カテゴリー「飲食」の記事

2012年3月24日 (土)

マルチ・ヴィタ・ヴィーノ(覚書)

 フランスから帰国して以来、家でワイン――個人的には葡萄酒といういい方が好みなんだけど、いささか雅にすぎる言葉となってしまった――を嗜むことが増えた。
 ワインを使った料理、××肉のワイン煮といった類いに挑戦することもあるのだが、これは果して旨いのだろうか? 確かに鳥獣の肝臓などの場合、特有の「臭み」は中和される。でもわたくしはその独特の匂いが特に苦にはならない人間なので、今ひとつ有難味を感じられずにいる。これなら、味噌を用いた方がいい、あるいはそのまま飲んだ方がいいやという。
 そうしたなか、ドイツ産のフルーツワイン「マルチ・ヴィタ・ヴィーノ」なるものを気紛れに買って飲む機会があった。旨いけれども、ただ飲むにはわたくしには少々甘すぎる。という次第でこれを料理に使ってみたところ、あっ、何だか「いける」感じ。「××のオレンジ煮」という、その「オレンジ(ジュース)」の代わりにこれを適量使うわけである。めでたしめでたし。

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2008年10月22日 (水)

チーズ覚書 その 15

 自分の口にさほど合わず、繰りかえし食べようという気にそれほどならないチーズが続いたあと、今回初めて試してみたサン=フェリシアンは美味しかった。「チーズケーキ」みたい――というのは、言い方がたぶん逆、というか、「礼賛」には恐らくなっていないはずだが、ともかく、微かな酸味と甘味、酒なしで、例えばおやつとして食べるのでも十分に幸福を感ずることができるであろうチーズ。わたくしはたぶん若いチーズが好みなので、とりあえず今回は熟成の進まぬうちに食べてしまおう。

 私見では、〈おやつにチーズ〉というのがフランスの一般的な家庭の食事情ではないかと思う(いつも書くことですが、真に受けないでくださいね)。テレビでもチーズの CM はかなり多い。わたくしとて、冷蔵庫に 6P チーズがたいていあるという家庭に育った人間ではあるのだが、「ナチュラル」チーズを常備するというのは、また別の事柄のような気がする。

 そういえば、マチウの家で御馳走になったチーズは、もしかしてこれではなかったのか? 熟成の度合いなどもあるから(少なくともわたくしの舌では)一概にはいえないし、マチウは確かに「サン=マルセラン」といったのだが、味や食感がちょうど今回のサン=フェリシアンそつくりだった。まあ旨ければ何でもいいけれど。

             *

 番外篇として。数ヶ月前のこと、日本にいる人から、テレビで「ミモレットの二年熟成物が身体によいそうよ」との情報を得たので、近くのチーズ屋を覗いてみたのだが、マスクメロン一切れくらいの大きさで何と!28 ユーロ!! 当時の為替相場で換算すると 4500 円くらいになる。いくら何でも――そもそもわれわれは「健康のためなら死んでもいい」というほどのマニアではない――これは買えないなーということで断念せざるをえず、もっと手頃な、標準的製法によるごくありきたりなブツを求めたのだった。

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2008年7月15日 (火)

チーズ覚書 その 1.1

 やはり塩分の摂りすぎだったのだろう、いくらか調子の悪さが感じられたのであまり食べないようにしていたが、落ち着いたペースで徐々に食べ始める。
 今凝っているのは、新たな種類を開拓する代わりに、塩味きつめのロックフォールとそら豆を併せたもの。作り方はごく簡単で、熱いそら豆にチーズを和えるだけ。薄皮は剥かないのかと人に訊かれたが、もちろんそんなことはしない、男だから(笑)――というのは冗談で、本当は薄皮にも栄養があるそうなので、一緒に丸ごと食うというにすぎない。いずれにしても、そら豆自体には味は付けず、チーズのそれだけでまかなうというのが(たぶん)関西風である。

 もっとも、日の本に帰ったらフランスのチーズなど食べないだろう――ひとつにはフランスのものはフランスの地で食さないと本当の味はわからないから(値も張るし)、そして帰国したら和食でそれなりに満足するはずだから――と思うので、実のところ関西風も関東風もないのだが。
 そら豆というものを、わたくしは大人になるまで、それもかなり後になるまできちんと食べたことがなかった。いま思い返せば、父が肴として常備していた(させていた)あのカリカリに揚げた豆菓子がそら豆だったような気がする。薄皮ごと油で揚げると見事なツートーンに変貌し、いかにもつまみでございという風情で袋に納まっていたのだが、あんなの今も売っているのだろうか。
 そういうわけで、当然「そら豆の皮にくるまれて眠りたい」というような言い方があることも知らなかった。これを教えてくれたのは当時の助手(今は先生)の U さんだったが、なるほど言いえて妙である。

