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2014年12月

2014年12月31日 (水)

回顧 2014

 新語流行語大賞の受賞語句、なんだか全然知らないものばかりだ……。個人的には大賞は「STAP 細胞」と思うが、それとは別に印象深かったのは「SHINE !」、つまり首相官邸主催「輝く女性応援会議」のオフィシャルブログのタイトル『SHINE! ~すべての女性が、輝く日本へ~』 DEATH ね! (「が」の後の読点も気になるなあ)
 軽薄なわたくしは、あるフランスの哲学者の名を無意識に舌先に上らせかけましたが、あまりの底の浅さに、「デ……」と、すんでのところで飲み込んだものです。デ、でも特別賞には値するでしょう。自民党の総選挙勝利にちなんで、こうエールを贈ってもよい、
 小渕優子議員、SHINE!!!

 ところで、似非左翼、似非リベラルは割とよく「死ね」っていいますよね。池田香代子さんとか。ああだから、「ヘイトスピーチ」が次点かな。
(ちなみに、安倍はもちろん居なくなって構わないのですが、その前に、福島の大惨事の責任を松永や寺坂、勝俣、清水らと共に取らせないとね。そこのところがわかっていないからこそのエセであるわけです。死んでも何の意味もないのよ)

 わたしくは女の雇用促進、たとえば、就職希望者がいる限りで「アファーマティブ・アクション」を支持しています(競合する男にとっては不利に働くでしょうし、また雇い入れる側には賃金抑制への思惑もあるのでしょうが、それでもなお)。しかし小渕優子は許しがたい。まずあのいかにも狡そう――「こすそう」と入力しました――な貌に積極的に嫌悪を覚える。その小狡さが本業の各種折衝で活かされて shine するならいい。でもそうぢゃあなくって、ただただ公金を掠め取るためだけに発揮されているわけでしょう? なぜこんな人間を当選させる? というか、世の中、税金に(必要以上に)たかろうとする奴が多すぎやしないか? 「男女共同参画社会の推進のために」という政府の事業も然り。この種の欺瞞にかかわっている連中がひとり残らずゼウスの雷――「いかづち」と入力しました――に打たれて shine しますように!

 えーっと、何の話だったかな。ああそうそう、2014年を回顧するということでいえば、大きなものとしては例えば「従軍慰安婦問題」という問題がありましたねえ。でもわたくしは、これはむしろ韓国問題、つまり韓国のナショナリズムの問題だと思う。何しろ歴史の浅く、今まさに国家として必死に自己肯定すべく、何らかの神話を捏造しようとしている、そういった国が世界に向けて騒ぎ立てた(そして今なお騒ぎは収まっていない)一連の茶番。民族主義の激昂はどのような国も通る道だから、大目に見なくてはいけない――とはいうものの、目に余る騒ぎではありました。市井の人間が愛想を尽かすことになったのも無理はない。これまでわれわれが反省してこなかったとでも? 「誠意を見せろ」って……暴力団の常套句でしょうが。
 事実としては逆に、われわれは、というか例えばわたくしは「われわれの父祖は本当にひどいことをしでかした、申し訳なく思う」と反省してきた、あるいは学校その他で、そのように仕向けられてきました。反省は計量的なものではないので、「十分」ということはありえないわけですけれども、われわれは何の疑いもなく謝罪の念をもって朝鮮人と接してきました。
 ところが、語り聞かされてきた事柄が事実とは異なるらしいと、いつの頃からか噂されるようになって、そうすると真実(史実)を知りたくなるのが自然の流れでしょう。実際、STAP 細胞が「検証」されなくてはならなかったとすれば、同様の試練がこの「従軍慰安婦問題」問題にも課されなくては筋が通らぬはずです。いわれるようなことが本当にあったのなら、われわれは謝罪をいっそう深くすることに吝かではありません。逆にいうなら、真実が明らかとなるまでは態度を一旦保留しますよと、これが普通の人間の考えだと思う。
 このような文脈において、Change.org での「河野談話の維持・発展を求めます」署名プロジェクトは、わたくしには似非リベラルがどのようなものであるか再認識するのに大いに与った出来事でありました。発足時期からいっても、河野談話の「維持」とはすなわち歴史的事実の検証の差し止めに等しいものだったからです。同署名の呼びかけ人の主体が歴史学者であったことはきわめて示唆的であって、まあ政治的活動は好きに行なえばよいわけですけれど、それなら署名を研究者に限定する意味がわからない(検証するなって、知の営みを放棄してどうする!)。同プロジェクトに賛同しているらしい永井和という人は

