カテゴリー「文学」の記事

2011年9月20日 (火)

『イトウの恋』

 マキオカシスターズこと T さん(複数形になっているけど人物としてはひとり)から教えられた中島京子『イトウの恋』(講談社、2005 年)を読む。京都で食事した際話題にのぼったもので、この時はすでに火星(水星だったかも)から地球に帰還していたはずだが、諸般の事情によって手に取るのがだいぶ遅くなってしまった。読後感としては、もっと早くに読めばよかった!……

※五月のエントリーですが、続きの部分(いちおう評論の形をとっています)は別のサイトで読める「電子雑誌・同人誌」に加筆修正のうえ投稿し直しましたので、御関心の向きはこちらの URL を御参照くださればと思います。

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2011年4月15日 (金)

「3・11 以後」?

 歴史的な大地震とそれに続く原子力発電所の事故、これら一連の出来事には人並みの関心を払っているけれども、「この世の終わり」みたいな論調にはあまり同意できない。もちろん、福島を中心とした地域が、数十年のスパンで人が住めなくなってしまう可能性は零ではなく、予断は許されないとしても、それはあくまでその地域の(とりあえずの)「終わり」であって、日本の終わりではない。
「3・11以前と以後」というようないい方を採用するのはだいたいのところ関東、とりわけ東京在住の人々と見受けるが、そうした物いいの(無意識にであれ)前提となっているのは、「東京が終われば日本が終わる」などとどうやら本気で信じているらしい都知事石原と同断の東京中心主義である。首都は確かに(敵国がミサイルを撃ち込む第一の目標としてであれ)必要なのだろうけれど、それが東京である必要はないのだし、またトンキンが現状の形で存続しなければならないわけでもない。
 というか、国会を含む官公庁機能をすべて福島に移してはどうか。彼の地に新たな原発が建てられる可能性は事実上なくなったわけで、その意味において最高度の安全が保障されているのだから。

 同じことが東京電力(株)の処遇にもいえる。電気の安定供給を(事実上独占的に)担う事業体がいずれ必要なのだとしても、それが東京電力(株)である必要はなく、少なくとも現在の東電はすでに当該事業を継続する資格を失っている。もっとも、放射性物質による汚染は政府当局にも責任があって、これら二者が相応に損害賠償を分担しなければならないだろう。
 報道によれば、東電以外の電力会社も実質的に賠償を分担させられる案もあるという。関電であれ九電であれ、高給をもって鳴らす電力会社がその費用を電気料金に転嫁しないとは考えにくいので、その方式には反対だ。なぜ大阪の人間が余計に出費しなければならないのか。わたくしは厭です。
 賠償額が定まらないことにはいずれ進まない話であるけれど、まずは東電と原子力安全・保安院(ひいては上位の経産省)の連中を「逆さに振って鼻血が出なくなるくらい」締め上げて、有り金を(最低限必要な部分以外は)すべて供出させるのが筋だろう。東電は解体し、100%原資・「リストラ」のうえで、新しい会社を設立すべきである。リストラとはしかし、社員の馘切りということではない。この時期に雇用不安を増大させる必要はないので、大部分の社員は、適正な給料で再雇用し、「電力の安定供給」に努めてもらえばよい。
 そのうえで、福島の発電所から送られてくる電気を利用してきた者が相応の「コスト」を負担する。原子力発電が低コストというのは嘘なので、こうした補償額を経費に含めたうえで過去に遡って計算し直す必要があるかもしれない。そうした措置は当然、他の地域でも必須となるはずだし、結果的に電気料金が上昇する可能性も大いにあるけれど、それは受け入れるほかない。

 原発を作ってくれるよう頼んだ覚えはないと叫ぶ東京人もいるが、今頃そんなことをいっても遅いよ。今回の危機に直面して、「原発反対」だの「自然との共存」だのをおたおたしながら感情的また感傷的に訴える連中もどうかしている。われわれが認識しなければならないのは、「唯一の被爆国うんぬん」といったお題目の背後で、「原子力の平和利用」という名の利権構造が数十年かけて着々と形づくられてきたという事実だろう。この構造からいかに脱却すべきか、それを具体的に考えなくてはならないのである。
 実際、東電のリストラクチャーは、ひとつには東電にとにかく金を吐き出させるため、と同時に、一私企業に対する(当然の)懲罰という意味合いもあるが、そうした次元を超えて、政官業等々の癒着構造の解体をこそ目指してなされるのでなくてはならない。逆にいうなら、東電解体に異を唱える者は、当該利権に関与していると見なされうるわけだ(ホンマかいな)。

 というような愚にもつかぬことを考えて憂さを晴らしていたら、ひとつ思い出した。もうずいぶん前の記事だが、「長谷川洋三の産業ウォッチ トヨタ相談役の危惧:人間の国際化しないと日本ダメになる」(2010/8/24 11:24 )より抜粋する。

「人間の国際化をしない限り日本の将来はおかしくなる。第二の大和民族を作ってもよいから、若い外国人に日本にもっと来てもらい、少子化を食い止めることに取り組むべきだ」 中東協力センターの奥田碩(トヨタ自動車相談役)は2010年8月10日、アブダビ首長国連邦(UAE)のアブダビ首長国のホテルで開いた第35回中東協力現地会議の閉幕にあたってこう発言し、日本の将来に警鐘を鳴らした。

同会議では「中東のダイナミズムをいかに日本の成長に取り組むべきか」をテーマにもっぱら日本企業のビジネスチャンス獲得の在り方をめぐって議論してきた。とりわけUAEを中心に韓国が原発受注をはじめ大型プロジェクトの4分の1を受注するなど国際競争が激化している情勢を踏まえ、官民一体型の新会社、国際原子力開発(仮称)の設立など、国際協力再構築に向けてのリーダーシップの発揮など、威勢の良い発言も相次いだ。

しかし元日本経団連会長として日本にもモノ申す立場の奥田会長としては外に向かって国際化するだけでなく、内側の国際化も必要だという意見だ。「日本には規制が多すぎる。どんな政権でも規制緩和に取り組むべきだ」とも付け加えた。

「人間の国際化」、「第二の大和民族」、「若い外国人」……。何をいっているんだろうか、このオッサンは。いや、文字通りの意味はもちろんわかるし、意図されていることにも誤解の余地はない。しかし何というか、暗澹とした気にさせられる。何が「日本の将来」だ。構造改革とは、本来はこうした事態への備えとしてこそ必要だったはずだが、日本国の政治家はカネの流通経路をちょいちょいと変える以外には何もしなかった。人口が減っても食っていけるように社会の構造を変革すること。簡単ではないけれど、しかし決して不可能ではなかろう。ただしそれは、経営と経済を混同するような連中の手には余る問題である。
(念の為にいい添えておくと、「国際的」人間、つまり混血児が生み落されるのはまあ仕方ないと思うけれども、それを決めるのは女性であって、奥田のような者が云々すべき事柄ではない。)
 それにしても、この種の発言を耳にする度に思うのは、やはり右翼はダメということだ。右翼というのは、社会体制を一枚岩と考える人、あるいはむしろそう思い込ませるべく言葉を弄す人、つまりは「階級闘争」にコミットしない人のことです。自民党はいうまでもないけれど、民主党も、社会党も、結局そう。この時期に消費税という、「逆進性」の高い税金を上げてどうする? そもそも、そんなことをすればますます経済が回らなくなるではないか? 消費税でなくとも、結局景気を冷え込ませることになる増税をまず打ち出した首相の私的諮問機関「復興構想会議」議長の五百旗頭真なども、奥田と同類でしかない。
 また東日本大震災以降、これでもかといわんばかりに喧伝される「がんばろうニッポン」の掛け声。春なのに薄ら寒さを感じさせるこのキャンペーンを主導するのは電通か? 「ぽぽぽぽ~ん」も厭だけど、それ以上に耳を塞ぎたくなるのは、トータス松本の暑苦しくも押しつけがましいダミ声ですよね。奥田碩(何と読むんだろう、すずり?)の言葉をよく読めばわかるけれども、日本は決して一枚岩などではない。すずり男がいっているのは、エスタブリッシュメント、ないし上層階級、つまりトヨタならトヨタの経営陣が「第一の大和民族」として生き延びさえすれば、下層で単純労働に従事する連中が「第二」、「第三」、「第四」の「大和民族」に置き換えられていったところで、日本はまず安泰と、そういうことだ。奥田スズリらのいう「ニッフォン」とは、少数の支配者層――本エントリの文脈では東電解体に反対する人もそこに含まれる――のものであって、それ以外の、要するに誰でもよい働き手は、実際にはそこに含まれてはいないにもかかわらず、自分たちもまた「ニッフォン」人だと、右翼的言説によって思い込まされているわけだ。右翼的思考に拠ってはこの問題を批判することはできない(ちなみにいうなら戦前の「大東亜共栄圏」や前首相鳩山の「東アジア共同体」も同形の詭弁である)。

 要するに、核エネルギーが(兵器的にであれ平和的にであれ)利用され始めた時点で、こうなることは既に決まっていたのであって、「3・11以後」といういい方にはだから何の意味もないということになる。関東人に可能なのは、電気料金支払を拒否すること、したがってまた(電気なしでは生きてゆけないというのなら)東電管内から出ることだろう。そのような形の抵抗が原発巨大利権を(hopefully)突き崩すのである。どうか頑張ってください。

 あと、アカデミアでの反応も問題が多いと思う。たとえば

日本英文学会関東支部ワークショップ「原子力と文学」

 3.11の東日本大震災は、文字どおりに言葉を失う経験であるとともに、私たちの社会を考え直すことを強いる危機として、私たちに迫りました。そのような危機の中で、「文学に何ができるか」という問いが、幾度か耳にされました。本ワークショップは、そうした真摯な問いへの応答を試みるものです。

 今回の震災が、私たち生きのこった者たちの、社会全体の認識をなんらかの形で変えたことは、疑いを差し挟む余地はないものと思われます。こうした認識の変化は、文学研究が取り扱うべき問題、いやむしろ、文学研究こそが責任をもって取り扱うべき問題である、と言えはしないでしょうか?

