カテゴリー「翻訳」の記事

2020年8月14日 (金)

翻訳(論)について

『他者という試練』が版元で品切れになっていることに気づいた。いつ頃そうなったのかわからない。皆が「ポチッとする」例の通販サイトの該当ページを覘いてみると何と! 一万円を超える――どころか二万五千円などという法外な値がつけられているではないですか。いやーこれはちよつと。六千八百円でも高い(自分が学生だったら多分買えない)と思うのに。
 手元に何冊か置いてあるので、欲しい方に(消費税抜きの定価で)譲ることは可能だろうし、是非そうしたいところだけど、それが結局おかしな値段で転売されてしまえば意味はなくなる。いやあ、困っちゃったなあ、というわけで、差し当たりわたくしに出来ることはないので、来るべき重刷に備えて訳文を見直すこととする。重刷がいつになるのか、その際、版を修正することは可能なのか、またそもそも重刷されるのかわからないけれども。

       *

 翻訳論ってやはり難しい。自他の訳業の不備を指摘したり、改善策を提案したりするのは技術的に充分可能としても、それを翻訳行為の本質に結び付ける形で論ずるのはそう簡単なことではない。例えば小説の翻訳に即していうと、文学について、言語について、またもちろん原作についての思考が必要ということがひとつ(それなしでは昔日の「誤訳の指弾」と大して違わなくなるわけだから)。そして、実務との距離が他の研究におけるより近いということも大きい。
 要するに、原文の性質に応じ変わってくる「翻訳」のあり方それぞれについて別箇の考究が必要となるからだろう。その点に思い至らず十把一絡げに「翻訳」と称するものだから、云々。
 一例として、昨今の「翻訳研究入門」みたいな本で必ず一章が割り当てられている「字幕翻訳」。まず名称がおかしい、というのは古えの無声映画で挿入される説明文の翻訳としてなら妥当であろうけれど、現代の有声映画では文字列は、ゴダール作品か、さもなくば劇中で発せられる外国語(米語作品におけるスペイン語など)の説明としてしか殆どそもそもは用いられまい。つまり、「字幕翻訳」と称される作業は――それ自体はもちろん必要なものだが――実のところ原典では声として発せられる言葉を文字に変換し、それをフィルムというか映像に被せているわけで、これは厳密にいうなら、文書の翻訳とは種類の異なる営みだろう。「変換」と、だからとりあえず表現したわけだが、そしてしかしこの「変換」は、いうまでもなく、拡大された「翻訳」として、考究さるべき営みではあるけれども、「字幕翻訳」研究者はおそらくそこまで考えてはいないよね。無声映画時代に活動を始めた作家(たとえばヒチコック)はもちろんのこと、有声映画時代の才ある作家も音声なしで語る術を心得ているはず。それは北野武の作品を観れば例えば直ちに諒解される。初期傑作群の掉尾に位置するだろう『キッズ・リターン』(1996)で不可欠な台詞は一番最後の「まーちゃん、俺たちもう終わっちゃったのかな――ばかやろう、まだ始まっちゃいねえよ」だけだよね! それ以外の台詞はなくてもさして困らないはずなので、ええつまり、申し上げたいのは、映像で勝負しているだろう作品の、その映像に、元は存在しなかった文字列をスーパーインポーズすることの意味を、皆さんは一体考えたことがあるのかと、ささやくように問いたいのです、わたくしは。
 現状はというと、制度的な翻訳研究は、そうしたことを考えさせるようにはなってゐないと思う。語られる言葉を書き付けるという営みは、人間一般の言語活動にとって重要というのみならず、実のところ日本語の誕生という世界史上の一大事件にさへ触れている、決して軽々しく扱ってはいけないもののはずだが、そうした事柄とほとんど無関係に産出される論攷の数々にわたくしはうへえとなる。なる。
(うへえとならない為に、翻訳とは別の「現地化 localisation」として例えば考究してはどうかと提案しているのだが、どうなることやら。)

 閑話休題(なんと便利な表現だろう!)。関西大学大学院で講師をしていたとき、院生諸君の笑いを獲得する「鉄板」のネタが少なくともふたつあったことをあなたは知らないでしょう。ひとつは、わたくしはフランス語領域担当ということもあり(他の二人は独語と英語)、ルネサンス前後のいわゆる「知の移転」の概要を講ずる役割を担っていた。というか自分でそのように決めたのだったが、この translatio studii と現代の translation studies、これら両者は字面は似ているよね、ちなみにこのことを指摘したのは世界で私が初めてです――という冗談は受けた(あるいはむしろ、院生さんが優しさをもって笑ってくれたというべきでしょうか)。
 いまひとつ、笑われたのは、例えばイタリア南部の農夫の日常を描いた小説を日本語に訳した場合に、主人公のイタリア人がトマトを握りしめながら「なんでやねん!」などと上方言葉を発するのはありえないというような話(むろん笑いはホワイトボードに「なんでやねん」と書き付けたときに起こる)。
 大切なのは、(日本とまるで無縁な)イタリア農民が日本の一方言を話すことなどありえないということ(これは皆さん理解してくれた)と同時に、ではなぜ共通語は喋ってよいのかという点である。よくよく考えてみればわかることだが、日本のことなど何ひとつ知らぬ、どころか興味さへもたぬイタリア人農夫が、上方の言葉はいうまでもなく、共通であれなんであれそもそも日本語を話すわけがない。話すわけがないのに皆――というのはつまり翻訳された外語人たちは皆――共通の日本語を巧みに操っている。驚くべきことだが、驚くより先にまづはそれが不自然(fremd, étranger, strange)なことと思える感性が翻訳論には必要だとわたくしには思われる。