 食べ物のことを考えると、いろいろ連想が湧いてくるけれども、大阪の人間として、いま一番食べたいのはハモである。漢字で書けば鱧だ。湯引き梅肉和え。天麩羅。湯引き梅肉和え。天麩羅。実は関西の夏を長い間経験していないせいで、鱧ともずいぶん無沙汰している。お隣(京都の方)が一次帰国するので何か欲しいものはないかと親切にも尋ねてくださったのだが、「俺は鱧が食べたい」と血の叫びをぶつけたら「私が代わりに味わってきてあげる」と、これまた親切に請合って下さり、「関西人の暖かさ」が胸に染みた。ともあれ、何もかも東京が悪い。あの都が本当の意味で好きになれないのはきっと鱧を食う習慣と無縁だからに違いない――と、革命記念日の今日は暴論で〆てみる。

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2008年5月15日 (木)

チーズ覚書 その 7

 順番を飛ばしていた七番目はブルー・デ・コース(Bleus des Causses)。「コース」(ないしコッス)とは何だろう? 地名だろうか。まあそんな謂れはどうでもよい。とにかくこれも青かびチーズのひとつである。
 ロックフォールより湿り気がある、というよりむしろ、はっきりと水気を含んでおり、その分だけ匂いがきつく立ち上るように思う。今のレパートリーの中ではラストに食さるべきフロマージュである。
 いずれにしても塩分はきわめて多いはずで、大阪→東京→パリと、本拠が移るたびに、食べ物に含まれる塩分が確実に増えてきている。成人病も心配といえばそうなのだが、このまま行くと舌がばかになりそうな気がして、ちょっと怖い気がする。でも今晩もきっとチーズは食うだろう。

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 こないだまではキャレと青かび/クロタン(ド・シェーヴル)の組合せだったのだが、キャレ(これも旨かった)がなくなったので、別のものを探していたところ、サン=マルセランを見つけた。が、前に食べたのとはどこか違う。どういうことだ、マチウ(とマリ)。確かにあれはまだごく若いものだったけれども、しかし、いくら何でも「ヨーグルトのような味」からこんな風に熟成しはしまい。本当にサン=マルセランだったのか? それともわたくしは何か大きな勘違いをしているのだろうか。

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2008年5月 1日 (木)

チーズ覚書 その 8

 チーズの「旅」第八弾はクロタン・ド・シェーヴル。
 チーズ盛り合わせなどで口にしたものも実は結構あるはずで、これもすでに食っているかもしれない。ややこしい名前だが、実際に書いてみると、覚えやすくはなる。ややこしいのは、実態はほとんど同じなのに、まさに呼称によって、クロタン・ド・シャヴィニョールと区別されているからである。呼称、つまりアペラシオン(ドリジーヌ・コントロレ)。
 ピンポン球くらいの――山羊の「クロタン」はこんな大きさなのか?――円筒形をしたチーズ。一見、手をかけて作られた和菓子のようでもあるが、齧るとまず香りに「うッ」となる。ごく軽く。しかしそれも、食っているうちに慣れてきて、結局「ああこれも旨い」と感じられてくる。二種類の違いは、両者を並べて食すのでなくては、わたくしにはわからない。ははは。いつかまたそのうちに。
 朝からこんなチーズを食うと口臭が発生しやしないかと少しばかり思わないでもないが、まあ気にしない。調べてみると、「バゲットに載せてオーブンで焼いたものをサラダと一緒に採る」というやり方もあるとか。サラダが面倒くさそう。でもうまいのだろう、きっと。

 ギャヴィン・ヘンソンがハイネケン・カップのマッチで痛めた足首を手術することになったらしい。六月の南ア遠征はつまりアウトということだ。SH のM・フィリップスもアウト、D・ピールも出場が危ぶまれるなど、真の意味でのベスト・セレクションは不可能となってしまった。負傷はスポーツにつきものとはいえ、非常に残念なことである。

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2008年4月24日 (木)