 変化したのは、現在と未来の社会の認識にとどまりません。現在の危機は、いやおうもなく私たちの過去についての認識も一変させたはずです。

 その端的な一例が、原子力についての認識です。ワークショップ企画者は個人的に東京電力福島第一原子力発電所の危機に直面するまで原子力発電の存在を端的に言って忘れていました冷戦後期にはまだあった、「への想像力が原子力発電には適用されずそこに放射能の危険と恐怖が見いだされることはなかったのです。個人的な悔悟と反省にさいなまれつつ、そこに生じた疑問とは、なぜ核兵器と原子力発電に対する認識が、これほどまでに切断されてきたのか、ということでした。

 おそらくここには、「イデオロギー的なプロパガンダとは別にまさに文学的な水準での忘却の作用が働いていたのではないか。本ワークショップは、この疑問をさまざまな角度から検証することをめざします。さらにはそこから、社会と文学はどのように変化し、文学研究はその変化にいかに貢献し、対応するのか、という問題に取り組む足がかりを得ることもめざします。

 犠牲者の弔いも十分になされたとはいえず、また被災者の生活も先が見えず、原子力発電所の危機も進行中である現在、このような企画は迂遠にすぎるように見えるかもしれません。しかし、そのような迂遠な作業は文学研究にしかなしえないものであり、その作業をいまここでしておくことは、あとから生まれてくる者たちに対して私たちの負う義務ではないでしょうか。これを、登壇者と参加者が共に考える、そのような場を設けたいと思います。

日時:2011年7月10日(日)13:00-

〔以下略〕

 書かれていることは概ね正しい気がするけれども、忘れていたのは、「忘却の作用」とやらが働いていたのは、あなた(がた)だけでしょうといいたくなる。この文章を恥知らずな開き直りと感じるか、むしろ恥を忍んだ真率さを受け取るかは、読者次第である。
 たとえば 1987 年刊の小説に次のような一節がある。1986-87 年の「新聞小説」である。

「原発問題って、正直なところ、わかんないです。でも、そういうポスターって、アイドルのやることじゃないと思います」
「私もそう思っている」
「というのは、わたし、職業としてアイドルやっているわけですよね。つまり、一人でも多くの人に好かれなきゃならないんです。わたしのエゴで言っちゃいますけど、ああいう大事故のあとで、原発大好き、みたいなことを手伝っちゃうと、原発反対の人たちを敵にまわすことになります。そういうのって、アイドルのやることじゃないですね」
「わかった。いちおう、訊いておきたかっただけだ」
前方を眺めて、苛々しながら、氷川はうなずいた。
「これで決まった。スケジュールがきつくて、物理的に不可能ということにしよう。そうすれば、角が立たない」
そうだろうか、と利奈は思った。なんだか、このままでは終わらない気がする。
〔…〕
 朝倉利奈を出し渋っているのは、氷川自身が原発安全キャンペーンに、ムード的に賛成しかねるからである。
 だが、クライアントの要望とあれば、それではすまされない。利奈が嫌がろうと、強引に仕事させる必要も考えられる。
〔…〕
 記者は不審そうであった。
 ――驚かないでくれ。このおれが、原発の本を読んでいる。
 そう前置きして、氷川は端的に、原発が本当に〈安全かどうか〉をだずねた。
 ――福井県の原発群を統括する現地事務所の代表は、チェルノブイリの事故のあとで、「〈絶対に安全〉と外部に向かって言うな」と部下に語っています。その方が現地では説得力があるからです。中央では認識にずれがありますから、「絶対安全」なんて言いきれるんです。人為ミスがないなんて、とても言えませんよ。
〔…〕
「皆さんが考えるほど、〔利奈は〕莫迦じゃありませんよ。この問題に関しては、態度をはっきりさせています」
 と、氷川はつけ加えた。
 利奈の言葉が、一種の建て前であるのを、氷川は感じていた。
 瀬木を接待した帰りの車の中で、利奈は、チェルノブイリ事故について日本のテレビ報道に危機感がすくないのが不思議だと語った。ジェット気流に乗って、放射能は、一週間で、日本まできたのに……。
               〔小林信彦『極東セレナーデ』下巻、新潮文庫、239-256 頁〕

文庫版(初版 1989 年)付録のインタビューで著者は、新聞掲載時の原発問題に関する「つめの甘さ」を修正したと述べ、こう振り返っている。「連載が終わって四日後、一月二十一日の朝日新聞に〈「原発神話」崩れる〉っていう大きな記事が出てた。つまり、新原発の発電コストは石炭・石油を上まわるってことが、明らかになったわけだ」(327 頁)。しかしその後も、計画や建設着工はチェルノブイリ以前に遡るとはいえ、原子力発電所は少なからず造られた。東電の福島第二や柏崎刈羽二号機以降などがそうだ。そのような状況下で、原発の存在を忘れることなどありえないし、あってはならない。東京中心主義というのはそういうことだ。いい換えれば、そこに認められるという「忘却の作用」は、決して「文学的な水準」のものではなく、政治的な作用の結果にすぎないのであって、「イデオロギー的なプロパガンダ」に単純に絡めとられていただけの話だろう。それではちょっとダメなんじゃないですか?

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2009年8月14日 (金)

「ナチス標語、外国語なら合法」

ナチス標語外国語なら合法=ドイツ裁判所 (8 月 14 日 6 時 15 分配信 時事通信)

【ベルリン時事】ドイツ連邦裁判所は13日、使用が禁止されているナチスの標語について、外国語で書かれていれば合法との判断を示した。
 被告のネオナチ活動家は、ヒトラー青年団の標語「血と名誉」が英語で書かれたTシャツ100枚を所持していて起訴された。ドイツではナチスのシンボルの使用を禁じており、一審は罰金4200ユーロ(約57万円)の有罪判決を言い渡していた。
 同裁は「ナチスの標語はドイツ語で書かれて初めて特有の意味を持つ」との見解を表明。外国語なら刑法に違反しないと指摘した。

             *

 「ドイツ語の責任」という文学的かつ政治的な問題(というか文学は政治なのだが)に連なる出来事。きわめて興味深い事例なので自分用にメモする。

 検索してトップに出たサイトの記事 "BGH-Entscheidung: Nazi-Parolen nur in deutscher Sprache strafbar"。

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2009年5月13日 (水)

ネルヴァル、マラルメ

 たまには文学研究書の宣伝を。

 ジェラール・ド・ネルヴァルの研究者、辻川慶子さんの博士論文(パリ第八大学)が本になっている。それ自体、すでにして慶賀さるべきことなのだが、版元がジュネーヴの Droz 、学術出版における名門中の名門である。日本人でここから本を出した人って過去にいたのだろうか? とにかく大変な快挙と、誇張なしにいうことができる。

 Keiko Tsujikawa, Nerval et les limbes de l'histoire : lecture des Illuminés, Genève, Droz, 2008.

 内容についていうと、綿密なテクスト批判に基づく文学研究のひとつの手本となるようなもので、ドゥローズの本はだいたい値が――そう、みすず書房の本のように――張るけれども、『幻視者たち』研究の基本文献として参照されるだろうことは間違いない。
 わたくしは刊行前の論文を読ませていただいていたのだが、その時に感じたのは、比較対照のために取り上げられた数名の作家のうち、シャトーブリアンの扱いがやや軽いのではないかということだった。こうしたモノグラフィでは避けがたいこととはいえ、またシャトーブリアンは扱いの難しい作家ではあるけれど、その一点に限ってはいささか残念に思っている。「無いものねだり」にすぎないが。

 それから、刊行が待たれていた熊谷謙介さんのステファヌ・マラルメについての博論(パリ第四大学)。

 Kensuke Kumagai, La Fête selon Mallarmé. République, catholicisme, simulacre, Paris, L'Harmattan, 2009.