« […]. – Mais alors, il y a une différence immense entre une toilette
de Callot et celle d’un couturier quelconque ? demandai-je à Albertine.
– Mais énorme, mon petit bonhomme, me répondit-elle. […]. »(Proust : À l’ombre des jeunes filles en fleurs (1919), À la recherche du temps perdu, édition de J.-Y. Tadié, t. II, 1988, p. 254)

「[…]。じゃあ、カロの装いとそこら辺りの仕立屋の装いではたいへんな違いがあるんですか? 私はアルベルチーヌに尋ねた――もちろん段違いよ、坊やね」。彼女は私にそう答えた。

 井上究一郎は文章が上手い。本当に上手い。だがしかし、フランス人が「坊やね」などというだろうか。いいはしまい。というより、「私」やアルベルティーヌはそもそもなぜ日本語で話をしているのか? そこのところに何の疑いも抱かぬような人はたぶん翻訳を論ずるにあたって最重要の資質を欠いていると、わたくしには思われる。
(念の為にいい添えておくなら、そうした資質がなくとも翻訳は可能だし、立派な訳業が産み出されることさえあるだろう。)

 中井秀明さんがウェブサイトをひとつにまとめられるとのことで、以前読んだ評論(2009年2月)を再び読む機会があった。わたくしが上に述べたような事柄が別の角度から触れられている。文章の主題ではないけれども、初読の際に印象に残った箇所である。

「カフカが『aller(行く)』と言うと、訳者たちは『marcher(歩く)』と言う」。このクンデラの言い分がほんとうに正しければ、訳者たちの不忠実は、「aller」と「marcher」の違いが明らかなのと同じだけ明らかだ。でも注意したい。『城』の仏訳者たちはけっして「aller」(フランス語だ)を「marcher」(フランス語だ)に言い換えた(これなら「類義語化」でもいい)わけではないのだ。正確には、「gehen」というドイツ語を「marcher」というフランス語に翻訳したのである。この違いはあいまいにしておいてはならない。なぜなら、このように正確に認識することで、「行く」と「歩く」に対するのと同じような、自動的な不忠実の判定ができなくなるからである。

 えーつまりカフカはあくまで gehen と書いているのであって、aller と書いてはいないということ。きわめて重要な指摘と思う。そして翻訳研究に携わる人は、この一点に先づは立ち止まる、というか躓いて欲しいと願う。翻訳とは、そもそもが無理な営みであると、外語人にこちら側の言語を無理やり喋らせることなのだと。あるいはむしろ、その外語人がこちら側の言語を学ぶ、その手助けを行なうことであると(ふつう人はまづ共通語を学ぶよね、方言ではなく)。
 これまであまり問題とされてはこなかった事柄、あまりに自明だからということだろうか、折角だからベルマンに即していうと、

異国趣味風処理は外国語の土地固有表現を翻訳者の地元の固有表現で訳すことによって鄙俗化へと通じうる。パリの隠語でブエノスアイレスの隠語(ルンファルド)を訳す、あるいは「ノルマン言葉」(parler normand)でロシアやイタリアの農民の言葉を訳すような場合がそれにあたる。しかし残念ながら、土地固有の表現は他の土地の固有表現には翻訳されえない。互いに翻訳し合うことが可能なのは共通言語(コイネー)、「洗練された」言語同士だけなのである。こうした異国趣味風の処理、つまり外国の異なるもの(エトランジェ)を国内の異なるもの(エトランジェ)で訳すというやり方が行き着くのは原典を虚仮=滑稽にすることでしかない(ベルマン『翻訳の倫理学』68頁)。

「互いに翻訳し合うことが可能なのは共通言語(コイネー)、「洗練された」言語同士だけなのである」という点について著者はこれ以上展開してはいないけれども、『他者という試練』などの議論を敷衍して次のように説明することができるだろう。すなわち、ロマン主義者たちが詩と翻訳を同一視したのは、日常の言語から生み出される詩の言葉がある次元においてその日常言語から切り離されている(そうでなければ詩とはいえない)のと同じように、翻訳は元の作品が土着の言語から切り離されるある次元を見つけ出すことによって、その作品を別の言語へと移し替える(そうでないと翻訳は成立しない)という、形式的な同一性のゆゑだった。そして共通語が実のところ誰のものでもない言語、通辞のための便宜上の言葉にすぎないとすれば、まさしくそこにこそ、そしてそこにおいてのみ、翻訳の入り込む余地があるということである。

       *

 ところで、実務に携わる人は躓いているだけでは駄目で、そこから起き上がって翻訳しなくてはならないのでしょう。元々外語人が書いたものなのだから、すらすら読める方がむしろおかしいのだと、個人的には強く強く思うけれど、売れるためには、あるいはともかく商品として売り出されるためには、いくらか妥協が必要である。

 実はある小説を翻訳しようかと思い立ち、翻訳可能性を測るため、久しぶりに読み返してみるということがあったのです。大家の名作のひとつだがなぜか日本では現代語訳がなく、ずいぶん昔のおそらく英語を経た重訳があるのみという、少々変わった扱いを受けている作品。地の文は何とかなりそう、だが問題(わたくし個人の課題)は台詞の文体で、現代日本語における言葉遣いの性差がただただ煩わしいなあと、もやもやしていた。しかるべき方言を恃みにすれば言葉の性差の問題はほぼ解決されるのになあ、云々と。要するに職業としての翻訳家になりたいわけではないので妥協は本当に厭なわけです(わたくしが翻訳に手を染めるのは主として使命感からである)。そうして逡巡しているうちに、ある出版社のサイトで当該作品の翻訳がついに出ることを知り、一般人として純粋に喜ぶとともに、もやもやから(意図せぬ仕方ではあれ)解放されたことに安堵したのだった。

