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2012年1月 8日 (日)

第 48 回大学選手権決勝

 帝京対天理 15-12(12-7) トライ数 2-2

 体格で劣るチームが如何に戦うかという観点からすれば、今回の決勝戦は非常に興味深かった。ここ数年で随一とさえいえるかもしれない。比較対象として――まあわざわざ別のチームと対照させる必要はないという意見はありうる――思い出されるのは、かつての早明戦ではなく、1992 年度大会で優勝した法政だろう。競技のオープン化以前のことゆゑ、今にして思えば牧歌的というか、さまざまな点で異なっていたけれども、軽量だが機動力にすぐれ、よく働くフォワーヅと、決定力のあるバックスから成るチームとしてある程度まで似ているといえるのではないだろうか。
 もちろん、あの時の法政はのちの代表(坂田、伊藤、苑田、秋山)やそれに次ぐクラスのプレーヤー(中瀬とか)を多数擁していたわけで、チーム総合力の純粋な比較というのはあまり意味がないけれど、それでもこうした、やや偏頗な見方が成立するとすればそれは、ただ大学間の試合というにとどまらず、ジャパンの戦い方とどこかでつながっている、あるいはつながっていて欲しいと思わせるところがあるからだろう。
 事実、1992 年当時にテレビの解説をしていた小藪氏は、その後ジャパンの監督となってから、たとえば法政 FW 第一列を起用するなどしていたはずだ(A 代表だったかしら?)。法政のゲームに感心し、しかしそこから何かを学んで代表チームに応用するのではなく、たんにその選手をちょっと使ってみただけというところに、同氏の監督としての浅はかさが表れていると思うし、それが 95 年のワールドカップの惨劇につながったのは間違いないところだが。
 それはともかくとして、法政はバックスのラインを深く敷いていたから、その点では横井章氏の説く方法とも、そして天理のやり方とも異なっていたが、スペースのない状態で攻めることが求められる現代のラグビーに有効なのは、もちろん浅いラインである(もっとも、準決勝の対関東学院戦では立川は飛ばしパスを多用していた)。

 ボールおよび地域支配率で圧倒された天理はよくやったと思う。というか、勝ってもおかしくなかっただけに、プレーヤーも、そして監督も(監督としては)初めての決勝ということもあり、勝ち方、勝ち試合の締め方に甘さがあった点、大いに悔やまれる。
 具体的な敗因としては、ボールを大部分支配されるとう前提でマッチに臨んでいたとすれば、ラインアウトのミスと、ハンドリングエラーということになる。またボール支配率で五分を見込んでいたとすれば、戦略の間違いということになるだろう。
 また、ラック周辺での反則(たとえば横から入るなど)の多さは気になった。レフリーの見逃し・見落としに救われたという面が多分にあって(帝京にも同じことが幾分かいえるけれど)、プレーの質自体がもたらす緊張感は、僅差の勝負にもかかわらず、あまりなかったように思う。

 帝京はディフェンスがやはりうまかった。ボールが取れないこともあって、天理の CTB コンビが辛抱しきれずに強引なクラッシュを仕掛けてしまう場面が目に付いた。天理のフロントスリーは準決勝ではパスのタイミングや受け手の走り込む角度の工夫によって面白いようにラインを突破していたが、今日はブレークできたのはほんの数回だったと思う。それは要するに、帝京のライン DF がバイフとハベアをよく封じたということだろう。クリエイティブという感じはほとんどないが、帝京が総合的に一番強かったのは間違いない。

 手放しで天理を称賛するというのではないけれども、この日のゲームをもう一度ゆっくりと見返していろいろ分析してみたいという気になったし、また例えば早稲田や筑波とのゲームがどのようになるかという夢想に誘われもした。
 立川選手はきちんと育てれば 2019 年の SO になるかもしれない。 早稲田出身の好プレーヤーたちが上手い具合に伸びずに終わるのをわれわれは歯痒い気持で見てきたが、その二の舞にはならぬよう祈るばかりです。

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