 熊谷さんの方はまだ読んでいないのだが、論文の口頭試問での評価は、あくまで個人的印象になるけれども、わたくしがこれまでに立ち会った中で最高だった。というより、あのような審査会は後にも先にも見たことがない。だから当然、今回出版された本の内容も大いに期待されてよいはずである。

(おお、松村剛先生がすでに Droz より本を刊行されておられたのだった。)

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2009年1月28日 (水)

雑談(2)

 ――『ユリイカ』の最新号の特集、『日本語が亡びるとき』なんだってさ。
 ――ニホンゴガホロビル……。ああ、もういいよ、俺は飽きた。読んでないけど。というか、あなた誰?
 ――誰だといいなあ。
 ――誰だと、いいなあ……? 何いってんの? 全然わかんない、っていうか疑問と祈願を混ぜてどうする。いいからもう往んでください、ほら、早く……。

 何だあいつは。というわけで、変な人が闖入してきたので、何を書こうとしていたか忘れてしまった。でも全然知らなかったので、いちおう『ユリイカ 特集・日本語は亡びるのか?』を調べてみる。
 う~ん。悪いとはいわないが、何だか「ぬるい」気がする。まず多和田葉子がいない。「日本語が亡びる」かどうかなんて絶対考えそうにない人をこそ呼ぶべきではないか? まあ、依頼して断わられた可能性もあるけれど。
 タイトルを眺めると、野崎歓さんの「「翻訳家が亡びるとき? 『日本語が亡びるときにあらがって」は翻訳家としては当然。四方田犬彦さんの「亡びるなら亡びてしまえジャパニーズ」(字余り)も、四方田さんなら当然そう来るだろう(そうでなくては!)と思わせる素晴らしい内容である(あくまでタイトルの内容ということです)。蓮實重彦さんの「時限装置と無限連鎖 水村美苗日本語が……』を悲喜劇としないために」はちょっとよくわからないなー。というか蓮實さんの場合は、『=日本語論』を読みなさいと、ひとこと書いておけば十分という気がする。ついでに、『他者という試練』も読んでみては如何かと、どさくさに紛れる形で書き添えておこうか。だいたい水村さんの依拠する図式では翻訳文学に対する正当な評価が下せまい。その意味だけでも、きわめて不備の多い問題提起といえるのではないだろうか。

 とにかく「普遍」なるものの暴力に対する鈍感、それにわたくしは耐えられない。「普遍語」うんぬんというようなマチズモになぜ女性が平気でいられるのか。不思議を感じつつ同時に、二重の意味で息苦しくなってしまう(読んでないんだけど)。
 歴史的・地理的条件を度外視してラテン語と英語を同じ「普遍語」と見なすような話の展開も粗雑という意味での暴力そのものだし。水村さんの議論だと結局(少なくとも形式的には)同じことになってしまうのだが、「標準語」や「共通語」が暴力の所産にほかならぬ点を見ないとするならそれは、〈実は日本語なんてものはない〉という視点を、したがってまた英語にもさまざまなレベルがあるのだという視点を欠いているからだろう。
 件の『ユリイカ』についていえば、水村さんを支持する執筆者のひとり(女性)が御自身のブロッグで「『ユリイカ』は大きめの書店でないと並んでないかもしれないので、アマゾンその他で買うのがいいかもしれません」(大意)と書いておられる。〈語るに落ちる〉とはまさにこういうことなのだと思う。

 いや十分に脅威を感じているからこその提言なのだというような反論があるかもしれない。しかし、「日本語」がそうした意味での抽象物である点、さらに英語にもさまざまなレベルがあるという点など、そもそも十二分に承知の上で水村さんは書いているわけでね。
 別のいい方をすると、水村さんが扱おうとしているのは(広義の)政治的領分に属す事柄である。英語が世界語となるならないというのは政治的事象であって、翻訳の手間を省いて効率的にという意味では同時に経済的事象だともいえるが、いずれにせよそれ自体として言語や文学の問題であるわけではない。
 「問題」といういい方をしてしまったけれども、水村さんのように英語の「普遍語」化を所与と見なしてしまえば――それは受け入れるというのと同じことだから――実のところそこに政治的問題は生じようがなくなる。あとはただ矮小化された文学的「問題」が存在するかのように見えているだけのことだ。確かにベネディクト・アンダスンは「(近代の)文学は政治的問題だ」という趣旨のことを述べた。しかしだからといって、政治の問題を文学の次元に還元してよいということにはならない。つまり、『日本語が亡びるとき』の問題意識は政治の次元にあるのだが(そのこと自体はよいも悪いもない)、水村さんは、問題に政治的に取り組むことなく、ただ文学の領域に逃げているにすぎないのである。

 「英語の覇権」という事象に直面したわれわれジャパニーズ・スピーキン・ピーポーが、文学に逃げ込むことなく、政治的態度をとるということはすなわち、英語の「普遍語」化(の暴力)に抗うことである。水村さんのいう「文学」とは、そうした抵抗を諦めた結果として確保されたものにすぎず、そのような「文学」の中でいくら「政治的主張」を繰りかえそうと、もはや政治的な問いとはなりえないのだ(抵抗しないというあり方においてやはり政治性をもっているとはいえ)。実をいうと文学は、『こゝろ』から『蟹工船』まで、そのようにしてずっと敗北し続けてきた。だからまた性懲りもなく「悲喜劇」が繰りかえされているのは何故かしらと思わずにいられない(読んでないけど)。
 「普遍」という暴力に対する政治的抵抗が文学の次元において展開されうるとすれば、その抵抗は翻訳の形態をとるだろう。功利主義からとりあえず離れ、ふたつの言語の間に立ってみるならそのことは十分明らかと思われる。ただしその場合の翻訳とは日本語から英語への翻訳を指す。他言語からの正確で忠実な翻訳という試練を英語に課すことを通じて、その「普遍語」化に抵抗し続けなくてはならない(すでに別のエントリでも述べた)。
 逆に、ふたつの言語の間で考えることができないとき、人は必然的に「普遍語」対「国語」という、(文学的には)誤れる問題との戯れに溺れるほかなくなるのだといってもよい。アントワーヌ・ベルマンはこう述べている(『他者という試練』354 頁)。

〔…〕かくしてここではまさしく言語のかけ合わせが起こっていることになるのだが、ふたつの言語は、互いに混ざり合いつつ同時に紛れもない差異を顕わにしている。それぞれ異なるものとして、一方にフランス語、いま一方にラテン語がある。だがそのふたつの言語は翻訳という混血の空間で、そしておそらくは翻訳だけが存立させうる混血の空間において、それでもやはり互いに結ばれているのである。
 翻訳だけがというのは、翻訳以外の領域で生起するとき、こうした混淆が言語間の権力関係に高い確率で取り込まれてしまうのは明らかだからである(註)。〔…〕。ひるがえって翻訳の意義はといえば、それはむしろ根柢的な平等主義にある。

 (註 科学技術や外交といった領分を大きく越え出て増加の一途を辿る現代のテクスト、フランス語やスペイン語、ドイツ語等々で「作成」されてはいるものの、拙い英語の拙い翻訳としか見えぬ大量のテクストを考えてみれば十分である。それらテクストは英語を、それでも最高位の主人と仰ぎ、最終的に英語へ再翻訳されることを運命としているわけだが、これこそ「言語の混乱」、真の「災禍」であって〔…〕。あるひとつの言語がその支配的地位ゆえに他の全ての言語を覆い尽くし、「普遍言語」となるべく自らが変容してゆくことに承諾したが最後、全的な破壊が起こってしまうのだ。〔…〕)。

 英語の「普遍語」化に抵抗することこそ、マッチョになることなく、日本語の未来を拓く最善の方途であり、翻訳はそのためのきわめて政治的な実践である――このことが理解されるために、いったい何をすればよいのだろう?

 読んでもいない本のせいで(またしても)長文をものして疲れてしまったので、この辺りで休憩する。

           *

 ようやく思い出した、何を書こうとしていたか。
 ジョニー・ウィルキンソンがフランスのチームでプレーするかもしれない――そんなニュースに接して驚いたのだった。「イングランドの他のチームには行かない」と、「サッカー界のウィルキンソン」のようなことを言っていたわけだから、移籍があるとすればそれはドーバーの対岸だろうとは十分予測しうることではあったけれど、ウィルコ獲得を取り沙汰されるチームが、なんとラシング=メトロ。これには困った。そんなことになったらパリジャンのわたくしは日本に帰れなくなるぢゃん。

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2009年1月 8日 (木)

サリンジャー『九つの物語』(エズメ)

 世界には四種類の人間がいる。サリンジャーを知らない人、サリンジャーに興味のない人、『フラニーとゾーイー』が好きな人、『ライ麦畑でつかまえて』が好きな人、そして『ナイン・ストーリーズ』が好きな人である。
 わたくしはおそらく最後のカテゴリーに入るのだろうと思う。『ナイン・ストーリーズ』には確かに愛着を感じている。『ライ麦…』や『フラニー…』はといえば、どうでもよいとまではいわないけれど、特に入れ込んで読んだ経験はない。

 サリンジャー(Jerome David Salinger)作品が描くのは、大雑把にいうなら、子供の世界と大人の世界の接触ということになるだろう。接触することで子供たちはある種の残酷さを体験することになる――いや、これは大人の身勝手な物言いにすぎず、子供たちがそうした経験を「残酷」と捉えているかどうかは決して自明のことではない。とにかく子供たちは大人たちの世界に触れ、彼ら自身のやり方でそれを理解しようとし、さらに何らかのリアクションを行なおうとする。もっとも、子供たちが本当のところ何を考えているか、たいていの場合わからない。彼らの心理がそのものとして記述されるわけではないからだ。しかし、だからといって、彼らが何も考えていないということにはならない。子供たちの言動は、その「背後」に何ものかの存在を確かに想定させはするのだが、同時にまた、アクションそれ自体によって――陰を翳すように――その何ものかを見えなくしてしまう。このいわば翳りとしてのアクションが、サリンジャー作品に独特の雰囲気を与えているようにわたくしには思われる。
 このことは、子供の世界から大人の世界に移行をひとまず果たしたはずの人物についてもおそらくは当てはまるだろう。ただし彼らは大人としてすでに言葉をもっており、それゆえ彼らについての描写には、「内面」と行動のずれという別の次元が付け加わることになる(ただし言葉を獲得することによって「翳り」が失われてしまうわけではない)。