       *

 他にも書くべきことがあったような気がするけれど、一旦ここで留め擱く。

 

 

|

2014年2月 8日 (土)

翻訳論二編

 有線放送で最近耳にする楽曲、どこかで聞いたことがあるなあと、でも想い出せない、きっとこの曲自体がそれなりに知られたもので、だから要するに聴覚上のデジャ・ヴュだろう……と思っていたら、「パクリ」疑惑がもち上がっているんですね。それで想い出した。オリジナル・ラブの「接吻」。
 今回、疑われている側が「サンプリング(引用)」を否定しているらしく、ややこしいことになりそうな塩梅ではあるけれども、まあ「オリジナル」の方だってもしかすると隠された元歌があるかもしれないし。
 それで、その問題の一曲を初めて通しで聴いてみたわけですが、うーん、これは……(創作方法としての)剽窃としても、(一種の「翻訳」としての)カバーとしても評価できないな。田島貴男は自分のトム・ジョーンズみたいな声で朗々と歌い上げることを前提に作曲したわけだろうから、そこでは声や演奏と楽曲との間にある種の必然的な関係が存在しているはず。とするなら、本当に意味あるカバーとは、そのような紐帯を一度断ち切ったうえで、別の新たな紐帯というか関係をその曲と自分の声なり演奏なりとの間に打ち立てるのでなくてはならないだろう(声・演奏を言語と捉えれば文学の翻訳と事情は同じ)。そうして打ち立てられた新たな関わり方によって作品の新たな一面が見出されること、それが翻訳の真の意義のひとつである――というのがゲーテ、そしてアントワーヌ・ベルマンの主張だった。そのような意味での発見はないな、残念ながら。
 今回の事例で尚のこと悪いと思われるのは、元歌の核となっているサビをそのまま自身の曲の核心としてしまっている点だ。早い話、いずれの楽曲も、このサビの部分がなければ成り立たないような(というかサビだけエンドレスで聴きたくなるような)ところがあるので、本当に剽窃があったとしてだが、その剽窃よりむしろ、元歌の中核にあるサビをパクって、自分の歌の主役に据えるという曲作りの作法がそもそもおかしいのではないか。
 Pet Shop BoysがU2のWhere the Streets Have No Nameをカバーする際に、あの「君の瞳に恋してる」を一部取り込んだことがあったけれども、あれは何をしていたかといえば、この二曲はどこか似ているよねっていうひとつの発見、つまりは批評ですよね。そういう洒落気があればよかったのですが。

    *

 昨年暮れに翻訳論の注目すべき本が二冊、なんと同日に刊行された。
 ジョン・サリスの『翻訳について』(原著2002年)、そしてアントワーヌ・ベルマンの『翻訳の時代』(原著2008年)。

 後者はなぜか訳者の岸正樹さんが御恵投くださったので、何か書くべきなのだろうけれど、ベンヤミンはちょっとわたくしの手に余るところがあるなあというのが正直なところ。恵投返しで赦してもらえれば有難いのですけれど! 日本語で改めて読み返すことによって発見もあるだろうから、まあ追々に。ベンヤミンの「専門家」たちは読んでいるのかな。そういう人々の感想を聞きたいものである。今のところ、ウェブ上ではそのようなものは見当たらない。
 なぜあの本の前にベンヤミン論が?と思われた人もいるかもしれない。あの本、つまり『翻訳と文字』はわたくしが訳します。もっと早い時期に刊行されているはずだったのが、計画よりだいぶ遅れて三月中に何とか出るかな。今は初校刷が上がってくるのを待っているところです。前の本では著者校正の時間は実質的に一週間しか与えられなかった。一週間では文章の見直しなんかとても出来ないので、今回はたっぷり時間をとるつもりでいたのだが、そういうわけにはゆかないようである。

 前者も、見た限りでは、ひとりだけ、カントを中心に研究している人がチッターで紹介しているのみかな。他に同様にチッターで「この「翻訳」についての書物を西山さんの翻訳で読めるというのが素晴らしい」というような趣旨の「呟き」を漏らしている人がいたけれども、西山達也氏の仕事を知っている者からすれば、そんなことは言われなくてもわかっていることなのであって、これはだからほとんど意味のない内輪褒めである。いやまだ読んでいないわけだから、褒めてさえいないな。むしろ皆、西山氏がいずれ上梓されるであろう翻訳論をこそ心待ちにしているはず。
 以下、乱雑なメモを。

 哲学研究者が翻訳を論ずるとき、ややもすると言葉を論じているのと何ら変わりのない議論になってしまうところがある。それは言葉そして翻訳の本質に根ざす必然的横滑りではあるのだが(デリダなどは当然わかったうえでやっている)、「翻訳」事象一般に還元されてしまうのはまずいようにも思われる。ベルマンが繰りかえし注意を喚起しているのもその点だが、ジョン・サリスは言語と翻訳を同一化してしまうのではなく、両者を切り分けつつ関係づけようとしており、この辺りの問題を整理したい向きには一読をおすすめしたい。もっとも、整理とはいえ、それら二者の複雑な絡み合いが単純化・矮小化されることなく明晰に記述されているということなので、すっきりするというより、問いの所在がはっきりするといった方がよいかもしれない。