チーズ覚書 その 4 と 6

 三番目はすべて食ってしまったあと、名前をまったく思い出せないので飛ばしていたのだが、名前を確認しにスーパーに行ったところ棚にはなく、代わりにカレ・ド・レストを買うことにした。パリ風にいうと「キャレ」。
 名のごとく真四角の形状だが、味はいわばカマンベール系(?)で、どう違うのか、あるいはそもそも違うのかを確かめたくなってくる。うッと来るような匂いのごく少ないフロマージュ。少しずつ食って熟成を待つ間、他の種類も試してみようと思う。

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 招かれた友人宅で御馳走になったのはサン・マルセラン(初めて聞いたので原綴を記す le saint-marcellin)。さすが土着の人はよく知っている。小型の円形。たぶんまだ熟成が進んでいないものだが、それでもかなりこってりした感じだった。香りも相当強い。酸味といってよいのだろうか、敢えていえば、ヨーグルトに似た味だったような気がする。

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2008年4月18日 (金)

チーズ覚書 その 5

 ヌーシャテルはハートの形で知られるチーズだが、多少とも癖のある種類に馴染んだ舌からすると、癖のなさが逆に珍しく感じられてしまう。カマンベールに近いけれど、粘度が少ないためだろうか、幾分かあっさりした味わいになる。塩分は同様に多いように思う。

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 和菓子で思い出したが、以前付き合いのあった人のなかに不思議な人物がいた。
 わたくしより少し歳上のその人は、和菓子に関係するある「零細企業」の御曹司だったけれども、ふんぞり返るという感じではなく、実質的な経営者として、どちらかといえば身を粉にしつつ――ときにはゲリラ的に街に出るなどして――働いていたのだと思う。

 不思議というのは例えば――。都内をあてどなくクルマで流すというので、乗せてもらって一緒にうろうろすることがあった。しかし、「専務」が案内するともなく案内してくれるのは〈誰某の自殺した所〉ばかりだったのである。自死ばかりではなかったかもしれない。がとにかく、そういう事柄にあまり興味のないわたくしにとっては、何とも奇妙なドライブとなった。ここが××の落ちたところ、それからここは……。

 またあるとき「世界の終わりを見てみたいよね」とわたくしに言った。これは少しばかり共感しないでもなかった。見てみたい気は確かにした。
 話すとき、彼はいつも最後に「……って」といい添える人だった。つまり正確には、〈「世界の終わりを見てみたいよね」って〉という具合に、奥床しさといえばよいか、照れ隠し、もしくは責任逃れだろうか、とにかく〈ちょっと言ってみた〉という感じをちらつかせつつ、自分の口にした言葉との間に距離をとろうとする人だった。
 世界の終わり。典型的なロマン主義(ドイツのそれ)といっていい。「破滅の美学」という言い方を彼自身がしていたと記憶する。だが、というべきかあるいはむしろ、だからというべきか、ともかく批評的な身ぶりであったとは、いえばいえる。だから「世界の終わり」の見物がたぶん夕日を眺めるのとは違った趣をもつだろうこと、おそらくは「地獄を見る」に等しい体験となるだろうことは、彼にもわかっていたに違いない――というか、そう思いたい。中学生じゃなく立派な社会人だったのだから。そして彼には、自分の所属するある団体を「カルト」と呼んで相対化するだけの知性があった(法的にカルト認定を受けるような団体ではもちろんない)。

 神宮球場のプロ野球観戦に誘ってくれたのはいつのことだったか。ヤクルト対阪神。今もそうなのだろうか、あの球場は(取組カードによっては?)バックスクリーンの裏側を通ってレフト側外野席とライト側の席を往来できるようになっていた。試合の趨勢が決まって空席が目立つようになった頃、彼の提案でレフト側からライト側、つまりヤクルト・ファンの集まる側に移動してみることとなった。
 簡単に行き来できると彼はいっていたのだが、さにあらんや、われわれは通路の係員に止められてしまったのだった。「くれぐれも騒ぎだけは起こさないでくださいね」(!) 内心「〈だけは〉って何だよ、〈だけは〉って」と思ったのを覚えているが、何度も念を押されつつ、それでもわれわれは最終的に通行を許されたのだった。そんなに柄が悪く見えたのか? いやむしろ原因は、連れのタイガース・キャップだった(と思いたい)。専務……あなたがわざわざ阪神の帽子なんか被って来るものだから、ちょっと恥ずかしい目に遭ってしまいましたね。