 柴田元幸さんが『ナイン・ストーリーズ』の全訳を刊行された。昨年秋のことである。読まなければと思いつつ、まだ入手するには至っていない。理由はいくつも挙げられるけれど、ひとつにはこの短篇集によってわたくしの中で喚起されるイメージがそれなりの仕方で確固たるものになってしまっており、今回の柴田先生の訳が喚起するイメージとそれが大きく異なっていた場合、きっとショックを受けるだろうから、ということがある。ほとんどフェティシズムといってよいが、原書で読んだ英語の小説としては二番目という、わたくしの「フィジカル・グラフィティ」史上の最初期に読んだものであるだけに、思い入れがそれなりに強くなるのは避けがたい。
 ちなみにその後、英語ではグレアム・グリーンの『情事の終わり』、そしてチェスタトンの『正統とは何か』というような順番で確か原文に挑戦したと記憶する。もっとちゃんとした古典を読みなさい――とお叱りを受けそうだが、シェークスピアはいうまでもなく、十九世紀の英語でさえ、初学者(ワタクシはいちおう仏文科出身)がいきなり取り掛かるには手強い。手強い。モダニズムの地平で書かれた小説なども然り。――あ、それでもポーは読んだ。そしてやはり難しかった。

 何がいいたいかというと、要するに柴田訳『九つの物語』を読むのがいろいろな意味で怖いと、そういうことである。読む前なら蛮勇を奮って何でもいえてしまう(と錯覚することが可能な)ので、こうしてうだうだ書いているわけです。サリンジャーの文章には、胸を締め付けられるような感じ、甘酸っぱい印象、だが同時に、ほろ苦さと、そして決して晴れることのない翳りがある――とか何とか。
 集中、わたくしが最も愛着をもっているのは「エズメのために 愛と汚辱を込めて」(For Esmé - with Love and Squalor, 1950)だが、この短篇はおそらく一般的にいっても、「笑い男」(The Laughing Man, 1949)などと並んで人気のとりわけ高いものではないだろうか。いずれにせよとてもチャーミングな小説である。そう、喩えていえば笠辺哲の漫画のように。
 そうしたチャームをいっそう強めているに違いないのが主人公のアメリカ人と出会うイギリス人少女である。その名 Esmé は、当てずっぽうでいうと Esmeralda の短縮形。Manet や Courbet、あるいは Sunny Adé といった名前がそうであるように、英語ではこうした外国語(風)固有名詞の最後の音節は ay (エイ)と発音されるはずだが、カタカナだと結局エズメが妥当なところか。

 About the time their tea was brought, the choir member caught me staring over at her party.  She stared back at me, with those house-counting eyes of hers, then, abruptly, gave me a small, qualified smile.  It was oddly radiant, as certain small, qualified smiles sometimes are.  I smiled back, much less radiantly, keeping my upper lip down over a coal-black G.I. temporary filling showing between two of my front teeth.  The next thing I knew, the young lady was standing, with enviable poise, beside my table. She was wearing a tartan dress--a Campbell tartan, I believe.  It seemed to me to be a wonderful dress for a very young girl to be wearing on a rainy, rainy day.  "I thought Americans despised tea," she said.
 It wasn't the observation of a smart aleck but that of a truth-lover or a statistics-lover. I replied that some of  us never drank anything but tea. I asked her if she'd care to join me.
 [For Esmé - with Love and Squalor, For Esmé - with Love and Squalor and other stories, Penguin Books, 1990, p. 102]

 直前に立ち寄った教会で見かけた聖歌隊の一人であるその少女(十三歳くらい)が弟と家庭教師役の女性と連れ立って喫茶店に入ってくる。彼らは主人公の近くのテーブルに腰を落ち着けるのだが、互いに相手を認め、しばらく無言で微笑を送り合っていると、突然、少女が自分のところにやってきた、そういう場面である。原文では、読まれるとおり、「気づいたときにはすでに隣に立っていた」というレトリックによって、主人公の驚き(ほんの一瞬のことであるにせよ)が表されている。少し前の文中に "abruptly" とあるけれども、それ以上に本当の意味で「不意」の出来事は、実のところ、少女の方が積極的に大人の世界に身体的・物理的に接触してきたことなのである。それはまた主人公の願望でもあったろう。だから驚きと悦びを示唆する "The next thing I knew, the young lady was standing..." という構文自体に意味があり、そしてそれは最大限に尊重されなくてはならないはずである。フランス語版ではどのようになっているだろうか。

 Au moment où on leur apportait le thé, la petite choriste surprit le regard que je posais sur leur groupe. Elle me regarda attentivement à son tour, avec ses yeux à inventaire, puis, soudain, me gratifia d'un petit sourire de politesse. Il était presque radieux, comme le sont parfois les petits sourires de politesse. Je le lui rendis, en beaucoup moins redieux ; je devais cacher avec ma lèvre supérieure le mastic noir du pansement de G.I. qui sparait mes deux dents de devant. Avant que je m'en fusse rendu compte, la demoiselle se tenait debout près de ma table, avec une assurance que beaucoup auraient enviée. Elle portait une robe écossaise -- le tartan des Campbell, je crois -- que je trouvais faite à merveille pour être portée par une toute jeune fille, un jour très, très pluvieux.
 -- Je pensais que les Américains détestaient le thé, dit-elle.
 Ce n'était pas l'observation d'une je-sais-tout, ais plutôt d'une personne qui aimait l'exactitude ou les statistiques. Je répondis que certains de mes compatriotes ne buvaient jamais rien d'autre. Je lui demandai si elle accepterait de partager ma table.
 [Nouvelles, traduites de l'américain par Jean-Baptiste Rossi, Robert Laffont-Pocket, 1961, 2008, p. 147-148]

 これだとやや説明的にすぎるのではないか? 上で触れたような "soudain" との(内的な)関連も見えにくくなっているように思う。"a truth-lover or a statistics-lover" なども、説明的に訳されてしまっているけれど、こちらはまあ仕方ないかもしれない。ここでは少女が生真面目な人である点は少なくとも伝わってはいる。他方、"never drank anything but tea" は、原文では語り手によって間接的に伝えられるという間接話法の形になってはいるけれども、主人公は実際に "anything but tea" と発言したに違いないので(だからこそイタリックになっている)、やはりイタリックによる強調はあった方がよいのではないだろうか。表現自体をどうするかは悩ましいが "ne buvaient jamais que le thé" でもべつだん問題はなさそうに思う。

 一瞬の驚きのあと、主人公は平静を(少なくとも表面上は)取り戻す。彼は基本的にシニカルで、やや意地の悪い観察をエズメに対して行なうのだが、そうした意地の悪さが言葉として発せられるのは一度きりである。

 Esmé gave me a long, faintly clinical look. "You have a dry sense of humour, haven't you?" she said--wistfully. "Father said I have no sense of humour at all. He said I was unequipped to meet life because I have no sense of humour."
 [...]
 "Charles misses him [their deceased father] exceedingly," Esmé said, after a moment. "He was an exceedingly lovable man. He was extremely handsome, too. Not that one's appearance matters greatly, but he was. He had terribly penetrating eyes, for a man who was intransically kind."
 I nodded. I said I imagined her father had had quite an extraordinary vocabulary.
 "Oh, yes; quite," said Esmé. "He was an archivist--amateur, of course." [Ibid., p. 108-109]

 Esmé m'enveloppa d'un long regard clinique.
 -- Vous avez un grand sens de l'humour, n'est-ce pas ? dit-elle, l'air malin. Père disait que je manque totalement d'humour. Il disait que j'étais mal armée pour affronter la vie, parce que je n'ai pas le sens de l'humour.
 [...]
 -- Père manque excessivement à Charles, dit Esmé après un instant. C'était un homme excessivement aimable. Il était extrêmement beau aussi. Non que l'apparence physique m'importe beaucoup, mais c'est un fait. Pour un homme foncièrement bon, il avait un esprit terriblement pénétrant.
 J'acquiesçai. Je dis que son père devait avoir, du moins je l'imaginais, un vocabulaire extraordinairement étendu.
 -- Oh oui, très, dit Esmé. C'était un archiviste... Amateur, bien sûr. [Ibid., p. 154-155]