 新味があると思われたのは、「無翻訳の夢」という主題、正確には、翻訳の問いを「無翻訳の夢」という主題を通じて考えている点である。
 夢というのは、それが現実にはありえないからだが、にもかかわらずそれは絶えず夢見られる。「翻訳をしないということ」、「あらゆる翻訳を超えたところで思考を開始するということ」〔22頁〕、つまり翻訳の彼岸で考えるということは、実のところは「まったく何も意味することができない無言へと陥ってしまうことにほかならない」〔25頁〕。

しかしながら、たしかに思考が言説によって拘束されていることは間違いないとしても、思考とはまさに翻訳にほかならないのだと主張するためには、翻訳という語の意味を過剰に逸脱させなければならないように思われる。〔26頁〕

 翻訳論のひとつの問いがだからまさにここから始まる。「無翻訳(no translation)」というのは、サリスから少し離れていえば、地球上に言語が唯ひとつしか存在しない、あるいはその裏返しとして、地球上のあらゆる人間があらゆる言語を操る(オムニリンガル?)ような極限の状態ばかりではなく、地球上の諸言語が互いに無関心・不干渉であるような状態、また例えば「英語に訳され易いような日本語で書く」という、翻訳に伴う障壁を無化したり減じたりするような傾向も含まれるだろう。あるいはまた、翻訳の拒絶というあり方(水村美苗『私小説 from left to right』)などもそうかもしれない。サリスもだからグローバリゼーションに言及しているのだが、ちょっとあっさりし過ぎてその点では物足りなく感じた。

グローバル化によって、これらの境界は抹消されるのではなく、たんに通過しやすいものになるだけなのである。どれほど通過しやすいものになるとしても、数々の境界は残り続ける。このことを保証しているものは言語的な差異にほかならない。たとえ境界の存続を保証するものが、ほかに存在しなくなってしまったとしてもである。〔33-34頁〕

とサリスは述べているけれども――そしてサリスは何もグローバル化を時事的に批判すべくこの本を書いたわけではないだろうから過大な期待は無用だが――わたくしはこの点ではそれほど楽観的にはなれない。境界はなくなりはしまい。だがそれは、国際的・多国籍的企業体が、まさしく境界の存在ゆえに利益を得ることができるようなシステムになっているから、まただから、その限りにおいてでしかないだろう。

 ほかにcountertranslationという概念が出てくる。サリス自身が提唱しているもののようである(Boys-Stones, Graziosi, Vasunia, The Oxford Handbook of Hellenic Studies, Oxford University Press)。

〔…〕歴史の厚みと多様性、そして錯綜ゆえに、たとえばギリシアの思考に到達するためには、数多くの折り重なった層を分離し、翻訳作業によって堆積したものを掘り起こすという注意深くかつ粘り強い作業が必要となるのである。近代の言語をギリシア語に翻訳し戻す[translate one’s own language back into Greek]――ギリシア語へと重ねて翻訳する[translate back upon]――ことなしに、近代語からギリシア語へと移行する[translate from one’s own language to Greek]という逆翻訳[countertranslation]によってはじめて、ギリシア語のテクストへと接近することが可能になり、たとえばハイデガーが提起したようにアリストテレスをギリシア語へと翻訳しなおすことが可能になるのである。〔32頁〕

Only by way of a countertranslating that translates back from one's own language to Greek without translating one's own language back into -- back upon -- Greek can one, as Heidegger proposed, translate Aristotole back into Greek, gaining an access to the Greek text. [John Sallis, On Translation, 2002, p. 6]

一読してやや混乱したが、countertranslationとは、サリスが他の書物で

[…] contertranslation, since it runs backward, reversing or undoing translations effected in the history of metaphysics and before that history [Salis, The Gathering of Reason, second ed., Buffalo, SUNY Press, 2012, p. xiv, preface to the second edition]

などと述べていることを考慮するとどうやら、単純に翻訳をなかったことにする(to undo the translation)のではなく、「歴史の厚みと多様性、そして錯綜」を踏まえたうえで、出発点に戻るということのようだ〔234-236頁など〕。そのようにしてギリシャ語に立ち戻らなくては本当の意味でたとえばアリストテレスを解釈(ハイデガーにとっては翻訳でもある)できないと。
 たとえば西欧語話者からすれば、ギリシャ語の手前にラテン語が立ちはだかっており、ギリシャ語との直接的関係を享受できるわけではない。だからといって、間をすっとばすようなことも出来はしない。フランス語なり英語、ドイツ語なりは程度の差はあれいずれもそのラテン語からの翻訳によって出来上がってきた経緯があるからだ。つまりcounter-はこの場合、戻すという意味と、以前の翻訳に抗うという意味の両方をもつことになる。
 哲学を始めとする理論的文章を読むとき、そしてとりわけ自ら理論的に考え、展開しようとするとき、原著・原語に返らなくてはならないわけで、だからサリスがこのように論を展開するのは当然なのだが、そうすると「無翻訳」とこのcountertranslationとの関係はどうなっているのだろうか。

一方で、我々は決して無翻訳の地点には到達することができず、他方で、諸言語が互いに離散している状態を効果的に制禦することで翻訳の作用を帳消しにし、諸言語が完璧に調和しあう無翻訳の地点を事実上回復するような、翻訳/逆翻訳の地点にも到達することができないように思われる。〔33頁〕

