐えきれずにトライを許したのだから、負けていてもおかしくなかった。
 たとえばスプリングボクスなら、敵が疲れるか隙を見せるまで攻めさせておいて、ここぞというところでブルッソウらが割と簡単に――と見えてしまう――ボールを奪い、すぐさま外に展開して逆襲するというプランになるだろう。昨日の対フィジー戦がまさにそうしたゲームだった。
 ウェールズはその域まで達してはいない(し、その方向を極めるつもりもないだろう)から、主導権は握ったままで攻めさせるというより、PG で得点を重ねてトライの機会をうかがいつつ、文字通りに耐えることになる。戦略がはっきりしないまま臨んだ前回大会では、フィジーとの壮絶な攻め合いの果てに「自爆」したようなものだったが、今回はその轍は踏まぬよう、確実性に賭け、とにかく耐えに耐えているわけだ。
 まあだから、大会全体としてはつまらない、というか NZ を除いてどのチームも(フィジーでさえ)同じに見えてしまうのでそろそろ飽きてきたというのが正直な感想である。

 サモアは 11 番トゥイランギの存在をちらつかせつつ、ワンパスクラッシュ→ラックのパターンと、展開プレーとを交互に用いて前進を図った。敵ゴール前に迫った回数ではウェールズを圧倒した(22 メートルライン内にいた時間では三倍近い差となっている)し、1.5 倍も多くタックルさせるなど、おそらく意図した通りの攻撃ができたのではないだろうか。
 ウェールズの方は、ラックからのピック&ドライブに、大型プレーヤー(ロバーツ、ノース、ファラタウ、両ロックら)による突進――必ずしもラックを目的とはせず、あわよくばそのまま抜け出て大きくゲインするための――を織り交ぜる。さほど効果的でなかったとすればそれは、ブレークダウンでも展開プレーでもミスが多かった(これはサモアにもいえる)のと、要するに安全第一だったからだろう。

 ウェールズのトライ(65 分くらい)は、ハイパントをキャッチしたあと、三人のタックルを潜り抜けて大きくゲインした FB リー・ハーフペニーから CTB ジョナサン・デイヴィス(!)、WTB シェーン・ウィリアムズとボールをつないだカウンターアタックによるもの。S・ウィリアムズがきちんとサポートしているのが立派というか、当然なのだろうけど、7 点差をつけて漸く勝ちが見えてきた瞬間だった。

 フックに代わって後半から出場したハーフペニー、わたくしは久しぶりに見た。スピードと、レンジの大きなプレースキックが持ち味とされるウィンガーで、シェーンから 11 番ジャージを引き継ぐことになるはずだが、フルバックのバックアップとしても貴重な存在である。というより、ディフェンスを含めていえば、フッキーよりよほど安心して見ていられるプレーヤーだが、180 センチ弱の体格でなぜこのレベルの FB がこなせる――こなせるというのは例えばハイパントを正確に捕球できるというようなことも含めて――のか。あるいはむしろ何故ジャパンにこうした FB が現れないのだろうか? 単純な足の速さ、吉田義人や SH のような俊敏さ、そして力強さ、ロングキック。こう考えると、たいそう恵まれた選手ではあるのだな。

 わたくしはアイランダーズを原則的には応援するが、ウェールズと日本は例外で(いやあ、実は日本も島民なんだけど)、だから全体としては、何とか勝ててやれやれというところである。消耗が激しそうだし、怪我人の具合など心配な点も残るが、プロップのジェンキンスの出場見込みがようやく立ったし、フィジー戦は実に楽しみだ。フィジアンがどのようなゲームをするかも含めて。

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