 "-ly" という形式の副詞には、多くの場合、ほぼ同じ意味をなす前置詞句(前置詞+名詞)が用意されていて、「ふつう」の英語作法では、これほど連続的に "-ly" だけが連発されることはない。そうしたやや奇異に響く話し方はフランス語訳でも概ね正確に処理されているといってよい。だが、原文の "extraordinary" という形容詞を "extraordinairement" という副詞に変えるのは少々やり過ぎに思われる。亡父を強く慕うエズメは、「お父さんは並外れた語彙をもっていらっしゃったんだろうと想像するよ」という皮肉めいた言葉を文字通りに、そして肯定的な評言として受け取ってしまう。エズメの年齢からして皮肉がたんに通じなかったと解釈することも不可能ではないだろう。しかし、原書で主人公が "-ly" を使わなかったある種の優しさ――その迂遠な(ほとんどイギリス的な?)やり方のせいで皮肉は不発に終わる――が、 "-ment" を用いることによって消されてしまい、明白な皮肉と、それが通じない愚鈍さという対比に置き換わってしまっている。エズメは全篇を通してむしろ利発な人として描かれていることともそぐわない。要するに、この訳では「愛」が消えてしまうのである。この小説の主題が(「汚辱」以上に)「愛」である点を強調しておきたい。
(ただし、この一文は間接話法なので、実際の発話がどうだったかは推測するほかない。たとえ実際に主人公が(仏訳者が考えたであろうように)あからさまな皮肉を口にしていたのだとしても、語り手は "extraordinarily" とは少なくともいっていない。大切なのはその点だ。)

 ユーモアのセンスをもち合わせていないと自認する少女は、作家志望の主人公に、唐突にひとつの願いを表明する。

 "My father wrote beautifully," Esmé interrupted.  "I'm saving a number of his letters for posterity."
 I said that sounded like a good idea. [...].
 She looked down at her wrist solemnnly.  "Yes, it did," she said.  "He gave it to me just before Charles and I were evacuated."  Self-consciously, she took her hands off the table, saying, "Purely as a memento, of course."  She guided the conversation in a different direction.  "I'd be extremely flattered if you'd write a story exclusively for me some time.  I'm an avid reader."
 I told her I certainly would, if I could.  I said that I wasn't terribly prolific.
 "It doesn't have to be terribly prolific!  Just so that it isn't childish and silly."  She reflected.  "I prefer stories about squalor."
 "About what?"  I said, leaning forward.
 "Squalor.  I'm extremely interested in squalor."
 I was about to press her for more details, but I felt Charles pinching me, hard, on my arm. [Ibid., p. 110-111]


 -- Mon père écrivait joliment, coupa Esmé. Je garde un certain nombre de ses lettres pour la postérité.
 Je dis que ça me semblait une excellente idée. [...].
 Elle regarda son poignet d'un air grave :
 -- Oui, elle était à lui, dit-elle. Il me l'a donnée, juste avant que Charles et moi soyons évacués.
 Un peu gênée, elle retira ses mains de la table, ajoutant :
 -- Il me l'avait prêtée seulement, bien sûr.
 Elle changea de conversation :
 -- Je serais extrêmement flattée si vous vouliez écrire, un jour, une histoire rien que pour moi. Je dévore les livres.
 Je lui dis que je le ferais certainement, si je pouvais. Je dis que je n'étais pas un auteur très fécond.
 -- Ça n'a pas besoin d'être terriblement long ! Du moment que ce n'est ni bête ni puéril.
 Elle réfléchit.
 -- Ce que je préfère, c'est les histoires sur l'abjection.
 -- Sur quoi ? dis-je, me penchant en avant.
 -- L'abjection. Je suis extrêmement intéressée par l'abjection.
 J'étais sur le point de lui demander de plus amples détails, mais Charles me pinça le bras un bon coup. [Ibid., p. 156-157]

 「私が好きなのは汚辱についての話」。エズメはあくまで生真面目である。彼女の言動が「出し抜け」と見えるのは、子供の世界の論理が大人の世界のそれとは異なっているからだろう。事実、「汚辱」がどういうものか確かめることができぬまま主人公はエズメと分かれることになるのだし、物語の後半にはなるほど戦場の様子が出てくるけれども、それがエズメのいう squalor にあたるかどうか、読者にもやはり判断はつかないのである。
 ちなみに「汚辱」という訳語自体、問題となりうるが、主人公にも、そして言い出した本人にもおそらくはよくわかっていないので、曖昧さの残る訳語が結局のところ「正確」ということになるだろう。エズメがいいたかったのは、例えば「愛」の物語より「汚辱」の物語の方が好みだ(prefer は比較を示す)ということだが、語り手は敢えて主題を、squalor ではなくむしろ love としている。タイトルが love and squalor という順序になっているのもそのことを示唆しているのではないだろうか。
 とはいえ、本篇が結婚するエズメに捧げられたオマージュであることそれ自体は「エズメのために」というタイトルからしてすでに明らかではある。「汚辱」についての物語を書いてくれといわれて主人公は「身を乗り出す」、つまり今度は大人の方から思わず少女の世界に接触しようとする。この模倣の身ぶりがまずは素晴らしいのだが、同時に、テクスト全体がそもそも彼女の言葉遣いを模倣しようとしており、われわれはその点に感動しないわけにはいかない。そのことは実は第一段落において予告されていた。

 Just recently, by air mail, I received an invitation to a wedding that will take place in England on April 18th.  It happens to be a wedding I'd give a lot to be able to get to, and when the invitation first arrived, I thought it might just be possible for me to make the trip abroad, by plane, expenses be hanged.  However, I've since discussed the matter rather extensively with my wife, a breathtakingly level-headed girl, and we've decided against it--for one thing, I'd completely forgotten that my mother-in-law is looking forward to spending the last two weeks in April with us. I really don't get to see Mother Grencher terribly often, and she's not getting any younger.  She's fifty-eight. (As she'd be the first to admit.) [Ibid., p. 97]

 Il y a quelques jours, j'ai reçu par avion une invitation à un mariage qui doit avoir lieu en Angleterre le 18 avril. Ce mariage, je donnerais gros pour y assister, et quand l'invitation est arrivée, j'ai d'abord pensé que je pourrais faire la traversée d'un coup d'aile, au diable l'avarice ! Et puis, j'ai tourné et retourné le projet sur toutes les coutures avec ma femme, une fille d'un équilibre à vous couper le souffle, et en définitive nous nous sommes prononcés contre. Une des raisons essentielles, c'est que j'avais complètement oublié que ma belle-mère se faisait une joie de passer avec nous les deux dernières semaines d'avril. Je n'ai pas si souvent l'occasion de voir maman Grencher, et elle ne rajeunit pas. Elle a cinquante-huit ans (c'est du moins l'âge qu'elle supporte qu'on lui donne). [Ibid., p. 141]

 段落全文、ペンギン版で 13 行(ちなみに仏語ポケット版では 16 行)の中に "-ly" という副詞が実に六度も出てくる。たぶんこれは意識的にそう書かれているのであり、第一文の最初の表現からしてすでにオマージュであることをあからさまに誇示するものとなっている。翻訳の方は、残念ながらそのようになってはいない。きわめて英語的な "breathtakingly" に対する "à vous couper le souffle" など、他に仕方もあるまいとは思うけれど(それが妻を形容する言葉であることの意味はここでは考えない)、これではただの「意訳」である。とにかく、最初の表現はやはり  "Juste récemment" でなくてはならない。

 要するに、この短篇全体がエズメに対するひとつの餞となっていることをテクストの水準で示すのが、やや過剰にちりばめられた "-ly" という副詞なのだから、翻訳においてもその言葉遣いはできるかぎり再現される必要があるだろうということになる。
 フランス文学が伝統的に重きを置いてきた散文形式は le roman すなわち「筋のある長めの物語」という意味での長篇小説だった。それ自体として固有の性質をもつ形式としての短篇小説(la nouvelle)はさほど重視されてこず、だからこの『サリンジャー短篇集』も単に相対的に短い話(le conte)として受け取られ訳された可能性はある。

 細かい点をついでに指摘しておくと、「航空便で」届けられた招待状に対するリアクションとして「航空機で」イングランドに渡ろうかという話なのだから――つまりふたつの世界の接近・接触のひとつの様態が問題になっているのだから――、表現の水準でも対句となるようにすべきではなかっただろうか。

 また、戦場の場面、小説の主題とは関係ない表現レベルでの事柄として、新潮文庫版日本語訳を読んだときに気になったのは次のようなところである(本が手元に無いので引用はできないが)。

 Clay glanced over at him,  "Listen, ya bastard," he said.  "She knows a goddam sight more psychology than you do."
 "Do you think you can bring yourself to take your stinking feet off my bed?" X asked.
 Clay left his feet where they were for a few don't-tell-me-where-to-put-my-feet seconds, then swung them around to the floor and sat up. [Ibid., p. 120]

 Clay le regarda.
 -- Écoute, espèce de salaud. Elle s'y connaît rudement mieux que toi en psychology.
 -- En te forçant un peu, tu ne pourrais pas enlever tes pieds pourris de mon lit ? demanda X...
 Clay garda ses pieds où ils étaient pendant quelques secondes, l'air je-sais-très-bien-ce-que-j'ai-à-faire-de-mes-pieds, puis, il les balança par terre et s'assit. [Ibid., p. 168]