とすると、これは同じ事態の二面、単純に善悪と割り切ることはできないだろうけれど、とにかくそうした二面ということなのか。いずれにせよ、サリスは少なくともギリシャ古典研究は理想的なあり方として後者の「翻訳/逆翻訳」を目指すべきといっているように読めないこともない。
 ひとつ疑問に思うのは、現在、ギリシャ古典研究、たとえばプラトンの研究は世界的に英語で行われるようになっている、つまり論文は英語で発表されているのだが、そのことはまったく無関係なのだろうか。プラトンとの直接的関係を夢見ながらフランス語話者が(おそらくは)フランス語で考えたことを英語に「翻訳」する。このいわば技術的な、道具としての「翻訳」作業を英語話者は免れているわけで、この点が言及されてもよかったのではないかと少し思った。簡単には答えが出そうにないので、続きはまた別の機会に考える。

 サリスは、意味の単純な再現(これは伝達と呼んでもよいだろう)を困難にするような翻訳を「非相互的」と規定している。たとえば wine → 葡萄酒 → wine という具合に戻す(すなわち「逆翻訳」する)ことが不可能な翻訳である。厚みをもつテクストの翻訳はどうしたって「非相互的」なものになってしまう。だがしかしと、サリスはつけ加えていう。こうした「非相互的」、非伝達的翻訳が意味を保存・再現し損なったがゆえに、つまり意味を軸とした翻しや「循環」を阻害するゆえに不完全と見なすのではなく、意味なるものの概念を見直すべきだと〔238頁〕。
 意味を中心に翻訳を考えても無駄というのが、メショニックやベルマンの解釈学的翻訳論批判の要諦だった(彼らは解釈学をやや矮小化しているような気がするけれど)。ガダマーに言及するサリスもまた、そうした解釈学的傾向から完全に自由というわけではないが、それでも「精神と文字」という不毛な二元論の再検討の手がかりとして有効な議論が提起されているように思う。とりわけ、翻訳をコミュニケーションと同一視する傾向をますます強める言語学的翻訳研究者たちに読んでもらいたいと願っている。

 それはそうと、これもインターネットで読んだ記事なのだが(http://dotplace.jp/archives/7448)、『翻訳について』は初刷七百部とのこと。ちょっと衝撃を受けますよね。それだけしか売れないと見積もられたのだから。この種の本はもちろん、売れればよいというものでは全くないわけだけれど、それにしてもね。この記事を読んでわたくしは、四月から始まる講義のシラバスの「参考書」欄にこの本を挙げようと決めた。ベルマンの本も挙げましたけど、こちらは間に合うかなあ、また著者校が一週間かよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月13日 (火)

メディアの違い

 柴田元幸さんの新エッセー集が刊行されていることに気づいた。あらゆる情報・潮流に乗り遅れがちな――かつて「トリノコ族」なる揶揄の言葉があったと記憶する――昨今だが、わたくしなどが宣伝するまでもなく、おそらくはガンガン売れていることだろう。一部のページが Flash player を利用して試し読みできるようになっているので、とりあえずリンクしてみる(「自動翻訳のあけぼの」)。

 わたくしもいちおう柴田先生の伝説的授業、駒場総合科目の「翻訳論」に出席していた人間だが、お人柄に関する思い出話をここに書きつけようというのではない。そもそも私的な付き合いというようなものではなかったし、劇的なエピソードがしたがってあるわけでもないけれど、ひとつだけ記しておくと、キャンパスでわたくしなどを見つけ、遠くからでも手を挙げて合図してくださる先生は、そうそういないと、当時も思ったし、今もそう思っている。わたくしが参加した年度に TA としてお世話くださり、現在は翻訳家(大学教員)として御活躍されている畔柳和代さんもたいへん気持のよい方だった。

 授業での、だからつまり英語や翻訳にまつわるお話のうちで印象深かった事柄のひとつは、「宿題として提出する訳稿は、印刷されることを前提に作成しなさい」という指示だった。もちろん「翻訳家になれるよう皆さんがんばってください」といった、詐欺みたいな話をなさるはずもなく、要するに、自分が書くメディアを意識せよと、まあそういうことだった。
 当時はまだ手書きが許されていた。そして、「半マス空け」や「1.5 マス空け」といった、手書きの世界においては微細な意味作用を担いうるテクニックが、ほとんど無意識のうちにだろうけれど、そうした手書きの訳文には用いられていたらしい(わたくし自身はすでにワープロに移行していた)。印刷されて世間に流通する書物というメディアにおいては確かに、そして残念なことにといわなくてはならないが、「1.5 マス」のような微妙なスペースは許容されえない。授業参加者数百名の全員が翻訳家になれるわけではないにせよ、とにかく〈他人に読まれうる形式・メディアで書いている〉ことを意識しなさい――それが柴田先生の教えのひとつだった。むろん翻訳にかぎらず、文章一般の作法に通ずる事柄ではある。

 自宅のプリンタで印刷したワープロ原稿、校正刷(ゲラは完成した書物にきわめて近いがそれでもやはり)、書物のページ。これらはそれぞれ別ものである。ワープロソフトのウィンドウで読まれる場合と、たとえばブログとして投稿されウェブ・ブラウザ上で読まれる場合も、やはり互いにメディアとしては異なっている。論文その他の書き物の最初の読者(著者本人も場合によってはそこに含まれる)が読むことになるのは、現在ではたいていワープロ原稿だが、原則としていえばそれは最終段階のメディアではないということになる(もちろんレイアウトその他を整えてページ・プリンタで出力すれば、それなりに綺麗な紙面は得られるが、そういった細かい点はここでは除外する)。