[…]安倍政権は国内外からの批判を受けて「河野談話」を「見直すことは考えていない」と表明しましたが、その「検証」を進める方針は変えていません。いま安倍政権が進めようとしている「検証」は、河野談話があたかも根拠のないものであるかのような印象を国民に植え付けてその内容を実質的に否認しようとするものであり、そのような「検証」作業を認めることはできません。

と書いておられるが、われわれは河野談話以前に、何よりまず、真実を知りたいのです。その談話が事実との間で齟齬をきたしているのなら、修正すればよいことではありませんか。要するに、日本の歴史学は中国や朝鮮のそれとは一線を劃すものであるとわたくしは考えてきましたが、どうやら同じ類のものに過ぎないのだと諦念するほかなかったのでした。この際、小保方氏を見習ってはどうですか。彼女は曲りなりにも検証はやり遂げましたぞ。
(参考URL:http://rekiken.jp/appeals/appeal20141015.html, http://www.maroon.dti.ne.jp/rekikakyo/movement.html

 「従軍慰安婦問題」問題は、大韓民国のナショナリズムの問題、彼の国の損なわれたと称される自尊心(実際は歴史的裏付けのないただの面子)の慰撫の問題であるとして、そしてだから「誠意を見せろ」と迫ってくる相手とどう折り合いをつけるかという問題になるわけですが、それとは別に、「従軍慰安婦」の問題は、戦時下の女の人権侵害の問題として、また結局は戦時平時の別にかかわらず、女の差別・搾取の普遍的問いとして考究されなくてはならないものでしょう。
 それが「日本軍による」と限定されているかぎり、普遍的な問いとして扱われることはいつまで経ってもありえないように感ぜられます。逆にいうなら、問題を日本に(あるいはまた二国家間に)限定することで、一般的女性搾取構造が温存されるのではないかと、わたくしは惧れています。日本の似非左翼・似非リベラル連中がその名に値する存在でしかないのも、問いを一般的なそれに向けて開こうとはしないがゆゑのことにほかなりません。「慰安婦」問題を国対国の問題として問うてもほとんど意味はないのであって、女を搾取する普遍的構造の問題(極限においては結婚制度も含まれるような)として検証し、解体すべく行動を起こさなくてはならないのです。この観点からすれば、韓国の支配層は innocent ではありえませんね。実際、第二次世界大戦に関する戦時補償ならともかく(しかもそれは既に決着している)、一般的な女性搾取問題については、売春婦の一大輸出国として知られる大韓民国はまずその犯罪について大いにそして深く反省すべきではないでしょうか。罪とはこの場合、売春以外の仕事を女に与えぬということです。モノホンのリベラルなら、韓国政府に対し「女に(売春以外の)仕事を!」といわなくてはなりません(リベラリズムとアファーマティブ・アクションは原理上は矛盾するものなのですが!)。
 つまりたとえば日本の反体制派(女性差別反対派が含まれる)は、韓国の反体制派とこそ協同しなくてはならないのですが、実態はといえば、巧まずして同国のエスタブリッシュメントの走狗となってしまっている(なぜ日本人慰安婦のことが話題にならないのか)。韓国側は韓国側で、差別や戦火から逃れるべく日本にやって来た人々までもが民族主義に絡めとられて「右傾化」し、国家神話を支持することもしばしばですね。韓国発のニュースは気の滅入るものばかりですが、それでも時に女性差別・搾取が告発されたとの報道に安堵を覚えることがあります。そうした告発を真摯に受け止めることのない韓国人は、日本のカウンターパート同様、女の搾取構造から何らかの利益を受ける人間なのだと、この際いい切ってしまいましょう。