 ハイフンで連結された部分全体がひとつの形容詞句として "seconds" を修飾している。その「臭い」足をベッドから下ろせと言われたクレイが、すぐには動かさず、数秒間抵抗してみせる。その無言の数秒を言葉にすれば〈俺の足をどこに置こうと俺の勝手だ、指図するな〉になるだろうと、そういう表現である。ポイントは、「…の様子で」という言い方が原文には見当たらない、つまりこの形容詞句が直接に「数秒」にかかっていることだが、一方、フランス語訳では形容詞句が "air" (様子)という名詞を介して「数秒」を説明する形になっている。2007 年 W 杯、対南アフリカ戦でのデラサウ(フィジー)のトライを、TF1 のアナウンサーは un attends-moi-j'arrive essai と表現した。英語だと a wait-for-me-I'm-coming try、要するに「〈待ってろよ今行くから〉トライ」というようなものだが、同じやり方で "quelques secondes je-sais-très-bien-ce-que-j'ai-à-faire-de-mes-pieds [secondes]" とすればよかったのではないだろうか。戯れに日本語に訳すなら、例えば「〈俺の足をどこに置こうと俺の勝手だ、指図するな〉みたいな数秒間」といった形になるだろうけれど、ハイフンの処理をめぐる問題は、実はハイデガーの異様な語彙の問題ともつながってくるということがあり(面妖な言葉は面妖なまま処理すべき、云々)、他方、これが 1961 年の訳業であり、その意味で時代的限界は当然あるということも考慮しなくてはならない。いずれにせよ、「笑い男」にも類似の表現が出てくるので、その時に併せて――というか、シリーズ化すると決まったわけではないので、そういう機会があればということだが――改めて考えることにしたい。

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2008年12月28日 (日)

英語を防衛する

 毎日新聞ニュース(12月22日21時37分配信)より

〈高校新学習指導要領案〉英語で授業…「自信ない」教諭も 

「使えない英語」から「使える英語」へ。22日に公表された高校の新学習指導要領案は「英語の授業は英語で行うことを基本とする」と明記した。文法中心だった教育内容を見直し、英会話力などのアップを目指すのが狙い。文部科学省は「まず教員が自ら積極的に用いる態度を見せるべきだ」と説明する。だが教諭の英語力や生徒の理解度はばらつきが大きい上、大学入試は従来通りとみられ、現場からは効果を疑問視する声も出ている。【三木陽介、平川哲也、高橋咲子】

 ◇理解度に差、疑問の声

 「文科省は現場を分かっていない」。千葉県の県立高の英語教諭は苦笑する。学校によっては、アルファベットの b と d が区別できない生徒もおり、「英語で授業なんて無理」。

 大阪府の府立高の男性教諭も「苦手意識を持った生徒が、ますます英語から離れてしまう可能性がある」と危惧(きぐ)する。進学校でも「難関大学の長文問題は行間を読まないと分からない。結局、日本語で説明する必要があるので時間のロスになるかも」(福岡県の英語教諭)と困惑する。

 どんな授業が想定されるのか。文科省は「授業を始めるよ」「○ページを開けて」「いい発音だね」といったやり取りは英語で、と説明するが、本格的に英語で授業をしようとすれば教員の英語力も問われる。千葉県の教諭は「それぐらいなら今もやっている」と話すが、別の英語教諭は「全部英語でやるのは正直自信がない。研修をさせられるんでしょうか」と不安げだ。

 〔…〕

 高校の(中学も)先生方にはほんとうに同情する。というか、同情することしかできないのがとても歯痒い。「英会話力などのアップ」だって。こんなやり方で「アップ」するものか! 本当に英語の必要な人は必要に迫られてそれなりに「使える」ようになるはずだし、現にそうなっているだろう。そうでなくては「国際社会」とやらの中でそもそも生きてゆくことなどできまい。

 だいたい、郵政民営化だの京都議定書だの対「テロリスト」戦争だのによって、日本の金が一層巻き上げられてゆくのは必至とすれば(そういう話ですよ、詳しくは知りませんし、そうでないとしても責任は取りませんが)、それは英語が「使える使えない」の問題ではなく――だって条文の文言を正確に読んだ上で調印するわけだから――、そういった事柄を超えた国際政治の次元での問題ということになる。それが日本の本当に歩むべき道なんだろうか。

 高校生に英語を教えた経験からいうと、文章(日本語)の読み書きについての才能は、このくらいの年代にはそれはもう残酷なまでに差が生じ始めている。もちろん、書けず読めもしない人たちの大半は、たんにそうした経験がそれまでなかったからとも考えられるので、資質だけの問題ではないけれど(so it's never too late to start, you guys!)、ではいわばこれから文章の読み方や書き方を学ぼうとする中学生や高校生は、実際にはどのようにしてそれを修得するのかといえば、それは英語の授業を通じてである。
 確か丸谷才一だったか、学校の「国語」の授業における過度の文学趣味を批判していたように思う。いわゆる「国語改革」の諸問題を扱った著作である。正当な批判だと思うが、現実に質の高い散文・評論文が中心的に教材となるという風になっているのだろうか。いずれにせよ、書く訓練はまともに行なわれてはいないだろう。書くというのは、ある程度高度な内容を備えた論理的な文章を書くということだが、それは、私見では、大学入試問題に見られるような長めの英文を和訳するという作業によって初めて経験されるのである(誰にいわれたのでもなく勝手に本を読むような人は別、そういう人たちは語彙さえ備わっていれば、放っておいても出来るようになるから)。外国語を訳すことによって書き言葉が誕生する――ドイツの例が有名だが、実は歴史的にいって日本語もそうだったので、古い話はさて措くと、近代日本語は実質的には英語を筆頭とする外国語を訳す課程でその形が定まってきた。これはエリートに限らず、明治時代にすでに「庶民」を巻き込む英語ブームがあったことがわかっている。
 要するに明治期の社会的な事業が、現在でも個人の次元で反復されているわけだ。古文や漢文の素養があればよいけれど、いずれにせよ大変な業には違いない。だから教科としての英語は負担が大きいのだし、教科としての現代文が変わらないかぎりは、コマ数はもっと増やしてもよいのではないかとさえ思われてくる。これは「世界語」たる英語を「使える」ようにするというような浅ましい功利主義とはほとんど関係がなく、むしろ「国語」の問題なのである。英語の先生は大変です。英語だけでなく日本語まで教えなくてはならないのだから。そして、ただでさえ大変なのに、更に負担が――おそらくは限界を超えて――増加する。わたくしが高校の英語教諭だったら、役人に抗議するね。あんたら何もわかってへんと。そんなことより、教員の養成(英語の先生にも日本語運用能力が必要なのだから当然)にもっと予算と時間を費やすべきだろう。

 梅田先生のことを思い出した。××高校の梅田忠ヲ(男だったか夫だったか、それとも雄だったか)、通称ウメチュウ先生。同時通訳の資格をもってらっしゃるというお話だったが、とにかくわたくしは梅田先生の授業が好きだった。好きだったのだが、授業中は上の空でいることが多かったのも事実である。ある日、何かの話(たぶん語源論とかそういう)の流れでふいに当てられて、よく聴いていなかったわたくしは、ラテン語と答えるべきところで「ロマンス語」と答えてしまった。クラス中が笑った。笑ったということは誰もロマンス語のことを(そして大半はおそらくラテン語のことさえ)知らなかったということである。わたくしも笑ったはずだが、梅田先生が「だから、ロマンス語は中間段階で、その前は」と助け舟を出してくださったお蔭で何とか落ちをつけることができたのだった。「ほな、ロマンス語いうのんも全くの間違いいうわけでもなかったんやー」と女子二人が囁きあう。そらそうでんがな。あの「ロマンス」とはちゃうねんで。もう引退なさっているかもしれないけれど、お元気でいらっしゃるだろうか。

 アルファベットの b と d の区別……。そうか。先生はやはり大変だな。確かに似てはいるよなあ。小学生か中学生の頃、だまされて adidas の偽物を購入した純真な少年少女がわたくしの周囲にいた。 その名も abibas だ。でもこれは英語の問題ではないような気もする。他の要素と一緒に塊で与えられたら、わかりにくいかも。今の子供は金をもっているし、ブランド情報に通じてもいるから、たとえ b と d の別を知らなくても、だまされることはないだろう。

 わたくしは「英語帝国主義」(批判)にはあまり関心がない。イングリッシュ・スピーキング・ピープルのいわゆる不遜にはそれは腹が立ちもするし、世界には英語と日本語しかないとでもいうような『日本語が亡びるとき』の別の種類の(だが本当に別種なのだろうか)倣岸は端的に間違っていると思うが、それとは別に、英語の「普遍語」への変容、というよりむしろ、変容してゆくことによる(イギリス語やアメリカ語の)虐殺を嘆いたり、積極的に対策を講じようとする人々が他ならぬイングリッシュ・スピーキン・ピーポー(グを省略してみました)の中にいてもよさそうな気がするのである。実はわたくしは英語が好きなので(初めて通しで読んだ外国語の書物はチェスタトンの The Napoleon of Notting Hill)、シンポー・リングリシュのようなものを見ると悲しくなってしまう。水村さんもたぶん心情としてはそうなのだと思う。地球規模の膨張傾向に終わりがないとすれば、殆ど唯一実践可能な対抗策は、各言語から英語への翻訳――厳密な意味での翻訳――を措いてほかにないと思う。
 グレン・グールドの愛読書のひとつが『草枕』の英訳だったことはよく知られているけれど、日本語でいえば、村上春樹作品の英訳という、ある意味で倒錯的な業で満足するのではなく(貧しいといっているのではない、彼の作品はもともと英語で書かれたもののいわば日本語バージョンなのだからそれを英語に直すのは倒錯であるということ)、谷崎、中上、大江、古井といった真のテクストによる試練を英語に課さなければならない。「異なるものによる試練」である。逆に、例えば中上を訳せなくなってしまったとき、英語は本当に死ぬのだといってもよい。