 M・マクルーハンの『メディア論』に即していうなら、人は「内容」とは別の次元で、いうなればメディアそのものを味わう。だからこそ、自分が生で見たラグビーのマッチに関する新聞報道や雑誌等の批評文、そして中継録画さえも――おそらくは焦がれるようにして?――欲するのである。それぞれ異なるメディアとして。念の為にいい添えておくと、この場合、「生観戦」もすでにある種のメディアによって媒介されているという可能性を忘れるべきではない。事実、「生」で見ていても「リプレイを見たい」と思わず感じてしまう人は少なくないはずだ(贔屓のチームがコテンパンにやられて泣きそうになっていても、スタジアムの「オーロラビジョン」におのれの姿が映し出されるや、つい笑顔で V サインを送ってしまう人を時々見かけるが、あの人たちはいったい何だね?! )。

 ちなみに、プロの書き手ではない「素人」の方々――ワタクシもその一人――がブログ運営に快楽を感じ(「運営欲動に衝き動かされ」でもよい)、熱心に投稿を続けるとすればそれは、第一にブログが簡単に利用しうる〈他人に読まれうる形式・メディア〉だからではないだろうか。ウィキペディアの賑わいもそれで半分くらいは説明がつくだろう。ある意味でごく当たり前のことをいっているにすぎないのは承知しているが、肝腎なのは(読まれ)〈うる〉という可能性それ自体であって、必ずしも自分の意見を公表し、実際に読まれることだけが目指されているのではないとわたくしは感じている。われわれは、内容がどうあれ、記事を書きながら、ブログというこのメディアそれ自体をまずは味わっているといってもよい。もちろん、だからといって、何を書いてもよいというわけにはいかない。いかない。いかない。
 要するに、「発言」に対する免責事由とはなりえないにしろ、ブログというメディアを、直接的にいわゆる「公共空間」へ接続しうる形式としてのみ捉えるだけでは十分でなかろうということだ。内容を云々するのとは別の次元が、そこには同時に含まれているはずだからである。

〔追記 ラグビー批評の分野で、ご自身が生で観戦したマッチしか論評しないことを原則としていらっしゃる(ように見受けられる)方を知っているが、わたくしはその姿勢に敬意を払っているし、またその批評を毎回楽しみにしてもいる。つまり本エントリーで語られていることは、その場合の「生」か「テレビ」かという問題とは異なる次元での話である。〕

| | トラックバック (0)

2008年5月 6日 (火)

『他者という試練』訳者あとがき補遺 続

 訳者あとがきに書ききれなかった事柄をアトランダムに。〔長くなったので別エントリーとして続けます。最初のエントリーはここ。〕

 (未了)

              *

 著者の姓 Berman の発音は [-anne] です(鼻母音でも通じないことはないですが)。

              *

 紙幅の関係で、「関連文献」リストからは例えば翻訳文学の傑作群のほとんどを除外せざるをえなかった。それでも、少数ながら採りいれられた翻訳文献は、原則として、三つの「言語」にかかわるという共通点をもっている。ペソア-タブッキ-日本語、アルトー-デリダ-日本語、あるいはハイデガー-クラーク-日本語、など。いわずもがなのことではあろうが、念の為に。

              *

 翻訳「作法」として次のようにいわれることがある。元の言語において「普通」の表現は、翻訳する側の言語においても普通の語句で表現されるべきだと。一面では確かにその通りである。しかし、あちら側で「普通」のその表現が、こちら側に馴染みのないもの、新奇ないし珍奇なもの、つまりは「異なるもの(エトランジェ)」である場合、その論理だけでは立ち行かなくなるのではないだろうか。
 極端な例だがキリスト教の「神」、イスラムの「神」――これらは或る特別な、しかし(いわくいいがたいにせよ)指し示されるものが何かという点で誤解の余地のない「存在」についての言葉である――を日本語に訳す場合などがそうだ。「普通」の言葉を「普通」に受け取ることがかなわぬとき、他なるものについての真の思考が、自覚するとしないとにかかわらず、翻訳者のうちに生じざるをえない。この経験を出発点として(したがって自覚的に)翻訳を思考すること。それがベルマンのいう「翻訳学」の眼目である。
 別のいい方をすると、翻訳作業にかかわる複数言語それぞれの枠内でのみ考えていては、翻訳についての思考が深まってゆくのは難しいということになるだろう。もちろん〈異なるもの〉であるかどうかについての客観的な指標は存在しない(外国語テクストはそれ全体がそもそもひとつの〈異なるもの〉であるが、それとは別次元の話である)。だが、本当の意味で「普通」というわけではない言葉を、訳者が「普通」に受けてしまえば、異質性・外来性が殺される、あるいは損なわれ、不当に矮小化されることにもなりかねない。
 他者論の次元でなく、もっと即物的にいうこともできるかもしれない。他者性の代わりに、たとえば訳語の正確性といった問題を考えてみればよい。訳者が「普通」だと見なして「意訳」してしまうとき、元の語に当然孕まれている豊かな――それが「普通」の言葉であるなら尚のことそうなろう――意義が、実は訳者の「理解」の及ぶ範囲へと矮小化され、限定的にしか伝えられないという可能性が生じる。哲学や思想の「伝達」において、それは致命的な誤りである。技術的にいってもそうだし、そして結局は、他なるものとの関係構築においてもそういうことになる。