 念の為にいい添えておくと、このようにいうことで旧日本軍の免罪が企図されているわけではありません、それとこれとは話が別なのです。そもそもわたくしは旧日本軍にも現代日本の体制にも自己同一化していませんし。旧日本軍の所業だけが取り沙汰される根拠というのは実のところ、極東軍事裁判に、ということは要するに旧大日本帝国が戦争に敗れたことにしかない。ノルマンディーや朝鮮半島、ベトナムに進駐したアメリカ軍、満州や朝鮮半島に進出したロシア軍、あるいは太平洋戦争・朝鮮戦争・ベトナム戦争に従事した韓国・朝鮮人兵士や国連軍兵士に訊いてみればよい。戦場に女はいたかと。そして汝は姦淫したかと。簡単なことです。そして敗戦国の罪だけが問われるこの構図に依拠するかぎり、われわれはたとえば広島・長崎への原爆投下という、「人道に対する」非道な罪を戦勝国たるアメリカ合衆国に対して問うことができない。それでいいわけはないでしょう。まあ、日本のエスタブリッシュメントは諒解済だったのかもしれないけれどもね。
 いずれにせよ、戦勝国でないどころか、日本の一員として戦争に加担し(そして負け)た韓国がおのれの立場の二重性を顧みることなくそうした構図に単純に乗っかろうとしているのはおかしいと思います。韓国のエスタブリッシュメントがこの「慰安婦」問題を、あるいは端的に「慰安婦」神話をどのように利用しているか、そろそろ専門家による分析が行なわれてもよさそうなものです。

 「従軍慰安婦」問題を二国間の問題として、そしてだから日本の悪行としてのみ論ずるような連中の議論はまったく信用できない。そもそも事実がほとんど明らかになっていないわけですし(吉田清治証言は捏造だったわけですが、そのことが証明するのはごく限定的な事柄にすぎません)。が、それとは別に、というか歴史的事実の発掘・検証と並行して、女の差別・搾取構造の批判へと通ずるような仕方で問題系を再考し組織し直さなくてはならないはずです。

 それに、正直いうと、歴史認識とかいいながら何故、より近い過去の例えば朝鮮戦争やベトナム戦争ではなく、それを飛び越えて第二次大戦にのみ遡るのか、また戦時下のさまざまな犯罪、人権侵害のうちで何故「慰安婦」だけが今問われることになったのかわからない。日本軍は欧米帝国主義諸国が武力でわがものとした各地の権益を横取りし、奪い返されぬよう確保するために戦争したのであって、姦淫しに出かけて行ったわけではないのだから。敢えて邪推するなら、それこそ韓国人の自尊心を激しく損ない、そのことによって彼らが今まさに目覚めつつあるナショナリズム、民族主義をいっそう焚きつける事柄であるからかもしれません。女にしてみれば「いい迷惑」というほかないけれどもね。

   *

 話は変わりますが、あるチッターでこういうことが呟かれていました。

○○○○さん、柴田元幸の翻訳はゲーテ的で多和田葉子の翻訳はヘルダーリン的だと書いてる(わかる気もするがわからない気もするが)

 そりゃあ「わからない気もする」でしょうよ。俺だってわからないもの。そのような発言(前半)はしてないんだから。文章はもう少し丁寧に読みましょう。というか訳者あとがきなんて軽く読み飛ばして忘れてしまえばいいんですよ。

   *

 国立競技場の建て替え問題というのもありました、というかまだ全然解決していない。
 オリンピックはどうでもよいが、この新競技場は2019年ラグビー・ワールドカップでも活躍する予定なので、わたくしは高い関心をもって事の推移を追っているところです。詳しい方(たとえば森山高至氏)によると、最悪の事態を避けうる刻限が今まさに迫っているそうで、ということは、政府の関係する案件に本物の教養人が参画しなくなって久しい日本の公共事業の常として、最悪の決着を迎えることになるのでしょう。
(参考URL:http://weblog.benweb.net/archives/495, http://ameblo.jp/mori-arch-econo/entry-11879613744.html