 その被慈利〔ひじり〕にしてみれば熊野の山の中を茂みをかきわけ、日に当たって透き通り燃え上がる炎のように輝く葉を持った潅木の梢を払いながら先へ行くのはことさら大仰な事ではなかった。そうやってこれまでも先へ先へと歩いて来たのだった。山の上から弥陀がのぞいていれば結局はむしった草の下の土の中に虫がうごめいているように同じところをぐるぐると八の字になったり六の字になったり廻っているだけの事かも知れぬが、それでもいっこうに構わない。歩く事が俺に似合っている。被慈利はそううそぶきながら、先へ先へと歩いてきたのだった。先へ先へと歩いていて峠を越えるとそこが思いがけず人里だった事もあったし、長く山中にいたから火の通ったものを食いたい、温もりのある女を抱きたいといつのまにか竹林をさがしている事もあった。竹林のあるところ、必らず人が住んでいる。いつごろからか、それが骨身に沁みて分かった。竹の葉を風が渡り鳴らす音は被慈利には自分の喉の音、毛穴という毛穴から立ち上がる命の音に聴こえた。〔中上健次「不死」『熊野集』最初の段落全文〕

友人と話したことがあるけれど、「その被慈利にしてみれば」というこの魔術的な出だしが素晴らしすぎる、云々。
 あるいは、テクストとしての豊かさという点では比較にならないとしても、水村美苗の『私小説 from left to right』。著者の自負にもかかわらず、英語部分にはやはり「ガイジン」特有の癖があるはずであって、有能な訳者はそうした異質性を翻訳できるはずだから、そうした差異が感知されなくなってしまえば英語はもはや死んだも同然ということになってしまう。英語の「普遍語」化とはつまるところそういうことだ。
 少し前に言及した鴻巣さんの書評は要するにそのこと、つまりまっとうな翻訳家なら当然そう考えるだろうところの事柄を示唆しているのである。『日本語が亡びるとき』は著者自身の英語への二律背反的態度がちょっと困った仕方で表現されてしまった厄介かつ人騒がせなエッセイ以上のものではないが、水村さんが諦めてしまっている英語の防衛――それは同時に例えば日本語の防衛をも意味する――はまだ不可能と決まったわけではない。水村さんや、そして何故か賛同している内田樹さんのペシミズムは、ひとつには、翻訳の営みをただ功利的観点からしか捉えていないことに由来すると思われる。もちろん、防衛とは守旧ということではない。放っておいてもいずれ言葉は変容してゆくのだから。

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2008年12月10日 (水)

「蓮實重彦が偏愛する……」

蓮實重彦が偏愛する本」フェアなるものが九月末頃から催されていた(いる?)と伝え聞く。新著『映画論講義』刊行に合わせての企画だ(った)とか。ふーん、全然知らなかったよ。たとえば「デリダ産業」だの「ベンヤミン産業」だのといった意地の悪い言い方があるのは承知しているけれど、その伝でいえば「蓮實産業」も成立することになるわけだねえ。どういう本が「偏愛」の対象となっているか、それは本屋で実際に確かめて――と、版元は言うのだが、そしてその趣旨にはもちろん心から賛同するけれども、まさかパリから駆けつけるわけにもゆかず(っていうか、なんで大阪はキタの旭屋書店・紀伊國屋書店でやらんと江坂でやってんの?)、一興にと思い、ネットで情報を仕入れることにした。以下は覚書として(余計なことをするなと叱られそうだが、一応ワタクシと重複するものには印を付けてみた。もちろんある種の自己満足のため)。

阿部和重『シンセミア』
ヴァージニア・ウルフ『燈台へ』
大江健三郎『臈たしアナベル・リイ 総毛立ちつ身まかりつ』
河野多惠子『みいら採り猟奇譚』
後藤明生『挟み撃ち』 ●
ルイ=フェルディナン・セリーヌ『北』
クロード・シモン『フランドルへの道』
ジャック・デリダ『有限責任会社』
ジル・ドゥルーズ『差異と反復』
中上健次『熊野集』 ●
中上健次『千年の愉楽』
中原昌也『ニートピア2010』
ロラン・バルト『彼自身によるロラン・バルト』 ●
ロラン・バルト『ミシュレ』
ミシェル・フーコー『言葉と物』 ●
藤枝静男『田紳有楽・空気頭』
藤枝静男『悲しいだけ・欣求浄土』
古井由吉『白暗淵』
松浦寿輝・古井由吉『色と空のあわいで』
松浦理英子『犬身』
村上龍『コインロッカー・ベイビーズ』 ●
ジャン=ピエール・リシャール『マラルメの想像的宇宙』
山田宏一『友よ映画よ、わがヌーヴェル・ヴァーグ誌』
山田宏一『トリュフォー、ある映画的人生』


※蓮實氏が「魅せられ」つつも、残念ながら品切れの本

阿部和重『ABC戦争』
井上究一郎『ガリマールの家』
井上究一郎『幾夜寝覚』
笙野頼子『二百回忌』
アラン・ロブ=グリエ『消しゴム』

 ふーん。へええ。ある意味で十分予想のつくリストではあるよね。意地の悪い感想を書き付けると、金井美恵子なんかは自作が選ばれなかったことに軽いショックを受けているのではないだろうか(説明は省きます)。
 念の為にいい添えておけば、わたくし自身は金井氏の小説は好きだし、とりわけ初期の短篇「窓」や長篇の『岸辺のない海』などにはほとんど「偏愛」といってよいほどの愛着をもっている。近年の「細雪」風といえばよいか、ガラッと作風の変わって以降のものは、一通り読みはしたものの――『タマや』での「なめまかしい」のエピソードや漢字を微妙に読み間違う男(「ターザン、大いにオコる」とか)の話には大いに笑わされたけれど――、そのエクリチュールのレベルでの「冒険」も含めて、御本人の自負にもかかわらず、さほど感心した記憶がない。それでも初期作品は割と高く評価している。

 デリダと大江、それに松浦・古井の共著、そして松浦理英子はまだ読んでいない。「まだ」って書くと、「これから読む」という風にも解されそうだけど、日の本に帰って確実に読むだろうと思えるのは大江の『臈たしアナベル・リイ 総毛立ちつ身まかりつ』くらいだろうか。まずタイトルが凄まじいよね。
 文学で泣く人がたまにいるけれど、たとえばワタクシは大江の中篇「僕が本当に若かった頃」を読んで文字通り涙した経験がある。もう何年前になるんだろう、単行本は嵩張るのでもって来なかったが、もう一度読み返したいなあ。読んだ人には説明するまでもないと思うが、終りの方でこの言葉がゴシック体になって出てくるんだよね。僕が本当に若かった頃……。そこで不覚にもというか、端的に深くというべきか、わたくしはとにかくガツンとやられたのだった。太字であればよいというわけでもないんだろうけど、というのは、例えば村上春樹の『ノルウェーの森』にも確か太字処理された文が出てきたはずだが、それには特に何も感じなかったから。

 リシャール……。いいよね、うん、やっぱりマラルメ論が最高かな。個人的には、少し前に読み返したシャトーブリアン論(Le Paysage de Chateaubriand)やユゴー論(Études sur le romantisme 所収)も好きだけど。他方でプルースト論なんかは、うまくハマりすぎて逆に物足りなく感じてしまう(もちろん素晴らしい読解であることは間違いないのだが)。というより、プルーストのテクストって、理論的な読みにはかなり頑強に抵抗するんだよね。たとえば精神分析批評なんかもピタリとハマるけれど、et alors ? と感じてしまう。煮ても焼いても食えない、そういうテクスト。

 そうそう、蓮實氏の本から何か選ぶとすれば、わたくしは『反=日本語論』、『凡庸な芸術家の肖像 マクシム・デュカン論』、『ハリウッド映画史講義 翳りの歴史のために』の間でおそらくは迷うことになるだろう。今の気分としては――つまり水村美苗の問題提起に相当の違和感を覚えた記憶がまだうっすら残っているので――『反=日本語論』になるかもしれない。

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2008年11月23日 (日)

水村美苗『日本語が亡びるとき』を読

 んではいないのですが、すでに内容を知ってはいましたし、また新聞やブログその他の書評を読んでだいたいのところは把握できたように思います。
 フランスの文脈でいえば、P・バイヤール『読んでいない本についていかに語るか』の問題につらなったりするだろうから、あの本を読んでおいてよかったなあと――ですから、わたくしがバイヤールの本を実際に読んだかどうかは問うてはならないわけですが――、あるいはフランスにかぶれなくたって、たとえば福田恆存が「流行のものは、それについて語りたい人の話を聞いていれば大体わかる」という趣旨のことを書いていましたけれど、まあ要するにそういうことです。さすがにきちんとした論評はできないので、触発された覚書として(だから真に受けられては困りますし、またまとまりや展開を考えてもいませんので御注意ください)。

 読んだ感想文では、とりわけて、出版社勤務というある編集者の冷静さを欠いた賛辞にはショックを受けました。何といっても編集者ですからねえ……もっとも「同 居 人 と 二 人 暮 し」というような言葉遣いが気にならない方のようですし、無理からぬことなのかもしれません(これは例えば「花売り娘の少女」というのと同じことだから、それが成り立つなら、「同居人と別々の場所で暮らしている」や「花売り娘の少年」も可能になるということです、仰りたいことはわかりますけどね、「二人で」ってのがポイントなんですよね)。この不況下、本が売れるというのはたいへんに喜ばしいことではあるのですが、それにしても。