              *

 WWW 上で読める文書の紹介(もちろん既によく知られているものもあるだろうけれど)。

 ・昼間賢「ラマダンの夜が明けて
   『INSCRIPT』内のエッセイ。昼間賢さんはオリエントの文化(とりわけ音楽)にも造詣が深いフランス(語)文学研究者。

 日本にその「中東」(正確にはパキスタン、中近東、北アフリカ)からミュージシャンを招いて催された音楽祭「フェスティヴァル コンダ・ロータ 2006」にかかわった際の翻訳経験が語られている。著書に『ローカル・ミュージック~音楽の現地へ』がある。
 映画字幕の翻訳もそうだが、音楽の歌詞翻訳についても、その翻訳が表現といかなる関係をもつかが考えられなければならない。グナワ・ディフュージョンの歌詞がこの現代の日本語に翻訳されることの意義を、昼間さんは強調している。非常に勇気づけられる「メッセージ」である。

              *

 ・山岡洋一『翻訳通信 ネット版
   翻訳家山岡洋一さんによる翻訳論を集めたサイト(別に書物として翻訳論を刊行されている)。

 山岡さんは、ベルマンをわたくしが翻訳しているとき、訳者として意識していた翻訳家のひとりである。『他者という試練』では実にさまざまな論点が提出されているが、そのうちで現実的に最も大きな困難に出会うだろうと思われたのが、翻訳者が自ら理論構築を目指さなければならないという、〈理論と実践〉の問題だった。実際、フランス人翻訳家が自身のブログで「ベルマンも俺たちの仲間だったのに、何だか遠い所に行ってしまった」というような感慨を述べたりしている。それに対し山岡さんは、まさに翻訳家として主体的に翻訳を思考するということをなさってきた方である。自前で理論構築を目指される点にもわたくしは敬意を抱いている。
 ひとこと断っておくと、翻訳者は原著者を内面化したり原著者に自己同一化する者ではないし、そうでない方が望ましいとわたくしは考えており、ここでは中立の立場から言うのだが、山岡さんとベルマンの相違点は事実上、〈原著者が日本語で書くとすればこう書くだろうと思える翻訳〉に対する評価の違いにほぼ集約されうる(この文言は山岡さんのもの)。翻訳理論史に通じていれば、これがシュライアーマッハーによって定式化された問題であることはすぐわかるはずだ(「翻訳のさまざまな方法について」三ツ木道夫訳『同志社大学外国文学研究』 77-79 号)。つまりそれは、同じ本質的な問題系を、それぞれ別の語彙で(したがって別の観点から)思考しているがゆえに(ほぼ必然的に)生じる違いなのである。詳しくは山岡さんの論「二葉亭四迷の呪縛」ほか、ベルマン『他者という試練』第 10 章などを参照されたい。

              *

 ・「翻訳学とパース記号論
   パースと翻訳論についての博士論文(フランス語)。プルースト研究者で、だがジャック・ル=ゴフの翻訳も(すでに二点)なさっている菅沼潤さんのブログで知った。

 ベルマンはここでは、ミシェル・バラールの著作からの孫引き以外では、シュライアーマハーの翻訳者としてのみ登場する。わたくし自身はまだ読み始めたばかり――いつ終わるか、あるいはそもそも読み終えられるのか――だが、印象としては、翻訳研究への寄与と同時に、あるいはひょっとするとそれ以上に、パースの言語論の一端が、翻訳論という視点のおかげでより明らかになるかもしれないというところである。より詳しい紹介は菅沼さんの当該エントリーを参照されたい。

              *

 ・明治学院大学 言語文化研究所 紀要『言語文化』 22 号(2005 年 3 月)
   特集 翻訳:セシル坂井「翻訳の力学」、四方田犬彦「訳と逆に。訳に。」、阿部・マーク・ノーネス「悪態的字幕のために」、ジャック・レヴィ「訳しそこなわれた文字」他、全 7 篇(PDF)。

 セシル坂井さんは、アンヌ・バイヤール坂井さんらとともに、仏ガリマール社「プレイヤード叢書」の谷崎潤一郎作品集(2 巻本、1997-98 年)に中心的に関わった方。谷崎はそれ以前すでに仏訳されており、たとえば『陰影礼賛』など、少なからず読まれていた作品もあったのだが、この新訳はとりわけ翻訳の質の高さによって評価されている。
 
ジャック・レヴィさんは中上健次作品などの仏訳者でもある。

 阿部・マーク・ノーネスさんの論攷は L. Venuti (ed.), The Translation Studies Reader, 2000, 2004 所収のオリジナルを山本直樹さんが邦訳したもの。ベルマン『他者…』同様、ゲーテの箴言がエピグラフに用いられている。
 映画字幕を翻訳論の枠組で扱うということは実はわたくしは、ある人と話すまで全く考えもしなかった。文学や広く文章一般の翻訳は、原則として文のみ、つまりは言葉のみによって「情報伝達」を行なうのに対し、映画にはそれ以外の側面が含まれているからだ。というより、映画とはまずもって言葉なしの映像のみによる表現形式として誕生した歴史的経緯があるのだから、言葉つまり台詞が表現の主となることは、トーキー時代においても、一般論としてはありえないというべきだろう。事実、少し前まではサイレント映画制作でキャリアを開始した監督が、まさに視覚的な、しかし音響面も決してないがしろにしない作品を作っていたのだし、サイレント時代の経験がなくとも、台詞に頼らぬ映画を作る現代作家は少なくない。
 それゆえ、字幕翻訳の研究には、映画という表現形式から字幕のみを取り出すことについての理論的な考察が必要となるように思われる。
 そしてその理論には、音声言語を文字言語に移し変えるという、狭義の翻訳とは別の変換作用についての考察も伴わなくてはならないだろう。しかも、オリジナルの音声――俳優たちの声――はそのまま残され、その上で映像に文字が付け加わるのだから、実際の字幕つき映像において事態は、オリジナルより複雑化しているのである。
 もちろん、このことは台詞を軽視してよいということを意味しないし、ましてや明らかな誤訳の単純な正当化ないし擁護が意図されているのでもない。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年3月29日 (土)