 スポーツは好きだったのだろうと思う。今度ハンドボールを見に行こう、って。そう言ったこともあった。なぜハンドボールだったのだろう! いやもちろんわたくしだって、日本リーグがあることや、湧永だの大同だのといった固有名詞くらいはわきまえていたけれども、見たいと思ったことは実は一度もなかった。今いるヨーロッパではかなり盛んだが、それでも全く思わないし、これから先もそうだろう(自分でやればそれなりに楽しいことはわかっている)。というより、まずもってハンドボールが話題になること自体がきわめて珍しい事態ではないだろうか。
 
結局、その「今度」がやって来ることはなかった。

 屋内スポーツ観戦自体にわたくしはそもそもあまり惹かれないのだが、少なくとも当時の彼にはハンドボールは不健康にすぎたろうと今にして思いあたる。もっと空がダーッと開けただだっ広いフィールドをのんびりと、眺めるともなく眺めるくらいが、ロマン主義という病にはずっとよかったのではないかと。要するにアメリカの野球場だ。あれはいい。ヤンキースタジアムだって、周辺はちょっと怖いけど、中に入ればほとんどお伽噺の世界であって、実際あれほど平和な空間もないと思う。目に麗しき天然の芝。そこにあの乾いて澄んだ音が響く。カツッ。木製バットが革のボールをその輪郭が変形するほど強くしたたかに叩く。そのとき発せられるあの音だけは、さすがのフットボールにも真似ができない。野球だけに許された特権である。そして「私を野球に連れてって」。「ワイルド・シング」。「レイザービーム」。しかし専務はたぶんこう言うだろう、
 でもこれは嘘だよね、って。
 もちろん、嘘ですよ。とてもとても強力な嘘。ペロッと一皮めくってみれば死屍累々なんだから、って。
 われわれはそうした事柄に気づかずやり過ごすこともできる(あなたの好きなローリング・ストーンズだってストリートからスタジアムに逃げ込んで金をガンガン稼いできましたけど)。けれども、気づいてしまった人たちの逃げ道として、ロマン主義や「世界の終わり」だけしかないとしたら悲しすぎる。専務、今どうしていますか?(って)

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2008年4月15日 (火)

チーズ覚書 その 2

 チーズの「旅」第二弾はクロタン・ド・シャヴィニョール。
 チーズ盛り合わせなどで口にしたものも実は結構あるはずで、これもすでに食っているかもしれない。ややこしい名前だが、実際に書いてみると、覚えやすくはなる。
 もっとも、先日のハイネケンカップ準々決勝は「覚書」としてメモしたにもかかわらず見事に忘れてしまい、見損なってしまったのだった。オスプリーズが敗れたのは残念の一言。ニュース映像で見たかぎりでは、エリサルドの SO も悪くない。ドロップゴールと見せかけ、ディフェンスを引きつけてからオーバーラップ気味になったウィングにパス(→トライ)というのは、フレアというよりむしろエスプリのなせる業だろうが、こうした狡猾さ(ネガティブな意味ではない)は今のフランス XV には必要だと思われる。

 ピンポン球くらいの――山羊の「クロタン」はこんな大きさなのか?――円筒形をしたチーズ。一見、手をかけて作られた和菓子のようでもあるが、齧るとまず香りに「うッ」となる。ごく軽く。しかしそれも、食っているうちに慣れてきて、結局「ああこれも旨い」と感じられてくる。
 朝からこんな形でチーズを食うのは初めてだが、いい感じである。調べてみると、「バゲットに載せてオーブンで焼いたものをサラダと一緒に採る」というやり方もあるとか。サラダが面倒くさそう。でもうまいのだろう、きっと。

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2008年4月11日 (金)

チーズ覚書 その 1

 スーパーでふつうに買えるフロマージュ、つまりチーズをひとつずつ試してみようと思い立つ。考えてみればこれまでカマンベール、ロックフォールくらいしか食った記憶がない。

 先日たまたま(というのはつまりほとんど間違って)買ってしまったイタリア産の何とかいう甘い赤葡萄酒、食事と一緒に摂るには(わたくしには)甘すぎるあのワインには、塩味のひときわ強いあのロックフォールを合わせて中和させよう。

 モルビエは火を通すと餅のように――あるいはピザ上やパニーニ中のチーズのように――よく伸びる。炒り卵が出来上がる直前にフライパンに入れ、ざっくりからめるようにするとよい感じである。