 反対に、部分的にではあれ、共感を覚えた記事(ブロッグや新聞のそれ)も少なくありません。そのなかで鴻巣友季子さんの「〈読まれる言葉の連鎖〉への参加」という書評(朝日新聞 11月16日付)が、批判めいた言葉はふつう用いられないという新聞書評の制約のなかで問題点のひとつを的確に突いており、包括的とはいえないにしても(何しろ短文ですので)、すぐれた批評となっているように思われました。
 最も興味深いのは、この書評において出会っているのが、同じひとつの作品――『嵐が丘』――の翻案を書いた人と翻訳を行なった人だという点でしょう。出会うといっても、にこやかに握手しているわけではありませんが、それはともかく一般に、翻訳の営みを軽く考えている人々は、政治的なスタンスを確保する(批評的なスタンスをとりつつ原典に取り組む)には翻案でなくてはならないと考える傾向にあるような気がします。「翻訳」とは要するに、正確性のみをもってその価値が測られるただ無色透明なだけの媒体にすぎず、一方で翻案は、なるほど不正確かもしれないけれど、しかしそうであるがゆゑに、その不正確さにおいてこそ(テクスト上で)批評性・政治性を発揮しうるのだと。
 例えばそういう錯誤を解くためにこそ、「翻訳学」なるものが
提唱されているのですが(たとえばアントワーヌ・ベルマン)、『他者という試練』の付録「関連文献」に水村さんの『私小説 frome left to right』を挙げたのは、この小説のひとつの意図が「英語への翻訳を拒絶する」ことにあったという著者の発言を踏まえてのことでした。すなわち同作品は明らかに翻訳の地平で書かれたものだからということです(著者がそう考えているという話であって、実際に翻訳するとなったらそれはまた別の話。わたくしは決して不可能ではないだろうと考えますが)。つまり、いわゆる「英語の覇権」という事象は、たんなる時事問題としてではなく、「近代」その他と同じく、理論的にも考えられなくてはならないのだと思います。

 たぶんタイトルが「近代日本語の亡びるとき、云々」だったら、誰も文句をいわなかったのではないか? 水村さんが〈近代(日本)文学〉を偏愛していることは、彼女のこれまでの小説群を一読すれば明らかですが、正直なところわたくしは、もう少し近代日本文学に対して距離を置いているのだと思っていました。いやもちろん、批評的なスタンスであることは間違いなく、そうでなければ『明暗』の続篇など書けるはずもありません。ですが、近代日本語(文学)を、他の時代の日本語(文学)と関連づける形で相対化するという視点はおそらく彼女にはないのでしょう。
 再びもちろん、その相対化は簡単なものではありません。明治時代に、天皇の意味づけが全く変わってしまったのと同様、日本語も系統断絶というに近い変化を蒙ってしまったわけですから。いづれの御時にか女御更衣あまたさぶらいたまひけるにいとやんごとなき際にはあらぬがすぐれてときめき給ふありけり……。高校の古文の授業で覚えたのがいまだに残っているのでつい書いてしまいましたが、いつ読んでも(詠んでも)うっとりするほかない文章です。しかし肝腎なのは、明治以降(正確には平安時代以降ですが)このような日本語を書くことがもはやできなくなってしまったという点です。そして、だとするならば、こうも言えるのではないか、われわれはもはや漱石のように書くことはできないと。今は辛うじて可能としても(水村美苗、奥泉光)、やがては不可能になるだろうと。
 かつて後藤明生は「もはや永井荷風のようには書きたくとも書けない」と書きました。ゴーゴリばかり取り沙汰されるけど実はプルーストなんぢゃないかと、つまりどう考えてもこれは「失われた外套を求めて」だよなーとさえ思われる『挟み撃ち』という傑作小説です。1970年代のことですから、もう一世代前のことになります。その後の日本語(文学)の変化は取るに足りないものでしょうか? 確かに明治期の変革は、政治経済とも関連するきわめて大きなものでした。「世界」との関連からいっても。しかしその「世界」がいつまでも明治期と同じように欧米だけを指しているという考えは、あまりに守旧的だと思います。三度もちろん、「世界=ヨーロッパ」という見方、その一変奏に他ならぬ「普遍語=英語」という発想には、一種の歴史的必然性があり、簡単に相対化できるわけではないにせよ。
 「見方」? 「発想」? そうではなく、これは事実なのだと、そう唱える人がいるかもしれません。しかし純粋な事実確認など不可能だというのは、つまり言葉というものは決してそこにとどまりはしないということは、もはや常識でしょう。現状の追認が反動に直結しうる、いい換えれば科学的言説も政治性を免れ得ないということもまた常識に属す認識であって、だからこそこの『日本語が亡びるとき』は、感情的とさえ見えるような反応を多く引き起こしてしまったのではないでしょうか。

 われわれは、水村美苗の小説(小説としては面白いし割と好きなんですがね)のように反動的ではなく、真に新しい言葉がすでに誕生していること、これからもそうであろうことを知っています。たとえば多和田葉子。外国語映画の吹き替えのような、徹底して「深さ」を欠いたあれら恐るべき言葉がどのようにして可能となっているのか? その考究は文学批評の大きな課題だと思います。また例えば中原昌也。

 その時だった。急に風が匂い、いきいきとどこかの地方都市の上空から見た風景が見えた。これは何かの超能力なのか? と考えたが一体何なのか自分でもよく判らない。その地方都市の公園のベンチで、つとむがうまそうに弁当を喰っているのが見えてきた。
「なんだ、まだつとむは生きてるじゃないか、落ち込むことはないぞ!」
 なんだか自分の中で元気な力が甦ってくるのが感じられた。するとベンチの脇の茂みから五、六人の若者たち(十代前半と思われる)が鉄パイプを手にして現れた。一見して、この若者たちにはフレッシュ・ジェネレーションという名称がふさわしいと感じた。リーダー格の男の合図で一斉に鉄パイプがつとむに振り降ろされた。そして一瞬で血だるまに……。この時代のときめきを代表するような若者たちの登場に拍手をおくりたい。
 〔「あのつとむが死んだ」『マリ&フィフィの虐殺ソングブック』 1998 年、45-46 頁〕

 なんて下手糞な文章なんだ――などと言ってはいけません。初出が 1996 年ですから、もう十二年も前のことになる。しかし色褪せることなく、いま読んでも震えが来るような素晴らしい文章です。これにしたっていつかは古臭く感じられてしまう時がやがてやっては来るでしょう。しかしそれはきっと、新しい言葉の、「アカルイミライ」の到来と同じことであって、少なくとも多和田葉子や中原昌也の文章はそのことを、ある慄きとともに予感させずにはいません。というより、来るべき日本語がいかなる姿形になるかなど、誰にもわからず、われわれはただぼんやりと予感することしかできないといった方が正確でしょう。

 その点に関連していうと、水村さんの教育に関する提言にも少しばかり異論があります。はっきりとイメージできぬ新しい日本語の到来に備えるために、学校で読ませるべきは、近代文学ではなく(それも読んだって構いませんけれど)、むしろ古文・漢文でしょう。漱石・鷗外・一葉だけでは明らかに不足です。というより、彼らの日本語を準備した素養が何だったかをまず考えてみなければならない。
 
たとえば「つ・ぬ・たり・り・き・けり」という、いわゆる「過去」表現のバラエティを全く失ってしまった近現代日本語がいかに貧しいものであるか、われわれはよくよく考えてみるべきです。むかし男ありけり。源氏とはいわぬまでも、伊勢物語のようにさえ、われわれはもはや書くことができなくなってしまっているのですから。この貧しさに比べれば、現代小説の「貧しさ」など、相対的なものにすぎないはずです。
 そのうえで諸外国語、漱石のように英語、鷗外のようにドイツ語、二葉亭のようにロシア語などなど、を学ぶ。そうなって初めて近代日本語がそうだったような、新しい言語に対する準備が整うことになるわけです。もちろん、彼ら「文豪」と同等の咀嚼が行なわれるかどうかわかりません(何といっても彼らは超エリートでした)。でもそこに賭けるしかないのだと思います。

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2008年10月13日 (月)

「マリー・ンディアイを囲んで」

 フランスの作家マリー・ンディアイが来日し、10月22日(水)・28日(火)、講演などを行なう。
 今月刊行される訳書のプロモーションを兼ねた「異文化交流」だが、ル・クレジオへのノーベル賞授与の直後という、最高のタイミングでの催しとなった。もちろん、最高のというのは、ジャーナリスティックな意味においてではなく、文学的な意味合いで、とりわけル・クレジオが「現代フランス文学」の代表として捉えられてしまうことから来る諸問題を考えさせるという意味において、最適ということである。

 どちらの回も、日本第一作となった『みんな友だち』(インスクリプト、2006年)そして今回の『心ふさがれて』『ねがいごと』の訳者笠間直穂子さんが聞き手を務める。この衝撃の日本デビュー作についてはこちらの書評一覧を、今回の催しの詳細についてはこちらを御覧ください。

 また『ねがいごと』(駿河台出版社、今月末発売予定)についてはこちらを。

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