『他者という試練』訳者あとがき補遺

 御蔭さまで『他者という試練』は予定通り刊行の運びとなった。古典なので一定数はとにかく読まれるはずと信じるが、他方、「訳者あとがき」のせいで読むのを思いとどまる方が出ないよう祈ってもいる。

 訳者あとがきに書ききれなかった事柄をアトランダムに。

 (未了)

                 *

 本書には(著者ベルマンにとっての)外国語からの引用が多数あるけれども、それらは可能な限りオリジナルから訳出している。翻訳に際しての言葉のずれはともかく起こりうるにせよ、重訳によってそれが増幅されるのは避けたかったからである。別のいい方をすれば、訳者としては、ひとりのフランス人がドイツ語テクストをいかに読んだかを提示することがこの日本語訳の「使命」だと考えたということである(それが十分に果たされているかどうかはともかくとして)。
 実際的な効用もあった。本書は日本ではフランス語版(原書)でまず受容された経緯があるけれども、第10 章、仏語版 241-242 頁の引用文(シュラーアーマッハー)と 243-244 頁の引用文(フンボルト)の仏訳は、オリジナルのドイツ語からややずれていることがわかったからだ。フランス語原書を読まれている方は、その点を注意されたい。なお英語版では、問題の箇所に限っていえば、正確に訳されていることをいい添えておく。

                *

 元を辿ればシュライアーマッハー以来のということになるだろう、翻訳におけるふたつの傾向、すなわち domesitication と foreignization の二分法には、近年、ドゥルーズ=ガタリを援用したローレンス・ヴェヌティによって minorisation という新たな次元がつけ加えられている(ドゥルーズによる「マイナー文学」など参照)。ドメスティケーション/馴化は、根本的な傾向として「自民族中心主義」的であるけれども、「マイナー化」という問題の導入により事態が複雑化する。つまり、外国語と自国語の関係という問題に、国内における「標準語/それ以外」という対立の問題が重ね合わされるわけで、結果として、「マイナー化」である限りにおいて馴化(と一見思われるもの)も許容されうることになるからだ。

 これが、現実の複雑さに見合うよう理論を精緻化するものであるか、それとも真の問題をずらしてしまうミスリーディングな多角化であるか、速断は避けたいが、ドゥルーズがいうような意味での「マイナー」言語が方言のことを指しているのでない点は指摘しておきたい。別の観点からいい直せば、その場合の「メジャー/マイナー」という区別は、言語学的な記述によっては明確化しない可能性が少なからずあるということで、なかなかに厄介である。

 しかしルターの訳業はそもそもそうした複雑な現実――外国語との関係に加え、国内の諸方言との関係――を踏まえてなされたものだったわけだから、現代でももちろん、二分法だけでは不十分とならざるをえないだろう。

                *

 著者アントワーヌ・ベルマンが友人であるレバノン出身の詩人フーアド・エル=エトルと始めた詩誌『ラ・デリラント』――女性形なのはもちろんポエジーが女性名詞だから――は、『ポ&ジー』誌などの先駆けといってよいような、翻訳詩(リルケからトラークル、芭蕉まで)と詩論を柱とした雑誌である。1967 年創刊というのはやはり歴史的な意味があるだろう。

 そのアートワークによっても『ラ・デリラント』は知られていた。モノクロ、つまり黒白二色刷りながら、アントナン・アルトーやフランシス・ベーコンの作品が表紙絵や挿絵として用いられるなど贅を凝らした造りは、後年、ポンピドゥー・センターで回顧展が開かれるほどだった。

 だがとりわけて興味深いのは――実はまだ調べがついていないのだが――同誌で芭蕉や自作の詩のフランス語訳を手がけたのが Koumiko Muraoka という日本語名の女性だったことである。

 Muraoka 氏は、現在も詩集の出版社として残るデリラント社から一茶や芭蕉の俳句集(エル=エトル氏との共訳)を出版されており、それら訳詩集はまともな書店でふつうに手に取ることのできるものだが、それと無関係にこの名前で何かを感ぜられた方は相当映画に詳しいのだろうと思う。クリス・マルケル監督の『不思議なクミコ』の主人公と同じ名だからである。東京オリンピックの開かれている年、フランスに何となく憧れている日本人女性として登場するムラオカ・クミコ。そのムラオカ氏がフランスに来て、脱フランス中心主義を標榜する詩誌に参加するというのは、何とも素晴らしい話ではないだろうか。

 問題は、このふたりの K(o)umiko Muraoka が同一人物かどうか、75パーセントくらいしか確信がもてないという点である。デリラント社に出向いて尋ねれば済むことではあるのだが、怠惰のせいでなかなか実現しない。この行動力のなさがわれながら情けないけれど、いつかそのうちに、いずれにせよ判明すれば報告したい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)