          *

Librairie_marelle_1  チーズとはまったく関係ないが、オタール・イオセリアーニ監督作品『秋の庭』に出てきたと思しき書店を発見する。ほとんど作家の庭といってよい(畏友からの情報)界隈。再開発計画の固まった「旧タンプル市場」の向かい、ペレ通(Rue Perrée)で。
 「旧市場」は現在は服飾関係の市としていちおうの役目を果たしてはいるものの、テニスコートも併設されるなど、ほとんど倉庫状態である。パリ・コレクションの舞台の一翼を担ったのは理に適っているけれど、有効に活用されているとはまあいいがたい。Librairie_marelle_2

 しかし現代的な趣の商業施設が建つと、マレル書店を含むこの界隈の独特な雰囲気は大幅に変化してしまうかもしれない。パリの他の地区同様に立ち並ぶ建物の配置、それは空の切り取られ方、したがって太陽光線の降り注ぎ方や量を決定するものだが、この地区固有のそうした配置はせめて変わらぬようにと願う。

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2008年1月 3日 (木)

牡蠣

 フランスには「松の内」どころか「三が日」さえないけれども、「年越し」はある。「大晦日」の夕刻、自宅で年を越すべく牡蠣を求める人でごったがえす魚屋の臨時店員にさばかれて、わたくしも「年越し」と「元旦」用に牡蠣を入手する。ダース 8 ユーロと 10 ユーロのノルマンディー産のものを半ダースずつ、9 ユーロだから 1500 円くらいになるだろうか。はっきり覚えてはいないが、おそらくこれまでで最も高いクラスのものを買ったことになる。(正味の)身の丈 10 センチ内外の生牡蠣である。

 31 日朝にゲラが届き――それにしても八時半って早過ぎやしないか、UPS さんよおおお――休みなしが確定してしまった正月のささやかな贅沢であるが、年を越しつつ、また新年を寿ぎつつシャンパンと一緒に食う牡蠣は、泣きたくなるほど旨かった。「死ぬほど」という言い方、あるいは「鬼のように」、「ギザ」などさまざまな言い方があるけれども、ここでは「泣きそうなほど」の方がやはり適切に感じられる(関西人は割とよくそういうと思う)。まあ「震えるほど」でもよいがとにかく、泣きそう。うん、泣きそう。

 広島とも宮城とも縁の無いわたくしにとって生牡蠣はフランス留学のもたらしてくれる幸福のひとつなのだが、泣きそうになりながらも同時に、ひとつの科学的な疑問が浮かんでくる。この牡蠣をフライにしたらどうなるのだろう? フランス人は一般にカキフライを好まないらしいけれど、わたくしはフランス人ではないので、想像するだけで唾液の分泌が激しくなる。激しくなる。

 親しい友人が「食べ物は最低三十回は噛んでから嚥下しましょう」イデオロギーについて、「でもよく噛むとみんな喉ごしが一緒になってしまう」と反発していた。至言である。わたくしは例えばケバブ・サンドイッチも好きだが、やはり一緒になってしまってはいけない。もちろん全く噛まずに飲み込むと単なる「鵜呑み」になってしまうけれども、牡蠣は数回噛むともなく噛む――つまり咬むというより食む――うちにどこか知らないところへ消えてしまっていることに後から気づくというのが、あるべき食し方だろうと思う。次の贅沢まで、「あの泣きそうになったアレ」の記憶とともに生きるのである。本当に噛んだかどうかさえすでに定かではないあの感触と慎ましやかな甘みを反芻しながら。

〔付記 ケバブで思い出したが、日本からもってきた数少ない日本語ラグビー文献の一冊、だからいちおう愛読書といって差し支えなかろう『英国・フランス楕円球聖地紀行』に、バゲットにケバブを挟み込んだサンドイッチのことが書いてあった。著者の中尾氏が昔日を振り返りつつバゲット・ケバブサンドの消滅を嘆いているわけだが、わたくしもそれは見たことがない。少なくともパリはピタかアラブ風パン一色である。そこで過日、焼きたてのバゲット――これはわたくしのもうひとつの幸福――にケバブサンドの中身を移して食べて見た。当然のことながら美味であった。サンドイッチというのはそもそもが食道や胃に流し込むために発明されたものだから、あまり大仰に言い立てると野暮になってしまうが、それでもやはり旨かった。〕

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