 サハ・ハディド案の採用も一種のアファーマティブ・アクションと解すべきなのかしら。すでに醜悪な東京に新たにひとつ醜いものが加えられたところで大勢に影響はないと諦める一方でやはり、青山通りから神宮外苑にかけての街並みは護られるべきとも強く思う。東京の皆様方には、大阪の安藤忠雄が多大なる御迷惑をおかけして……と謝罪しなくてはいけませんね。個人住宅専門の建築士がスタジアム建設に見識を活かせるはずもないのに。
 ハコモノ行政の問題点はいくつもあるわけですが、そのひとつに数えられるのは街殺し、すなわち一切をハコの内に囲い込むという、阪急の小林一三に由来し、東急が真似たともいわれる開発手法ですね。大阪・梅田の「阪急村」の惨状を御存知ならきっと理解していただけるでしょうけれど、あの辺りでは道とはただハコとハコをつなぐためだけの通路に成り果てております。歩いても気が滅入るばかりの、吐き気を催しさえする連絡通路。道(路、途、径)とはしかし、未知に通ずるもの(the STReet could imply the STRange)ではなかったでしょうか?

 今わたくしは随分とアクロバティックなことをいいましたが、割と本気でそう考えているところがあります。いずれにしても、大阪や東京は、こんな開発――バブル期は終わったというのに!――に勤しんでいるかぎり、パリやニューヨークに追いつくことなど夢のまた夢、おそらく永遠にかないはしないと、つけ加えなくてはいけないのかもしれません。

   *

 

 (未了)

 

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2014年12月28日 (日)

衆議院選挙データ

先の総選挙のデータ覚書。

 全国比例代表区合算

与党  24,838,981  47%   94(+16)

自民  17,564,292  33%   68(+12)
民主  9,744,306  18%   35(-2)
維新  8,345,055  16%   30(+1)
公明  7,274,689  14%   26(+4)
共産  6,040,875  11%   20(+12)
次世  1,405,371   3%    0(-16)
社民  1,310,610   2%    1(0)
生活  1,028,633   2%    0(-4)

 東京都比例代表区合算(5,729,151)     大阪府比例代表区合算(3,532,741)  内 大阪市(999,329)

与党  2,548,113  44% (8)     与党  1,472,397  41.6%         41.4%

自民  1,847,986  32% (6)     維新  1,143,606  32.3%   331,343  33.1% (35.3)
民主  939,795   16% (3)     自民    875,897   24.7%   230,797  23.0% (20.3)
共産  885,927   15% (3)     公明    596,500   16.8%   183,442  18.3% (15.6)
維新  816,047   14% (3)     共産    449,059   12.7%   140,410  14.0% (8.6)
公明  700,127   12% (2)     民主    293,606    8.3%    65,479   6.5%  (7.9)
次世  253,107   4% (0)                            (※2012衆院選
生活  156,170   3% (0)
社民  129,992   2% (0)

 近畿比例代表区合算(8,445,221)       大阪小選挙区合算(3,183,491)

与党  3,678,223  44% (13)     与党  1,462,241   46% (13/19)

自民  2,442,006  29% (9)     自民  1,123,936   35% (9/15)
維新  2,202,932  26% (8)     維新  945,027   30% (5/13)
公明  1,236,217  15% (4)     共産  603,756   19% (0/19)
共産  1,084,154  13% (4)     公明  338,305   11% (4/4)
民主  1,047,361  12% (4)     民主  237,547    7%  (1/5)
次世   175,279   2% (0)      次世  104,198    3%  (0/3)
社民   124,494   1% (0)      無所  37,477     1%  (0/2)
生活    97,398    1% (0)      生活  30,792     1%  (0/1)
                       社民  11,286     0%  (0/1)
                            

参考

 2011大阪市長選(有権者2,104,977=投票率60.92%)    2011大阪府知事選(有権者7,032,033=投票率52.88%)

橋下  750,813 59% = 大阪維新の会         松井  2,006,195 55% = 大阪維新の会
平松  522,641 41% = 無所属(自・民・共)     倉田  1,201,034 33% = 市町村連合等

 2013堺市長選(有権者675,334=投票率50.69%)

竹山 198,431 58% = 無所属(自・民・共・社)ほか
西林 140,569 41% = 大阪維新の会

 2014大阪市長選(有権者2,114,978=投票率23.59%)

橋下  377,472 88% = 大阪/日本維新の会
藤島  24,004   6% = 無所属
無効  67,508 投票総数の14%)

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